ビストロの懐の深さを知る
2021年5月に初めて発表された「食べログ ビストロ 百名店」。おしゃれをして出かけるフレンチとはまた違って、日本でいうところの食堂や定食屋に近いイメージのビストロ。肉が食べたい、ワインが飲みたい、伝統的なフランス料理が食べたい、初めてを体験したい、じゃビストロに行こうか。こんな風に気楽に立ち寄れる場所が「ビストロ」。そしてさまざまなジャンルを包み込んでしまう、懐が深いものなのだと思う。
教えてくれた人
柏原光太郎
日本ガストロノミー協会会長。大学卒業後、出版社に勤務し、グルメ本を手がけたことで食の奥深さに目覚める。料理は作ることも食べることも大好きで、中学生の娘の毎日の弁当と朝ごはん、週末の家ごはんを作っている。料理好きのための食の発信基地としての役割を担うべく2017年12月社団法人「日本ガストロノミー協会」を設立。
さまざまなジャンルを歓迎する現代のビストロ
「ビストロ」とは本来、フランス料理のカジュアル版的な意味合いを指す。ところが今回の「食べログ ビストロ 百名店」を詳細に見てみると、とても範囲が広い。ビストロというより正統派フランス料理店といってもおかしくない店から、フランス料理の域を飛び越えた店、洋風居酒屋、旨いもの屋と思われる店までさまざまなジャンルが立ち並び、そこに違和感がないのだ。それが「ビストロ」という料理ジャンルの特徴だろう。
そうした傾向はここ数年、特に増えているように思う。ネットが人々の知識を増やし、新しい調理器具が発明され、違ったジャンルの料理人たちの交流も広がった。新しい調理法、おいしい食材の情報は瞬く間に広がり共有されていく。若い料理人たちの進歩は早い。だから「これはフランス料理、これは中華料理」などとジャンルに固定できないフュージョンかつイノベーティブな料理店がたくさん生まれてきている。それを「ビストロ」というジャンルはすべて包み込んでしまう。
ビストロ 百名店でいえば「ビストロ・シンバ」「BOLT」「ウグイス」「organ」などが代表的で、見かけはカジュアルなのに料理は本格派だったり、フレンチにとどまらず中華やアジアの技法を取り入れたりしたビストロがどんどん増えているのが最近の特徴だろう。
ビストロとはフランスの日常を追求した食堂のようなもの
でも、そんななかにあってビストロの魅力は厳然として存在する。フランス料理店が着飾って料理だけでなく店の雰囲気全体を楽しむ場所であるとすれば、ビストロは普段着で訪れる食堂のようなもの。日本の大衆食堂に「とんかつ」「鯖の味噌煮」「豚の生姜焼き」といった料理が必ずあるように、ビストロには「鴨のコンフィ」「子羊のロースト」「シュークルート」「スープ・ド・ポワソン」「バヴェットステーキ」といった定番が並ぶ。
僕の敬愛するスペイン料理のシェフは、現代スペイン料理を学びたくてスペインの料理学校で学んだが、そこで「現代料理というのは土着の料理を知ってこそわかるものだ」と気づいたという。彼はそこで方向転換し、郷土料理ばかりを6年間修業して帰国、東京にスペインの食堂のような料理店を作った。
フランス料理だって同じだ。最初から最先端の料理ばかりを食べるのではなく、フランス人が日常的に食べる料理も食べ続けて、初めてフランス料理の底流に流れる哲学がわかる。そうしたエッセンスを学ぶには絶好の店が、この百名店にはきちんとリストアップされている。
たとえば「ビストロ・ダルテミス」や「ブラッスリー・ヴィロン」「ヌガ」「ル・クロ・モンマルトル」などは、内装からしてパリにいると錯覚するくらいで、メニューを開いてもビストロらしい料理ばかりだ。
そのビストロ料理を、コース5,000円以下で味わえる入門編も百名店のリストには並んでいる。「ラミティエ」「ポワソンルージュ」「コンコンブル」「ウグイス」「Aux delices de dodine」といった店なら、ビストロ初心者も大満足の料理がお財布を心配しないで食べられる。
こうした店を訪れてビストロというものの輪郭を知ったら、今度は各論で攻めてみたらどうか。