【森脇慶子の新店開拓】

ボルトの「BOLT」である。

 

工具のボルトをその名に冠した理由を尋ねてみると、オーナーシェフ・仲田高広さんから、こんな答えが帰ってきた。

 

「今まで出会ってきた人、そしてこれから出会う人達と、ボルトとナットのように繋がっていけるように。そしてまた、将来、店が順調になって僕がちょっと気を緩めた時、誰かに締めてもらえれば……。そんな思いからこの名をつけました」

 

オープンは7月12日。場所は神楽坂。

とはいえ、観光地化された中心部から一歩離れた牛込神楽坂を勝負の場に選ぶあたり、我が道をぶれることなく確実に歩んできた仲田シェフらしい。

 

間口三間余り、カウンター僅か10席のこじんまりとした店内は、フレンチというよりもまるで居酒屋。メニューの内容も、かなりふるっている。たとえば、ある日の“本日の献立”には、

“オリーブと塩らっきょう”、

“黒無花果、リコッタチーズの白和え”、

“鰯の酢〆、焼き茄子のなめろう”

といった和の居酒屋テイストを彷彿とさせる品々が並ぶ一方で、

“ラムシャンブレゼ”

“アンドゥイエット”

“ロゼールラムポワトリーヌBien Cuit”

などバリバリのフレンチ料理も堂々と名を連ねる、そのバラエティ豊かなメニューの数々には思わず胸が弾んでしまう。

 

更に!!!『別腹』料理の魅力的なこと。

“米沢牛チャハン”(チャーハンでは無い)

“油ぞ~めん”

“スープ・ド・ポワソンカレー”の三者揃い踏み。

 

聞けば、一度にシメ三品を制覇する強者も少なくないらしい。

 

これらのメニューを見て、単なる思いつきの“和洋折衷料理”か、と思ったら大間違い。

 

いずれの料理も、ベースの確かさがうかがえる安定感のある出来栄えで、フレンチに一家言持つ御仁でも十分満足できるはずだ。それも、仲田シェフの経歴を知れば合点がいく。

今から16年前、調理師学校を卒業して最初の修業先に選んだのは、オープン間もない「マルディグラ」。和知徹シェフのもとで3年間修業を積んだ後、渡仏資金を貯めようとバイトのつもりで入った今はなき「アディング・ブルー」で三谷青吾シェフと出会う。

 

そして、独立する三谷シェフについてそのまま「レスプリ・ミタニ」へ。三谷シェフとマンツーマンの厳しい修練の下、肉の下処理の仕方から火入れまでを3年間みっちりと学び取り、待望のフランスへ。ブルゴーニュで1年半研鑽を積み、帰国。

 

さて、念願の独立か⁉︎と思いきや、今度は、なんとオーストラリアに2年半遊学。

 

「移民の国であるオーストラリアは、ミックス文化。フュージョン的な料理も多く、様々な国の料理がオーストラリアというフィルターを通して自由に表現されている。そういう国の食文化を肌で感じてみたかったんです」

いい意味でタガが外れた仲田シェフ、「基礎があれば多少いじってもいいんだな」と感じたそうだ。そして、自分がやるなら“居酒屋”。そう心に決めて日本の土を踏む。真っ先に向かったのは、赤坂の名居酒屋「まるしげ 夢葉家」。ここで働くうち、自分がやろうとしていることに確信が持てたという。

 

月に一度、頑張って食べに行くフランス料理店ではなく、週に一、二回通って貰える店にしたい。それが、仲田シェフの願いだ。

 

だから、料理名も少しだけわかりやすくした。たとえば“鰯の酢〆 焼き茄子のなめろう”は、フランス的に言うなら“鰯のマリネ キャビア・ド・オーベルジーヌ添え”。“ごぼうとロニョンの温きんぴら”は”ごぼうとロニョンのフリカッセ”である。手法的には、れっきとしたフレンチながら、日本的なニュアンスの呼び方にすることで、親近感を与えてくれる。

 

一方で、和の料理に仏の要素をミックスさせたものもある。

“いくらとセルヴェル・ド・カニュのタルティーヌ”1800円

 

