腰を据えて真摯に食事と向き合う大人たちが集う店には、愚直に料理と向き合ってきた“職人”がいる。2022年2月、銀座8丁目にオープンした「焼⿃ ひら野」は、そんな“職人”のいる店だ。

昭和通りから花椿通りへと入った銀座8丁目に店を構える

店主の平野郁侍氏は、焼鳥歴18年を誇る。キャリアのスタートは『ミシュランガイド東京』にてビブグルマンとして紹介されたこともある⿇布⼗番「⿃善瀬尾」。⿃善瀬尾といえば、勝どきの名店「鳥善」の殿木純一氏の下で修業を積んだ、瀬尾博之氏の店だ。

そんな瀬尾氏の背中を見ながら調理からサービスまで10年徹底的に修業した平野氏はその後「東京ステーションホテル焼鳥 瀬尾」で8年店主を務めた。瀬尾スピリッツを引き継ぐ実力派焼き師とあり、焼⿃ ひら野はオープンから1カ月足らずで連日満席の人気店となっている。会計はキャッシュレスのみとなっており、スマートに銀座ディナーを楽しめる点もうれしい。

ちなみに焼⿃ ひら野を手がけているのは、飲食グループのMUGEN。『ミシュランガイド東京2020』で一つ星を獲得した「天麩羅 みやしろ」や、予約の取れない人気店として知られる「鮨 おにかい」などを展開する、いま最も勢いのある会社だ。

コースは串焼き10本に各種一品料理がついて8,000円

料理は「おまかせコース」8,000円の一本勝負。サラダ、おまかせ串焼き10本、季節の玉地蒸し、季節の炊き合わせ、季節の一品、食事/麺、水菓子という構成だ。もちろん、追加で串焼きや一品料理をオーダーすることもできる。

「焼⿃ ひら野」特別ラベルの⻄酒造「天賦 純⽶大吟醸」

コースのスタート時には、御神酒ならぬ、御味酒が振る舞われるという小粋な演出がある。御味酒に使⽤されている⽇本酒は⿅児島県・⻄酒造が特別に仕上げた「天賦 純⽶大吟醸」。 ⽇本酒で⼝を清め「焼鳥をまっさらな状態で楽しんでもらいたい」という平野氏の思いから生まれた。

盃を両手で持ち、御味酒を受ける所作をすることによって、自然と背筋が伸びる。クッと口に含むと、清らかでスッキリとした御味酒が舌を穏やかに解きほぐす。

名店御用達の仲卸から仕入れる「甲斐信⽞どり」を、近⽕強⽕で焼き上げる焼鳥

焼⿃ ひら野では、「焦げを育てる」という⾔い回しもされる伝統⼿法「近⽕強⽕」を用いている。「遠火強火」などと比べ「近⽕強⽕」は、鶏肉を強⽕かつ短時間で仕上げることにより、旨味や⽔分を逃さず、程よくついた焦げ⽬が⾵味となり、味わいを深めるという。さらに、遠赤外線でじっくりと食材に熱を加えることができる、炭の一級品・紀州備長炭を100%使用。平野氏による熟練の扇ぎや串捌きで、火加減や煙を細かに調整して鶏肉を最高の状態に焼き上げている。

営業は夜のみだが、毎日朝から一本一本串打ちし、スープを取るなど仕込みを行っている

また、“焼⿃の真髄は鮮度に在り”を謳う同店では、鮮度を重視した仕⼊れを実現できる「甲斐信⽞どり」を使⽤。⼭梨・長野・静岡と限定した農場で飼育された甲斐信⽞どりは、綺麗な⽔と空気に触れ雑味もなく、ジューシーな味わいが特徴だ。ちなみに仲卸は⿃善瀬尾時代から付き合いのある、明治35年創業の築地の仲卸「宮川食鳥鶏卵」。これまで築いてきた信頼関係もあり、当日朝一で新鮮な鶏肉を卸してもらっているという。

