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Vol.1カフェ ロストロのオーナー清水慶一さんに紹介していただいたのは、焙煎技術を競う世界大会「ワールド コーヒーロースティング チャンピオンシップ(以下、WCRC)」で優勝した経験を持つスペシャリストの店。焙煎室にも入らせていただいたので、“大人の工場見学気分”でどうぞ!
【コーヒーショップホッピング】
Vol.2「コーヒー×焙煎ワールドチャンピオン」福岡・白木原 豆香洞コーヒー
今回は福岡県大野城市へ。西鉄福岡(天神)駅から太宰府方面へ列車で30分ほど、ワールドチャンピオンがいる店は意外にもゆったりとした時間が流れる郊外にある。白木原(しらきばる)駅から歩いて2、3分、近づいていくとコーヒーのいい香りが漂っていた。WCRC2013で優勝した後藤直紀さんの店は、大きな煙突が目印の『豆香洞コーヒー』。まずは、隣棟にある焙煎室にて店のこと、焙煎のことを伺った。
『バッハ』での修行がキャリアのスタート
地元の福岡で会社員として働きながら、東京・南千住にある『カフェ・バッハ』にて3年間修行した後藤氏。『カフェ・バッハ』といえば、フレンチの巨匠アラン・デュカス氏やコーヒー嫌いで有名なクリントン元大統領をも魅了した焙煎士・田口護さん率いる名店だ。
「もともとコーヒーが好きで、独学で豆を焼いていました。だいぶ上達したかなって頃に、バッハさんの自家焙煎セミナーを知って軽い気持ちで参加。2日間のセミナーを終えて、東京の有名店を回ったんですけど、自分がプロのラインにまったく達していないって感じて。バッハさんに戻って『地方にいながら、どう勉強したらいいか教えてください』って聞いたら、第2の焙煎工場としてトレーニングセンターを作るから、通いで大丈夫ならうちで勉強しますかって。いいタイミングでした」
ゆくゆく開業資金も必要になるため会社を辞めず、休みを調整して福岡から通い続けた。3年後、技術や資金面において開業するにベストなタイミングで『豆香洞コーヒー』をオープン。しかし、なぜ中心エリアを選ばなかったのか。
「理想的な煙突を作れるという条件でたまたまここに(笑)。焙煎ができてこそなので。500軒くらい見て回って、残ったのは4軒くらい。地元の人にもなんでここに?って聞かれるんですけどね。でも、コーヒーを飲むためという目的意識を持ってドアを開けてくれる人が多いので、結果的に理想の店になっています」
実は、もともと店を出すことよりも焙煎士のプロに興味があったそう。WCRCに日本代表として出場しチャンピオンに輝いたのは、開業から5年後のことだった。
WCRCのよい刺激と焙煎がつなぐ縁
豆香洞コーヒー店主の後藤直紀さん。コーヒーの思い出の味は、子どもの頃に家族旅行で訪れた大分県湯布院にある『茶房 天井棧敷』の深い味わい。趣ある店内に流れるグレゴリオ聖歌と苦味あるコーヒーに「大人の世界」を感じたのだそう。
まずはWCRCについて、後藤氏による分かりやすい説明から。
競技者全員に同じ3種の生豆が用意される。以下①〜③を3日間に分けておこなう。
①生豆のグレーディング鑑定(生豆を分析し鑑定書を作成 ※英語)
②焙煎プロファイリング(どんな味に仕上げるか、そのために焙煎機をどのように使うかレポート作成 ※英語)
③焙煎
最後に審査員がカッピング(※)。国際基準に従い点数をつけ、その合計点で順位が決められる。
※味や香りを評価する作業のこと
重要なのは、【鑑定・プロファイリング】と【焙煎した豆】が一致しているか。ただ美味しいものを作るだけではなく、狙った味に仕上げるためにどう達成するかを数値化しなければいけない。
WCRC出場のきっかけ
当時は簡単に情報が得られなかった時代。大会への興味より、他の人の焙煎を真近で見たいとの想いが強かったという。
「裏方の仕事だから、なかなか見る機会がなくて。大会では競技中の選手の焙煎データがモニターに映し出されます。同じ豆、同じ焙煎機を使うのに、イメージする味や火の入れ方が全然ちがう。国や人柄が出るのでおもしろいし、得られるものも大きいです」
清水氏との交流
同じ業界にいれば、横のつながりは自然とできてくるもの。中でもカフェ ロストロの清水氏とは、WCRCを通して交流が深まった。
「大会で使用する焙煎機が清水さんのところで販売している機械だったんです。その時は日本に数台しかなくて。ショールームにあるものを使って練習していいよって言ってくださって。練習にも付き合ってくれました。いま使っている機械も清水さんにお願いしたので、ずっとお世話になっています。焙煎が繋いでくれている縁ですね」
焙煎データを蓄積して、自分の中に落とし込む
念入りに欠点豆を取り除いたコーヒーは雑味がなく、澄んだ味わいが特徴。
焙煎をしている間、においとはぜる音はもちろん、数字(温度と時間)を常にチェックしている。そのデータの蓄積こそ、一定のクオリティで提供しなければいけない「製品」の支えと言ってもよいだろう。
また、欠点豆のチェックは生豆と焙煎後の2回。カビが生えているもの、シワが伸びきったもの、極端にサイズや色が異なる豆を、ハンドピックと機械で丁寧に取り除いている。
それでは、情熱をたっぷり注がれたコーヒーをいただける喫茶スペースへ、いざ!
