予約のとれない名店「わさ(WASA)」が、恵比寿で復活

山下昌孝さんは、知る人ぞ知る料理人だ。2009年に目黒区八雲に中国料理店「わさ(WASA)」を開業すると、その味が評判を呼び瞬く間に連日満席の人気店となる。2017年に六本木ヒルズに移転してからは、食通が通う予約が取れない店として名を馳せた。しかし、2019年夏に惜しまれつつ一度閉店をする。そして、2020年10月に新天地・恵比寿で待望の復活オープンとなった。

劇場型モダンチャイニーズで、ゲストをもてなす

厨房を囲むようにテーブル席が並ぶ、劇場型の店内。

今回のテーマは、目の前でシェフが仕上げる劇場型中華料理店。厨房をぐるりと囲むように配置されているのはカウンターではなく、それぞれに独立したテーブル席だ。

白を基調とした明るめの空間になっており、山下さんが次々と料理を仕上げていく様子を存分に見つめられる。

左から紹興酒「石庫門 20年」グラス1,500円、シャンパーニュ「JACQUESSON 743」ボトル19,000円、「JACQUESSON 742(マグナム)」グラス3,500円。

料理は25,000円のお任せコースのみで、少量多皿の高級モダンチャイニーズを提供する。山下さんの料理は、中国料理の基礎を大切にしながらも、各国料理のエッセンスを巧みに取り入れており、ワインとの相性も抜群。同店のサービススタッフは全員がソムリエのため、そのひと皿に合った一杯を相談しながら合わせられる。200年以上の歴史と伝統を誇るメゾンのシャンパーニュ「JACQUESSON」など、ワイン通も唸るセレクトだ。

またティーペアリングも用意されている。こちらも、中国茶ではなく紅茶をメインに揃えているというからおもしろい。

希少な食材を用いた、絶品餃子を食べ比べ

お任せコースから「本日の餃子」。この日は、丹波篠山の高坂鶏、茨城県産梅山豚、熊本県産梅山豚の3種。

この日のコースは、「帆立と雲丹の包み揚げ」、「椒麻」、「胡瓜のたたき 辛味ごまだれ」、「ザーサイ」、「2種類の豆腐とジャコ辣油」、「よだれ鶏」が続いた。ポーションは少な目だが、お酒をいただきながら食べ進めるのにぴったりだ。

7品目「本日の餃子」は、種類の違う餃子の食べ比べが楽しいひと皿で、丹波篠山の高坂鶏、茨城県産梅山豚、熊本県産梅山豚の3種が供された。“幻の鶏肉”とも評される稀少な高坂鶏はうまみのバランスがよく、繊細な味わいが魅力。茨城県産の梅山豚はジューシーでコク深く、熊本県産は赤身の味が濃くあっさりといただける。

山下さんは餃子を焼くための調理器具をいくつも試してきた。その結果、たどり着いたのが「LODGE(ロッジ)」のスキレット。熱伝導がよく蓄熱温度が高い「鋳鉄」で焼き上げることで、皮目はパリッと、餡はやわらかく仕上げることができる。

この後は「紹興酒に漬けたイクラビーフン」「松茸の春巻き」「フカヒレのステーキ 白湯スープ」と食べごたえのある品が続く。

“わさスペシャリテ”の炒飯は、シンプルながら技巧が光る一品

「わさスペシャリテ 炒飯」。蓋付きの器は特注品で、少し蒸されることで風味が高まる。

11品目はスペシャリテの炒飯。ネギと卵のみでつくった極めてシンプルな一品だが、その味が最高。米のひと粒ひと粒が卵を纏っており、口にするとネギの香ばしい風味が広がっていく。「パラパラ」とも「しっとり」とも言い難い絶妙な食感は、唯一無二と言えるだろう。