写真の“いくらとセルヴェル・ド・カニュのタルティーヌ”の新いくらは、薄口醤油とみりん少々、そこに日本酒ではなくアルザスワインのゲベルツトゥラミネールを使用。フロマージュブランにセルフィーユやディルなどの香草を加えた“セルヴェル・ド・カニュ”と、ワインを使えばこその軽やかな新いくらの味わいが爽やかにマッチする。下戸の筆者でも、思わずワインが欲しくなる逸品だ。

いや、ここならば、日本酒という手もある。そう、酒も居酒屋並みに種類が豊富。自然派中心のワインを始め、日本酒、焼酎となんでもござれ。

 

新いくらのタルティーヌには、福井の酒“白岳仙”(グラス800円)が合いそうだ。

また、リコッタチーズに味噌を混ぜた“黒無花果、リコッタチーズの白和え”は、発酵食品同士ならではのマッチングの妙を見せる。

“黒無花果、リコッタチーズの白和え”750円

 

そして“ごぼうとロニョン・ド・ヴォーの温きんぴら”(1800円)は、カソナードとビネガーで作るガストリックで炒めたごぼうが、フレンチの手法を用いながらも、いかにもきんぴら風。プリプリの新鮮なロニョン(仔牛の腎臓)と歯応えのあるごぼう、この食感のバランスのとりかたも手慣れたもの。やや重めの赤ワインで仕上げることで、どこか土の香りのする一品となっている。

 

遊び心満載の前菜に対してメインの肉料理の面々は、三谷、和知両シェフの血統を受け継ぐシンプル&ガッツリ系。

 

中でも個人的なおすすめは“ラムシャンク”だ。

“ラムシャンクブレゼ”2800円

 

いわゆるラムのすね肉の煮込みで、骨付きのまま煮込んだいかにも武骨な佇まいながら、味わいは思いのほか優しく、それでいて余韻は深い。ただ煮込むだけの単純な料理ではなく、なんと仕上がりまで3日がかりの労作。まず、ラムのすね肉は赤ワインで1日マリネ。焼き色をつけたら、ミルポワと共にたっぷりの赤ワイン、フォン・ド・ボー、ジュー・ダニョーで、約4時間じっくりと煮込み、更にそのまま1日寝かす……といった具合。こうすることで、肉の中までじんわりと味が染み込むわけだ。

骨からホロリと外れるほど柔らかく煮込まれた肉塊は、すね肉特有のゼラチンを含んだ旨味と独特の食感に、知らず頰が緩む。惜しみない手間と時間が生み出す美味しさは、普遍である。

 

その他、豚のガツや大腸、小腸、コブクロを豚の直腸に詰めた自家製“アンドゥイエット”、チョリソーの旨味の効いた“マドリッド風トリッパ”など誘惑的なメニューが目白押しだが、別腹用のお腹に空きを、絶対に残しておきたい。

“マドリッド風トリッパ”2400円

 

一押しは、“スープ・ド・ポワソンカレー”。南仏のビストロの定番、スープ・ド・ポワソンに数種類のカレー粉を加え、ジャスミンライスと共に頂くオリジナルメニューだが、このスープ・ド・ポワソン自体が、実に美味。舌にしみじみと染みわたるうまさなのだ。

“スープ・ド・ポワソンカレー”1000円

 

通常は魚のアラを使うところを、ここでは魚を丸ごと使用。「市場で弾かれてしまうような小さな魚を集めて使っている」そうで、撮影日はタイにアイナメ、コチ、イサキなどなど。魚の種類は毎日少しずつ変わるため、微妙に味わいが変化するのも、かえって楽しみの1つとなる。

 

豚骨スープの如く、骨のエキスまで抽出する要領で中火で約6~7時間 、ふつふつと煮込んだスープを更に裏ごしして完成。だが、裏ごししすぎず、あえてざらつき感を残すのが「BOLT」流。それゆえ、スープには自然なとろみがあり、磯の風味もたおやか。カレー粉のスパイシーさが、キリリと味を引き締める一方で、濃縮された魚のエキスがじんわりと味蕾を潤していく。ジャスミンライスのパラリとした食感、エキゾチックな香りとの相性もなかなかだ。

 

“まるしげ”譲りの油ぞ~めんも、リピート率の高い人気メニュー。どんな一品かは、ぜひ、ご自分の目と舌でご確認あれ。

 

雰囲気は居酒屋ながら、食後感は紛れもなくフランス料理。これからのフレンチの、新しい方向性の一端を示唆する一軒、また1つ通いたい店が増えてしまった。

 
写真:内田トシヤス