今年8月中旬から10月上旬まで、青森県下北郡大間町が食と観光を掛け合わせた新たな取り組みを行っていることをご存じだろうか?
「大間マグロ一本釣り漁ウォッチング」と題されたこのツアー。
文字通り、“黒いダイヤ”と呼ばれるクロマグロ(通称・本マグロ)を求めて海に出航する大間の漁師たちの雄姿を見学できるツアーなのだが、とにかくその内容が“ここでしか体験できない”ほどスゴイ。
乗船の模様に加え、後編では、目の前でマグロが獲れる一大産地“大間だからこそ”可能な「マグロのフルコース料理」を紹介。食べるだけではない、五感をフルスロットルにする「大間マグロ一本釣り漁ウォッチング」、是非ともご賞味あれ。
大間は、漁師とマグロによって変貌を遂げてきた町
前編に引き続き、荒波の中でマグロ目撃情報を待つこと数十分。周辺には十数隻のマグロ漁船が巡航し、マグロのポイントを探り当てている様子。
突然、船長である泉さんから、「マグロの影が見えたらしい」と声が上がるや、目の前を一隻の漁船が猛烈なスピードで走り去る。すると、追従するように他の漁船も、その一隻を追う。マグロにつられる形で、十数隻の船が列を成し、追走する……まるでマグロに人間が吸い寄せられているような光景だ。
我々が乗船する第58海洋丸は、少し距離を置いた位置から回り込む形で先頭の漁船をマークするように航走を始める。
「マグロの情報は漁師内で共有するのですか?」と泉さんに尋ねると、
「仲の良い漁師同士であれば無線で連絡を取り合うこともあるけど、基本は早いもん勝ちだから、秘密にするな。けども、マグロの影を見て追い始めた船は、マグロにつられる形で不規則な進み方をするからすぐに分かるんだ」
と、海の男らしい解説が返ってくる。シチュエーションに合わせて、“ならでは”の説明を聞けることも、このウォッチングツアーの醍醐味だ。
先陣を切って航走していた漁船が、再び停留モードに切り替わる。泉さんから、「逃がしたみたいだなぁ」とため息交じりの笑い声が漏れ、乗船客も「見たかったなぁ~! でも、ハラハラした!」など、思い思いの感想がこぼれる。酔い止めが効いているのか、はたまたアドレナリンが分泌されているのか、船酔いどころか妙な爽快感が身体を包む。
その後、他の漁船が撒き餌をするなど、あの手この手で黒いダイヤをおびき寄せるも、最後までマグロの姿を眼福にあずかることはできなかった。
毎回、釣り上げる光景に出会えるわけではなく、姿を現さないことや、針にかかるも取り逃がしてしまうケースもある。実に、マグロが釣れる瞬間に立ち会える確率は約25%。決して高くない確率だが、釣れずとも、津軽海峡のド真ん中ではえ縄漁船に乗ってマグロ漁船の動向を追うという、他ではできない体験をどう捉えるかは、人それぞれだろう。
コンディションが良ければ、当然、漁船の数も増え、マグロ遭遇率も向上する。写真のように、泉さんが操舵する第58海洋丸は、他漁船近くまで寄るため、臨場感も抜群だ。
もし、漁師VSマグロの大格闘をお目にかかれるならば、写真のようなクロマグロが海上で抗う姿を見ることができる。
3時間ほどの乗船体験だったが、もしもこれが凍てつく冬場で何時間も海上で我慢比べをしていると思うと、大間の漁師の胆力に脱帽する他ない。同時に、これだけ過酷な海峡という漁場だからこそ、最高級の肉質のクロマグロが漁獲されることに納得する。舌だけでなく、目や肌でマグロの現場を知る……まさに大間でしかできない二つとない機会である。
「大間のマグロ漁師の生き様に触れてもらう機会を作りたかった」と話すのは、ツアーを企画したYプロジェクト株式会社代表取締役・島康子さんだ。
「大間がマグロの町として注目を集め始めたのは、NHKの連続テレビ小説『私の青空』(2000年)の舞台に選ばれてからです。ドラマの影響を受け、翌年、釣り上げたマグロが当時最高値(2020万円)を記録するや、大間はマグロを観光資源としても活用していくことになります。漁師とマグロが戦い続けるドラマがあるからこそ、新たな魅力を発信し続けることができる。釣れないケースなど、来年以降の開催に向けて改善していかなければいけない点はありますが、ドラマの一端をぜひ体験していただければ」
フルコースは、握り、血合、ほほ肉、目玉などマグロ三昧
酔い止めが効いたようで、相当な揺れの中でも無事に帰還。備えあれば憂いなしとはこのことで、船酔いが心配な方も、酔い止めさえ飲んでおけば大丈夫だろう(ただし、もともと乗り物に弱い人はオススメできないかも)。