山下さんは豪快に中華鍋を煽って炒飯を仕上げていく。

山下さんが中華鍋を煽る姿は豪快そのものだが、実は綿密な計算のもとに炒飯はつくられている。鍋を振る数まで決まっており、具材や塩を入れるタイミングも毎回同じだ。

ポイントは、ネギを2度に分けて入れること。最初に投入したネギはよく火を通して甘みを引き出し、次のタイミングで入れるネギで香りを立てる。また仕上げには、鍋肌に日本酒を差し入れる。酒にふくまれるアミノ酸が米をコーティングして、風味を高めるそう。

ネギ、卵、塩、日本酒というシンプルな組み合わせで、これほどの味わいが生まれるのかと誰もが驚くことだろう。

〆を飾る担々麺は、ゴマとラー油の香りがたまらない!

人気の高い「担々麺」。さっと7秒間だけ茹でた、新鮮なもやしのシャキシャキ感も最高

〆の一品「担々麺」は、コースの〆とは思えないほどのボリューム感。お店で丁寧に炒ったゴマと自家製のラー油を使っており、出汁は鶏と昆布で取っている。スープを口にすると、まず出汁のうまみが広がっていく。辛みを感じるのはその後だ。

東京中の製麺所から中華麺を取り寄せて食べ比べ、山下さんが選んだのは八幡製麺所のもの。

食べ進めていくうちに、麺の小麦がスープに溶けだしてとろみが増していく。そこに、ラー油を追加して“味変”を楽しむのが「わさ(WASA)」のスタイル。香り高いラー油の辛みが食欲を刺激し、最後まで食べ飽きることがない。

ひと皿ひと皿に、シェフの飽くなき探求心が込められている

シェフの山下昌孝さん。「福臨門酒家」「エピセ(epicer)」での修業を経て、岐阜の名店「開化亭」の古田等氏に師事。

山下さんの料理にかける飽くなき探求心と弛まぬ努力は、その味に結実している。

例えば、水に対するこだわりもそのひとつだ。スープには優しい甘みのある「白神山地の天然水」を使い、餃子などを蒸し上げるときには不純物やミネラルを取り除いた「RO水」を使う。食材を洗う際にすら水道水は使わず、「電解水」と「コントレックス」を素材の特徴に合わせて選択する。また醤油も、厳選した5種を料理に合わせて使い分けているそう。だからこそ、餃子、炒飯、担々麺といった定番の料理も、山下さんの手にかかった途端に煌めきだすのだ。

店に飾られた桜の絵は、山下さんの祖父である日本画家・加藤東一氏によるもの。未完の遺作。

料理は「手間ひまが一番だ」という考えは、昔から一貫している。しかし変わったこともある。それは自分自身の姿勢だと山下さんは語る。

「今までは自分の料理を“披露する”という意識で店に立っていました。けれど、恵比寿で再び店をはじめるに当たり、お客さまを楽しませるということに心が向くようになりました。やっとスタートラインに立ったというか、普通になっただけなのですが(笑)。やはり、『カンテサンス』の岸田さんなど一流と言われるシェフは、お客さまの目線に立っている。お客さまが喜んでくれるから、僕も最高の食材を使って料理ができるという考えに、やっと至りました」

40歳になり、さらなる高みを目指す山下さん。昔からの常連は、ゲストの目線に立って振舞う山下さんの姿に驚く人も多いのだとか。確かに、シェフとの会話を楽しむひと時も食事の楽しみのひとつ。かつて店を訪れたことがある人も、はじめて山下さんの料理を口にするという人も、温かく迎え入れてくれるだろう。

恵比寿駅から徒歩10分の立地にある「わさ(WASA)」、外には看板もなにもない。

※価格はすべて税・サービス料別

■店舗情報
店名:わさ(WASA)
住所:東京都渋谷区東3-16-1 ベルザ恵比寿 1F

※時節柄、営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるためお店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。

※外出される際は、感染症対策の実施と⼈混みの多い場所は避けるなど、十分にご留意ください。

※本記事は取材日(2020年11月11日)時点の情報をもとに作成しています。

取材・文:梶野佐智子(grooo)
撮影:玉川博之