ジビエの常識が変わる。しっとりやわらかなエゾ鹿のロースト
ディナーコースでは、パスタに続き魚料理が提供され、その後にメインとなる。この日は、エゾ鹿のローストがテーブルを飾った。
このエゾ鹿のローストが秀逸だ。まず、カットされた肉の色味が美しい。しっかりと火入れがされているのにもかかわらず、断面すべてがきれいな赤色だ。そして、やわらかい。驚くほどやわらかい。
鹿などのジビエは、その肉々しい食感と自然味溢れる味わいが魅力だ。言わば、弾力ある肉質も楽しみのひとつといえる。それだけに火入れには細心の注意が払われるが、それでもある程度の歯ごたえは、ジビエである以上当然だと思う人が多いだろう。
しかし山田シェフの手にかかると、野性味あふれるエゾ鹿もしっとりとした肉質のやわらかな食感となり、言われなければエゾ鹿だとわからない人もいるそうだ。実際、「ジビエが苦手」という人であっても、同店のものだけは食べられるという人は多く、「この食感は初めてだ」と感動してエゾ鹿のファンになる人もいるという。
「最初からジビエが得意だと意識していたわけではありませんが、やはり好きなので余すところなくおいしさを引き出したいですよね」と言い、今後は猪やハトなども出してみたいそうだ。
「牛肉ならばおいしいものは数多くあり、他の店でも最高のものが提供されています」。その中で自分だからこそ提供できるものを考えたときに、やるならばジビエがおもしろいと感じたという山田シェフ。今後もディナーのメインにはジビエを中心に構成していきたいとのこと。本格的なジビエの季節が楽しみな店がまたひとつ誕生した。
オープンしたばかりの今は知る人ぞ知る店だが……
湘南を見下ろす高台。周囲は閑静な住宅街であることから、客層は地元の人が多い。ファミリー向けに子ども用のイスも1脚、用意されている。すでに毎週のように通うリピーターもおり、そういった人には毎回異なる料理を用意し、メインを魚にするなどの変化をつけ、リクエストにも応えているという。
なかには、山田シェフが都内で腕をふるっていたころからのファンで、わざわざ鎌倉まで足を運ぶ人もいる。
その根強いファンがいる理由のひとつに、山田シェフの根底に流れる多文化、多様性を内包した繊細さがありそうだ。
前述したように幼少期をイタリアで過ごし、レストランの地元料理や友人の家の多彩な「マンマの味」を味わってきた。料理の修行をしたのは日本だが、蓄積されたフレンチとイタリアンの基礎に、多文化に触れてきた山田シェフならではのアイデアとセンスが重ねられている。
それが、一皿の中にいくつも変化を見せる味わいであり、山田シェフの遊び心でもある。ひとつの皿、ひとつのコースの中に色々な味が重なり合う。それらをひとつずつ解き明かすために、何度でも通いたくなる。そんな店だ。
※価格は税込