江戸前寿司にワイン? 意外や意外、これがよく合うのです。

〈食いしん坊が集う店〉

食べることが好きで好きで、四六時中食べ物のことを考えてしまう、愛すべき「食いしん坊」たち。おいしいものが食べたければ彼らに聞くのが間違い無し! お気に入りの、“とっておきのお店”を教えてもらった。

今回はフードライターの森脇慶子さんが、江戸前寿司にワインを合わせるという新しい美食のスタイルを教えてくれた。

教えてくれる人

森脇慶子
「dancyu」や女性誌、グルメサイトなどで広く活躍するフードライター。感動の一皿との出合いを求めて、取材はもちろんプライベートでも食べ歩きを欠かさない。特に食指が動く料理はスープ。著書に「東京最高のレストラン(共著)」(ぴあ)、「行列レストランのまかないレシピ」(ぴあ)ほか。

江戸前寿司とワインの出合いに心をつかまれる 「鮨 からく」

ビルの地下で客人を待つ「鮨 からく」。

森脇さんが開店当初から気にかけている江戸前寿司の店「鮨 からく」。銀座で暖簾を掲げている鮨 からくの特徴は、江戸前の丁寧な仕事を施した寿司とワインのペアリングを堪能できること。

江戸前寿司とワイン。なんだか難しそうな組み合わせ。それにハードルが高そう? でも尻込みするのはもったいない。一見さんにも和やかに語りかけてくれる店主が、驚くべき美食の扉を開いてくれること間違いなしだ。

店を構えるのは銀座のメインストリートである銀座中央通りと並走する西五番街通り。ビルのエレベーターを降り、見えてくるのは提灯と暖簾。引き戸を開けて店の中に入るとカウンターが広がり、いかにも高級な佇まいだ。見逃せないのはつけ場の左手奥に設置されたワインセラー。そして個室の壁には国際的なワインの資格であるWSETの証明書が掲げられている。

10席のカウンターのほか、座敷形式でくつろげる個室が2部屋、カウンターで握ってもらえる特別個室が1部屋あり。
世界最大のワイン教育機関「WSET」の上級ソムリエ資格の証書には店主の名が刻まれている。

寿司にワインを合わせる。そんな組み合わせを楽しむ店も今はちらほらと見かけるようになってきているが、元をたどると鮨 からくがこの新しい寿司の楽しみ方をいち早く世に送り出した店なのだ。

店主の戸川 基成(きみなり)さんは寿司職人であり、世界中のワインに精通するソムリエでもある。そして寿司とワインのマリアージュの第一人者として知られている。

年に600本のワインを飲み尽くし、寿司とワインの相性を徹底追求した戸川さん。襟には老舗のシャンパーニュメゾンであるアンリオ社から贈られたバッジがキラリ。

日本で最もシャンパンが売れる寿司屋として各国のワイン生産者からも注目されている鮨 からくだが、寿司はもちろん本格派。店主・戸川さんは江戸前寿司の老舗「奈可田」で12年ほど厳しい修業を重ねたのち、1989年に鮨 からくをオープン。2022年12月で創業33年を迎える。

江戸前寿司は、ここ何年か右肩上がりで高級路線を突き進んできており、高級寿司=江戸前寿司の図式ができあがっていると言える。「からく」は現在のように江戸前寿司の人気が高騰するずっと前から銀座で江戸前寿司で勝負をしてきた。美食の街に江戸前寿司を広めてきた店の一つとしても名高い。

奈可田の流儀を受け継ぎ、鮨 からくもカウンターに氷柱を置く。

「江戸前寿司とは何かご存じですか。いろいろな定義がありますが、簡単に言うと、生の魚を切った刺身をそのまま握って出す寿司ではなく、生の魚に何らかの調理を施してから出す寿司のことです。その調理をすることを江戸前寿司の世界では“仕事をする”と言います。江戸時代、握り寿司は屋台でつまむ食べ方が主流でした。今のような保冷技術がない中で、タネを日持ちさせるために醤油に漬け込むといった工夫が必要だったわけです」と戸川さん。

醤油などのタレに漬ける。昆布や酢でしめる。煮る。蒸す。鮮度を保つために施されていたかつての寿司職人の仕事は、時代を経た現在、おいしさを創造するための仕事となった。伝統を大事にしながら丁寧に施される鮨 からくの仕事。それら一つひとつがワインとのマリアージュの鍵となる。