あなごラーメンが姿を現すまでのカウントダウン
とめどなく立ち込める湯気を発するのは、厨房に陣取る寸胴。いわば通常のラーメンでいうところの命のスープであり、絶対王政の中枢とも言える存在。しかし、まだこの鍋の中にあなごは欠片も存在していない。
寸胴の中には何が入っているのかと覗き込むと、そこには鶏ガラと豚の頭の骨がしっかりと煮込まれている。当然ながら、このスープだけでラーメンを作っても十分おいしい。そうした作り方の「中華そば」というメニューもあるのだが、あなごラーメンはここにひと工夫が加わるのだ。
麺は地元広島の製麺所のものを使用している。後々、あなごラーメンが広島を代表するラーメンとして広く認知される未来を見据えると、広島で作られた麺を使っていることは重要なファクターだなと、勝手ながら考えてみたりする。
寸胴から手鍋に取り分けたスープに、先ほどのあなごの骨の粉末を入れて煮込む。この瞬間、麺や時風のアイデンティティであるあなごラーメンの命の火が灯るのだ。
こうして麺や時風が自らの技法で編み出した、唯一無二のあなごラーメンがその姿を現していく。まさか「あなご」と「ラーメン」という2つの言葉が合体するとは誰も想像もしていなかった中で、全広島が驚いた新しいラーメンの生誕である。
こちらは食べる気満々で割り箸を割ってしまったが、まだ店主の調理は終わらない。仕上げに輝く液体をクルッと回すように丼にかけてフィニッシュ。これはあなごの骨を揚げることで、そのうまみを油に閉じ込めたという自家製あなご油なのだ。まさにこれがブースターとなってあなごラーメンの魅力に加速度を増していく。
はじめまして! あなごラーメンです
見た目にはあなごの姿かたちがまったく存在しておらず、なんとシンプルなビジュアル! しかしながら、焼いて砕いたあなごの骨の粉末がスープの奥に溶け込み、表面では香ばしいあなご油が手招きをしているのだ。
低加水の中細ストレート麺を持ち上げて、あなごの香りと共に一気に吸い込む。驚いた! 純然とあなごでダシをとると、魚の臭みらしきものが一切ないことを思い知らされる。もちろん、丁寧な下処理があってのことだと思うが、むしろ肉々しさすら感じさせるあなごの風味が、ベースの鶏ガラと豚のスープによく馴染んでいる。正直言って食べたことのない味の構造なのである。
あなごラーメンというジャンルを初めて耳にしたら、あまりにも未知すぎて「それって本当においしいの?」と勘ぐってしまうかもしれない。私もそうだった。しかし、あなごのおいしいエキスだけを抽出して、2年の歳月をかけて作り上げたラーメンは、一度食べてみる価値が大いにある。魚介系スープ特有の魚粉の粉っぽさが苦手な人にもオススメしたい逸品だ。
店主の時永さんは、この向洋駅前で16年前から居酒屋を経営している。最初はその店の厨房であなごラーメンの試作を重ね、客に味見してもらったりもしながら、味の設計図を描いていったという。
当然ながらフレッシュな状態のあなごのアラを大量に入手するには仕入れルートが必要となり、あなごをさばく技術も不可欠。長年の調理師としての知識と技術の積み重ねがなければ、このラーメンが生まれることはなかったのだろう。