常連さんの「舌の記憶」で再現した「だるま堂」の味
シンプルだからこそ難しい“発祥”の味。特に“焼き加減”を見誤ると、全くの別物になる。四苦八苦する竹中さんたちを応援してくれたのは、常連たちだった。試作した焼うどんを常連に食べてもらい感想をフィードバックする。そうして「これぞだるま堂の味だ!」と誰もが認めるまで試作を繰り返した。
もうひとつ心の支えとなったものがあった。「YouTubeに1本だけ、おばちゃんが焼うどんを作っている動画が上がっていたんです。何度もそれを見て、調理のコツを覚えました」
1本の動画と「だるま堂」を愛した人々の「舌の記憶」が再現した焼うどんの味に、初代店主の奥さまも太鼓判を押した。
その後、老朽化が進む店舗の修理費用を工面するため、クラウドファンディングを利用。見事目標金額を達成して、厨房の拡張やテイクアウト用のカウンターを新設。使用していなかった2階にテーブル席を設けるなど、多くの人の応援のもと、コロナ禍の2020年7月にオープンを果たした。
元祖の味はやっぱり違う! 「だるま堂 焼うどん」おいしさの秘密
同店の焼うどんが他と一線を画す所以は、干しうどん(乾麺)を使用するだけにとどまらない。その調理法を見せていただくと……。
まずは熱した鉄板に、豚の背脂を馴染ませ、豚バラ肉を炒めて塩胡椒で下味をつける。そこに若松産のキャベツと玉ねぎを加えて軽く火を通し、さらに麺を加えて焼き目がつくまでよく炒め、特製ソースで味をつける。仕上げに黒胡椒と日本酒、アジ・サバの魚粉をたっぷりふりかけたら完成。さらりとしたソースでも水っぽくならないのは、麺を前日に湯がき、一晩寝かして水分を抜いているからだそう。もちろん、火加減や手際も大きく味に関わってくる。
食べた時に、醤油のような風味を感じるのは、日本酒と魚粉の隠し味のせいだろう。あっさりしているが、香ばしく奥深さがある。通常より細めの麺は特製ソースと相性抜群。喉越しが良く、ズズッと啜ることができる。
大きな鉄板の前で見事な小手捌きを見せる塚腰店長だが、お店の名物でもある「天窓」650円を焼く際は細心の注意を払う。「天窓」とは、焼うどんに卵を落とし、麺と共に裏返して焼いたものを再び返して皿に盛り付けた一品。常連さんのなかには「これしか食べない」という人もいるほどの人気メニューだ。
「うまく焼けなかった時に、壁に飾ってあった先代のコテが頭の上に落ちてきた時は驚きました。おばちゃんが激励してくれているんですかね」と店長。
研究所が運営するようになって増えたメニューもある。それが「だるま堂」の新名物「小倉焼うどん研究所味」だ。こちらはグルメイベント用に開発を行ったもので、一日に大量の数を提供するイベント時にも扱いやすい九州産小麦の「生麺」を使用する。
もちもちの中太麺に絡むのは、デーツの甘みを活かしたオリジナルの中濃ソース。甘めの味で子供にも好評だ。仕上げに魚粉ではなく、アジ・サバの削り節を使用するのもポイント。新たな名物とは言え、研究所で20年間提供してきたメニューであり、すでに伝統の味と言ってもいい。
「焼うどん」はソウルフードじゃない「ハートフードだ!」
新生「だるま堂」のオープンから1年あまり。親子三代で訪れる常連さんから、ビジネスや観光で訪れる人まで、コロナ禍でも多くのゲストが訪れてくれた。意外にも、新しくなったと聞き初めて訪れたという地元の人も多いのだそうだ。
焼うどんに魅せられ、元祖の店を継承した竹中さんは、焼うどんの魅力をこう語る。「焼うどんというのは、祭りや夜食の花形である焼きそばとは違い、土曜日の午後などに余り物を使って作られるような家庭的なメニューです。だからこそ、北九州の人でなくとも、食べた時に懐かしいと感じるのではないでしょうか。だるま堂で誕生し、今や多くの人の“思い出の味”として存在する焼うどんは、ソウルフードというより、みんなの心の中にあるハートフードなんじゃないかな」
後継者不足に加え、このコロナ禍で老舗が次々に閉店していくのを目にするようになった。「他では真似できないオリジナルの食文化を生み伝える老舗の存在は、まちの個性であり大切な財産である」と竹中さんは言う。
そういった状況下で「だるま堂」が第三者のまちづくり団体「小倉焼うどん研究所」に受け継がれたことは、大きな意味を持つ。「私たちにできることは、できるだけ長く続けていくことです。そのための仕組みづくりを行っていきたいと思います」
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