さて、この後は、別途料金を支払った希望者のみ参加する形で、大間の名店『浜寿司』さんで昼食会となる。
赤身&中トロ丼に、マグロの珍味などの小鉢とお味噌汁が付く、『大間スペシャル・鮪丼』
赤身・中トロ・大トロの握りと鉄火巻のセット『大間鮪握り盛りあわせ』
何を食べるか迷ったものの、マグロの漁場が目の前にあるがゆえに、マグロの新鮮な部位を余すことなく食べることができる大間ならではの『鮪のフルコース』をオーダー。早速、登場したのは、「珍味三点盛り(胃袋の和え物・皮酢の物・血合の煮物)」。それぞれ食感と舌触りが異なるのが面白い。
とりわけ血合の煮物は絶品。血なまぐささはまったくなく、赤身のステーキなどよりもはるかに濃厚で柔らかい。青森の日本酒と言えば「田酒」が有名だろうが、これらの珍味には地元・下北半島が誇る名酒『関乃井』(むつ市・関乃井酒造)と合わせることをオススメする。辛口の酒が、マグロの味わいをいっそう際立たせる。
コラーゲンたっぷりの「目玉の小鍋」。さっぱりとした出汁との相性が◎。そして、目玉がとにかく大きい。ゼラチン質ゆえ食感が物足りないのでは?と早合点するなかれ。まるで高級ホルモンを食べているような食べ応えと、うま味が凝縮されている。
こちらは、珍しい「のど肉の焼き物」。ほほ肉の下部にあたるのど肉は、魚とは思えないほどジューシー。
「鮪のミニステーキ」。大間のマグロを贅沢&丁寧に焼くことで、一般的なマグロのステーキでは考えられないほど、甘みが凝縮され、柔らかくなっている。
これ以外にも、「鮪ぶつ切り」「ほほ肉の揚げ物」といった具合に、マグロのあらゆる部位を使った逸品が登場する。そして、最後に登場するのが「鮪握り寿司三カン(赤身・中トロ・大トロ)と鮪鉄火巻」だ。
もはや、「正義」としか言いようがない。個人的には、多すぎず少なすぎずの脂が乗った中トロに魂を抜かれた。口の中に入れた途端に、“マグロを食べている”以外の記憶がなくなる。
しかも、だ。過酷な津軽海峡で漁師たちの奮闘する姿を見た人間からすると、目の前にあるマグロ料理の数々に、いっそうの感動を覚え、「美味いということは、それだけ手間暇がかかっている」ことを思い出させてくれる。あまり再認識する機会はないかもしれないが、ここ大間に行けば、“美味い魚がなにゆえに美味しいか”、その背景が理解できるのだ。
つい先日、マグロの釣り上げシーンに遭遇した際の写真。大間でも珍しい夫婦船が漁獲。釣り上げる漁師それぞれにドラマがあり、その風景をこれだけ間近で見ることができる。
昨今、農林漁業である第1次産業に、食品加工・製造業などの第2次産業、販売・観光業などの第3次産業を掛け合わせる(1×2×3)、“6次産業”という言葉が広まりつつある。しかし、大間では2000年代前半から、漁師の存在が町に変化と物語をもたらし、マグロを介してブランディングを行うという、6次産業の先駆けとも言えるモデルが出来上がっている。
ただ体験するだけではなく、そこに携わる人々の生活を垣間見ることで、食材の豊かさを知る。「大間マグロ一本釣り漁ウォッチング」は、アクティビティであると同時に、オリエンテーションでもある。
はえ縄漁法がある中で、大間で一本釣り漁法を行う漁師の数は100人ほどいるという。そのうち一攫千金を掴むことができるのは、一握りだ。ロマンとドラマがあるからこそ、漁師はあえて一本釣り漁法にこだわり、周りの人間も魅了される。その醍醐味を賞味すべく、是非とも大間に出かけてみてほしい。
【大間マグロ一本釣り漁ウォッチング】
ツアー公式サイト:http://yproject.co.jp/tour/maguroryowatching/
料金:1出航 120,000円(1名~10名まで)※10名なら一人当たり12,000円
人数:1名~10名(中学生以上が対象)
実施日:8月~10月上旬の毎週日曜日 ※時化や悪天候の場合は中止/実施日以外の出航は要相談
時間:10:00~ または13:00~(時期によって変更あり)
※所要時間は2時間。最長3時間ほど。
集合場所:大間港・大間漁業協同組合そば
申込み:7日前まで
問合先:Yプロジェクト(株) TEL:0175-37-5073/MAIL:info@yproject.co.jp
取材・文:我妻弘崇(アジョンス・ドゥ・原生林)