旬の食材を大切に、調理は丁寧に。本来の懐石料理に出合える場所「日日の料理 びおら」
炊き立ての白いご飯と温かな味噌汁。そして、春なら若竹の煮物に菜花の和えもの、夏には冷奴や冬瓜の煮物。秋には秋刀魚の塩焼き——。旬の食材を使った日々のおかず。そんな昔ながらのしみじみとしたおいしさを改めて思い起こさせてくれる一軒が、ここ。東京・広尾にある天現寺のすぐそばに、7月16日にグランドオープンを迎えた「日日の料理 びおら」です。
「何気ないけれど、愛おしく慈しみ深い日々の料理。この店では、その中に潜むしみじみとおいしいもの、そして時間を味わってもらえれば、と思っています」。そう語るのは、オーナーの後藤すみれさん。学生時代、幾度となく訪れたイタリアで出合ったバール文化に刺激を受け、いつか自分も店を持ちたいと思い続けてきたそうで、その夢をようやく実現。母であり「和食文化国民会議」の副会長も務める料理研究家・後藤加寿子さんの料理を次世代へと繋ぐ店として体現化しました。
もちろん、加寿子さんもサポート。武者小路千家に生まれ、伝統的な京料理や懐石に造詣の深い加寿子さんなればこその“上質な日常”が、なんといっても同店の魅力でしょう。加寿子さんによれば「最近は懐石と会席が混同されてしまい、懐石料理=贅沢な料理のように思われがちですが、本来は、茶事の際に亭主が客へのおもてなしの心の表れとして作る一汁三菜のこと。家族のことを思いながら作る家庭の味と、とても共通する部分がある」そうです。
旬の食材を大切にし、食べる人への心配りをもって調理する——そんな茶懐石の文化や考え方を基本に「びおら」では素材を生かした気取りのない料理がメニューを飾ります。例えば、夏が旬のいんげんを用いた胡麻和え。和え物は、とりわけ加寿子さんの思い入れの深い料理のひとつだそうで「主菜に並ぶ和え物をきちんと作ることでおいしい食事が完成されるのよ」と加寿子さん。一見、単純そうなその工程には、野菜を見る目や下処理の丁寧さ、茹で加減、切り方といった料理の基本がすべて含まれているからです。こうしたさりげない料理にも手を抜くことなく真摯に素材と向き合う。それこそが、真の贅沢なのかもしれません。
気になるメニューには、NYで愛される「精進ラーメン」も
また、梅雨の水を飲んで育つと言われる鱧は淡路島の郷土料理にヒントを得たすき焼きにしたりと、メニューを飾る料理はいずれも“ご飯のおかず”らしさが漂うおいしさも魅力でしょう。中でも「鱧と淡路島の玉ねぎのすき焼き」は、収穫の始まる淡路の新玉ねぎを鱧と組み合わせた、いわば「であいもん」の味。お椀や鱧しゃぶといった料理屋の味ではなく、庶民に親しまれてきた料理を少しだけ洗練させて出す。その姿勢も「びおら」ならではでしょう。
そのほか、メニューにはポテトサラダやアジフライ、和牛肉豆腐など代表的な家庭料理がいろいろ。特に、ぜひ食べてみたいのが「精進ラーメン」。京の生麩専門店「麩嘉」がNYに出した精進料理店「kajitsu」のレシピを受け継いだもので、『The New York Times』のニューヨークラーメンランキングで8位に輝いたこともある逸品。こちらは秋頃お披露目予定とのことで、メニューに並ぶ日が待ち遠しいですね。
精進と聞くと植物性ばかりで物足りないのでは?と思いがちですが、胡麻の香りも豊かなこの一杯は、精進であることを忘れるほど旨味たっぷり。昆布だしをベースに乾燥トマトやきのこで味に奥行きをつけたスープは滋味豊か。そこに、京都山利の白味噌と胡麻のペーストが、よりコクのある味わいに引き立てています。甘辛い味付けの生麩を油で揚げた利休麩は、まさにチャーシュー代わり。肉に決して負けない満足度には、きっと舌も納得するはず。高級食材を使わずとも、普段着の素材で心を込めて作ることから生まれる美味。それこそが、今、失われつつある家庭料理であり、後藤さん母娘が「びおら」で提案していきたいと考えている日本の味なのでしょう。
今日のお腹は何気分? ランチには肉&魚のコースを用意
ちなみに、ランチは一汁三菜をベースにした「お肉のコース」「魚のコース」各3,300円や、静岡の名店「末廣鮨」直伝の「桜海老ちらしのセット」(先付け2種、味噌汁、甘味付き)2,750円を用意。
追加メニューには、加寿子さんこだわりの食材のひとつ“朝倉山椒“を用いた「朝倉山椒ちりめん」もラインアップ。山椒の中でも、とても柔らかく痺れの抜けが良い朝倉山椒は、あっさりめに炊いたおじゃこのアクセントとなっています。また、夜は季節ごとに変わる「キッチンマネージャーおすすめコース」8,800円〜を楽しめます。
飾らないおいしさの料理に寄り添うように、店内も無垢材をふんだんに用いた憩いの空間。左官職人による塗り壁が温もりを醸し出す雰囲気の中、忘れかけていた日々の豊かな時間と心に染みる料理を、ゆっくりと楽しんで。