官能的な口溶けのレバーに、プチッと弾けるちょうちんなど、火入れの妙を体感

写真左から順に「銀杏」「アスパラガス」「ちょうちん」「レバー」

そんな鶏肉の鮮度の高さを存分に味わえるのが「レバー」。表面はアツアツだが、一口含むとジュワッと濃厚なレバーの味わいがとろけだし、なめらかな舌触りが魅惑的だ。自家製のタレがかかっているが、テーブルに用意された「やげん堀」の山椒をかけていただくことで、ピリッと味わいの輪郭が際立つ。ちなみにタレは⿃善瀬尾のレシピをベースとしているが、たまり醤油などを少しアレンジしているという。

「ちょうちん」

一羽から一つしか採れない希少部位であり、卵巣の卵(きんかん)と輸卵管(ひも)を合わせた「ちょうちん」も、素材の新鮮さ、火入れの妙を体感できる一串だ。プチッと弾ける卵黄のような濃厚なきんかんの味わいと、噛むほどにうま味が滲み出るひもの共演は、うっとりとした余韻を残す。こちらもタレ味だが、お好みで焼⿃ ひら野独自のブレンドで仕上げてもらったというやげん堀の七味唐辛子をかけてどうぞ。

野菜は、焦げ付かないようサッと油を塗って焼き上げる。野菜の串焼きも季節によって変わるが、いまの時期はシャキシャキとみずみずしいアスパラガスや、ホクホク食感でほろ苦さが後を引く銀杏などが楽しめる。

季節の一品料理や、3種から選べるシメまで鶏尽くし

おまかせコースでは、焼⿃だけでなく串と串の結びつきとして、季節の移ろいを感じられる、旬の⾷材や素材にこだわった一品料理が提供される。串の合間に食べても邪魔にならない澄んだ⽇本料理を、平野氏と同店で料理長を務める長田喜成氏が考案した。

「仙台麩と季節のおでん」

この日の季節の炊き合わせとして登場したのが「仙台麩と季節のおでん」。約5時間丸鶏と雛鶏を煮込んだ鶏スープと鰹だしを合わせており、一般的な和風だしよりもコクがあり、滋味深い味わいだ。辛さ控えめな福井の地がらしが添えられており、こちらがまただしの染みた仙台麩によく合う。菜の花、食感が残った筍のほろ苦さで春らしさも感じられた。

「ぬか漬け」と「⼤根おろし」

また平野氏が⻑年出し続けてきた箸休めの「ぬか漬け」と「⼤根おろし」は、焼⿃ ひら野ならではのオリジナルとして提供されている。カブやキュウリなどを使った自家製のぬか漬けと、うずらの卵を落とした大根おろしは、箸休めだけでなく、酒のお供にもうってつけだ。

「親子丼」

コースのシメは、千葉県産の濃厚な卵黄をトッピングした「そぼろ飯」に、鶏スープを使った「稲庭うどん」、そして「親子丼」の3種類から選べる。人気の「親子丼」は、甲斐信⽞どりのモモ肉と「宮川食鳥鶏卵」から仕入れた千葉県産の卵、ネギ、福井県美浜町産のコシヒカリを使用。味付けはみりんや醤油だけでなく、焼鳥で使うタレも入れることで、お酒にも合うメシとしての完成度を誇る。

「焼鳥弁当」

さらに焼⿃ ひら野では、「シメのごはんが満腹で食べられない人も楽しんでもらえるように」と「焼鳥弁当」2,500円の販売もスタートした。焼鳥弁当は、白米の上にお店で味わえる鶏モモやつくねの串焼きに、そぼろやタマゴ、ししとうなどの焼き野菜が彩り鮮やかに並べられる。

木の温もりを感じるカウンター12席、4〜6名で利用できる個室1室を完備

鶏の肉汁が炭に滴り爆ぜる音、扇ぎによって匂い立つ香ばしい香り、焼き立てを目の前でいただける贅沢、洒脱な器と料理の共演、店主との気さくな会話。巧みな技術が生み出す料理やなかなかお目にかかれない贅沢な食材を使った料理など、外食の楽しみにはいろいろあるが、ここには五感を満たす食体験があった。

※価格はすべて税込です。

※外出される際は人混みの多い場所は避け、各自治体の情報をご参照の上、感染症対策を実施し十分にご留意ください。

※営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、最新の情報はお店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。

撮影:佐藤潮

文:中森りほ