ビストロだけのメニューや、スペシャルなコースでしか味わえないメニューも

ライブキッチンとなっているガストロノミーレストランエリアのカウンター席。

なお、11,000円のコースでは、高木シェフのスペシャリテであるパイ包みとフォアグラ、パテ・ド・カンパーニュを使ったパテバーガーが楽しめる。このうち、フォアグラはビストロエリアのアラカルトでも注文できるが、ほかの2点についてはコース以外では食べることができない。それだけ、11,000円のコースは特別感があるのだ。

通常、高級なディナーに興味を持ってもらう仕掛けとしてランチがある。同店でも、ローストビーフ丼や、おまかせのビストロランチなどお得なランチメニューを用意しているが、ディナーの時間帯の中でも同様の効果を果たしているのが、この2つのスタイルの共存だ。

ビストロエリアで気軽にフレンチに触れるなかで、特別感のあるガストロノミーエリアにも興味を持ってもらう。一方で、スペシャルなコースを堪能しながらも、アラカルトメニューを作るシェフの様子や料理を見て、ビストロエリアにも期待を感じてもらう。全く異なる2つのスタイルを提供しているからこその相乗効果といえる。

次回はスペシャルなコースへと期待が高まる仕掛けづくり

arsは、勤める店のスタイルが異なっていても「高木シェフの料理が好き」というお客様視点から生まれた。

しかし、実際にこの営業形態はオペレーションが大変だろう。ガストロノミーレストランで使う食材とビストロで使う食材はそもそも違う。アラカルトが中心のビストロでは、何が注文されるかわからないため、すべてのメニューの食材を用意していなければならないが、食材の保存方法や加工などすべてがガストロノミーとは異なるからだ。

そんな複雑なシステムを可能にしているのが、高木シェフの多彩な経験だ。
高木シェフは「30歳でやとわれシェフに。35歳でオーナーシェフになる」ことを目標とし、20歳の頃からこの道に入った。ホテルや町中のレストランなど、ガストロノミーレストランからビストロまで様々な店で経験を積み、独立前には経営を学ぶためにレストランのコンサルタント業も経験している。

レストラン経営のための店に合わせたオペレーションの大切さを知っているからこそ、11,000円のおまかせコースを提供する一方で、50種類ものアラカルトを用意したビストロ様式の提供が両立できるのだろう。

arsのaはart(芸術)。rはフランス語でrapport(信頼関係)。sはsouvenir(記憶、思い出)。3つの言葉の頭文字をとりつつも、arsはラテン語で技術という意味もある。

とはいえ、このスタイルは経営者視点で生まれたものではない。もともとは、ガストロノミーレストランやビストロ時代に高木シェフのファンとなってくれた客たちの、「どちらの料理も食べたい」という声から発想を得ている。

その結果、フレンチが初めてであったり、堅苦しさに苦手意識があったりする人でも、ビストロで居酒屋のように好きな料理を食べて楽しみ、5,500円の肩ひじ張らない雰囲気のフルコースを体験する。そしてゆくゆくは、ビストロエリアからうかがえる、高い技術と精巧に組み立てられた料理であるガストロノミーのコースを試してみる。そんな段階を経てフレンチの楽しみ方を覚えられる店になった。

そうやってフレンチに親しんだら、次からはシチュエーションに合わせてエリアを使い分けて通える店なのだ。

【本日のお会計】
■食事
・5,500円コース 5,500円
合計 5,500円

※価格は税込

※本記事は取材日(2021年7月5日)時点の情報をもとに作成しています。

※新型コロナウイルス感染拡大を受けて、一部地域で飲食店に営業自粛・時間短縮要請が出ています。各自治体の情報をご参照の上、充分な感染症対策を実施し、適切なご利用をお願いします。

※時期により酒類の提供を中止している場合があります。

取材・文:岡崎たかこ(grooo)
撮影:玉川博之