〈新連載〉旅と写真とゴハンと

 

旅した人/安彦幸枝さん  旅した場所/愛媛県 松山市

国内外を旅する写真家たちが、旅先での“おいしい記憶”を、写真とともに振り返る新企画がスタート。

 

誰かに見せるためでも、SNS映えを狙ったものでもない。そこでしか得られない食体験に魅了されシャッターを押した、おいしい旅の記録は、見る人の視覚と胃袋を刺激すること必至。

 

第1回は、機内誌や旅雑誌で活躍する女性写真家・安彦幸枝さんが登場。松山でであった、ローカル感たっぷりの3軒を教えてくれた。

 

松山の“町の匂い”に誘われて

松山へは取材で訪れたという安彦さん。町全体が醸し出す雰囲気に好感をもてたとか。
「こぢんまりしていて、どこか文化的な熏りがする。そんな、“町の匂い”に惹かれました。松山といえば、以前よりファンだった、伊丹十三監督が育った町です。」

松山市の西側にある、三津浜港。瀬戸内の穏やかな海に心和む。

歴史ある町並の残る、松山市内。路面電車が風情を添える。

伊丹監督のファンだという安彦さん。市内にある、伊丹十三記念館へも足を運んだ。「伊丹十三記念館は、伊丹監督のファンでなくても、映画好き、芸術好きなら、ぜひ立ち寄ってほしい場所。貴重な映像作品はもちろん、伊丹監督の出演作品、手描きのデッサンから、同じく映画監督だった父の伊丹万作氏の絵も展示されていて、伊丹監督のあふれんばかりの才能を感じとれます。中村好文さんの建築も素敵です」

 

館内には、伊丹監督の名作映画「タンポポ」をテーマにしたカフェ、「Cafe タンポポ」を併設。伊丹監督にちなんだスイーツや、愛飲していたお酒を楽しむことができるとか。

旅の途中に“ひっかけたい”、甘い鍋焼きうどん

四国のソウルフードといえば、コシのあるうどん。松山ならではのうどんが食べたい!と、事前にリサーチして訪れたのが、松山市駅から歩いて10分ほどの場所にある「アサヒ」。鍋焼きうどんで人気のお店だ。

「東京生まれの私には、まず、甘い味わいのうどんということが衝撃的でした。でも、しつこくなく、ほっとする甘さ。聞けば、地元の人は間食としてうどんを食べるそう。ちょっと小腹がすいたから“ひっかける”といった感覚でしょうか。量も少なめですし。鍋焼きうどんで小休憩なんて、松山ならではですよね」

 

なぎら健壱の『絶滅食堂で逢いましょう』を愛読している安彦さん。地元の人に愛される素朴な食堂を訪れるのが、地方を訪れたときの醍醐味だとか。

 

「お店の佇まいも最高でした。優しい味わいのうどん、アルミの鍋、懐かしさ漂うお店の雰囲気ともあいまって、出身でもないのに郷愁をくすぐられます」


店内にあった雷鳥の置物は、愛媛出身の版画家、畦地梅太郎の作品。同じものを市内の画材店で購入。

松山の地酒をリーズナブルに飲み比べできる、日本酒専門の立ち飲みバー

大の日本酒好きという安彦さん。取材でおりたつ土地ごとの地酒とのであいがライフワークになりそうな勢いだという。そんな安彦さんが松山で見つけたとっておきが「蔵元屋」。

「こちらの魅力はなんといっても、その価格。一杯、100~200円というリーズナブルな価格で、150種類以上の地酒を飲み比べできます。店員が静かに情熱的に説明をしてくださって、それも楽しかった。石鎚山の水を使った、『石鎚』が気に入って、数本購入しました」

東京でも、日本全国の地酒を購入できるが、現地でであうそれとは異なると、安彦さんは続ける。「お酒は、その土地と水、そして空気が育むもの。やはり、造られた土地で、その土地のアテと一緒に、地元の人との会話を楽しみながら飲むのが最高においしい! 旅の味は持ち帰れますが、本当のおいしさは足を運んでこそ得られる貴重な体験です」

〆は、港町が育んだソウルフード「三津浜焼き」

「土地の言葉が飛び交い、はじめての風習にとまどうのが、なんともいえない旅の醍醐味」という安彦さん。松山の港町、三津浜でであったのが、浜焼き。麺入り、漁港らしくちくわ入り、ふたつおりの半月型など、土地ならではのお好み焼きに大満足だったそう。

安彦さんが、次に食べたい、旅ゴハン

次に予定している旅先を聞いたところ、酒好きならではの答えが。

「友人の結婚式の撮影で、青森へ行きます。青森の地酒の銘柄『陸奥八仙』の蔵元に行く予定で、それが楽しみ。そこでは全種類を試飲できるそうです!」

 

おいしいお酒とゴハンを求める安彦さんの旅は、公私ともにまだまだ続きそう。

猫好きで猫の写真集も出している安彦さん。旅先でであった猫も撮り続けている。

PROFILE

安彦幸枝(あびこ さちえ)

写真家。父の装幀事務所でアシスタントをつとめたのち、写真家・泊 昭雄氏に師事。『TRANSIT』、『dancyu』ほか、旅や食の雑誌で活躍。写真集に、『庭猫』(パイインターナショナル刊)、『荒汐部屋のすもうねこ』(平凡社刊)。

 

 

 

写真:安彦幸枝

取材・文:吉村セイラ