コーヒーの世界にどっぷり浸れる空間
隠したくなる焙煎機を、あえて前面に
店内の焙煎スペースで作業をおこなっているのは、エアロプレス日本チャンピオン・JCRC2015で3位入賞を果たした店長の岡部さん。
外からは焙煎機と、焙煎風景がガラス越しに見える。
「焙煎機って煙が出るし大きいし、奥に引っ込めたくなると思うんですよね。だけど、実演販売みたいに作っているところを見てもらいたい、安心して飲んでもらいたいという想いがあって。必ずお客さんの目に触れる入口にもってきました」
コンセプトは「コーヒー豆屋の喫茶スペース」
ひとりで長く続けるつもりだったため、40代50代になっても似合う男性的な印象のカウンターに。テーブル席は日差しが差し込み明るい雰囲気。
好みの豆を一緒に探しながら、美味しく淹れるコツを伝える「豆売りカウンター」でコーヒーを味わえる場所にしたいのだそう。
「作り手とお客さんの距離が近いカウンターです。家でもコーヒーを気軽に淹れていただきたいので、抽出が見やすい・会話しやすいなど、目の前でコーヒー教室をやっているような感覚で。あと、バッハさんの教えでカウンター席から瓶に入った豆がよく見える距離にしています。その分、働くスペースが狭くなって作業しにくいこともありますけど、コーヒーが主役なので(笑)」
ドアに、作業やパソコン・携帯の使用を遠慮していただく旨のお願い事が貼ってある。それもコーヒーにどこまでも向き合ってほしいとの想いから。
「その場で一杯一杯コーヒーを淹れているので、作業に集中してずっと口をつけずに置かれたまま冷めていくのを見ていると悲しくなっちゃうんですよ。自分たちがストレスになることはやめようって。周囲の方にご配慮いただきつつ、オーダーしたものをさっと撮影していただくくらいなら大丈夫ですよ」
クラシックが静かに流れる居心地の良い店内。まるでコーヒーのガイドブックのようなメニューに目を通すのもおすすめの過ごし方。原産国の特徴に触れながら、コーヒーの旅を楽しんで。
コーヒーに詳しくない人ほど来てほしい?!
コーヒー好きが集まる店においてカウンター前は人気席。混み合ってきたら、ぜひ譲り合いを。
コーヒーに精通した人しか入ってはいけない……そんな聖地のような印象を持ってしまうが、実はまったく違うようだ。
「自分の好みが分かればネットで買えるので、まだ出合えていない人にこそ来てほしいですね。その人を知ることで好みの味に近づける。だから、好きとか苦手とかハッキリ言ってもらって大丈夫ですよ。その環境を作ることがわたしたちの仕事。抽出はペーパードリップです。理由は家でマネできるから。わからないことはここで何でも聞いてください」
目指すのは、驚きよりも飽きない味。
豆香洞ブレンド(中深煎り)420円
コーヒーの焙煎度合いによってグループ分けしており、作りたい味のイメージに合わせてカップの形を選んでいる。
福岡はもともと浅煎り文化だったが、自家焙煎が増えた折に深煎りが広まったのだそう。こちらは偏りのないラインナップだが、昨今の果実の酸味を楽しむサードウェーブより、バッハ流とも言えるトラディショナルなコーヒーが多い印象。
「焙煎度合はそれぞれの良さがありますからね。目指すのは家庭用のコーヒーなので、おもしろい・驚きがあるというよりは何杯飲んでも美味しい、好みだと思う味。口当たりがよく、すっと消えるようなマウスフィール(食感)を大切に考えています」
スイーツメニューが2つだけの理由とは?
上:アフォガード 470円 下:黒棒(クロボー)1本50円
メニューリストを開いて驚くなかれ。なんと、ケーキもサンドイッチも見当たらない。ドリンクに至っては紅茶も置いていないのだ。その理由はずばり「コーヒーを大事に飲んでほしいから」。そんな潔い後藤氏がたった2つ、メニューに加えたスイーツがある。
まず自身も好きだというアフォガード。エスプレッソの味が引き立つよう、主張しすぎないアイスクリームを選んでいる。もう一つは、主に九州地方で親しまれている黒砂糖を使った焼き菓子「黒棒」。素朴な味わいでコーヒーの邪魔をしない、素晴らしきバイプレーヤー。「コーヒーが主役」の信念は、決してブレることはない。
いつもの日常に美味しいコーヒーを。
ドリッパーやポットの販売も。ドリップデビューを考えているなら気軽に相談してみて。
こちらの店に通うお客さんは、ほぼ100%の割合でコーヒーを自宅で淹れているのだそう。
「最初は自分で淹れていなかった人も、カウンターで見ていて『私もできそう』ってなって(笑)。嬉しいことです」
豆は店頭で買えるほか、ネット販売もおこなっている。ほとんどが近所に住む人や引っ越して買いに来られなくなった人。日常に溶け込みつつも、なくてはならない特別な存在だ。
「最終的にお客さんから『私のほうが(淹れるの)上手よ』って言われるのが理想です。好きに飲んでもらいたいし、その人なりのレシピがきっとあるので。店はいろんな人に合わせないといけないから一つのレシピが存在します。でも、自分が本当に好きなコーヒーを淹れられるのは自分ですからね。その過程において相談してもらえる場所になれたらいいなと思っています」
【次回予告】営業日は週3日。老舗旅館のカフェに豆を卸す隠れた名店!
コーヒー愛あふれる後藤氏に紹介していただいた「おすすめ店」は、週末3日間だけオープンする焙煎工房カフェ。老舗旅館のカフェで提供するブレンドコーヒーも手がけているとか! 四季を織り交ぜて作る自家製ケーキにも注目。
取材・文・撮影 武田梨江