土用の丑の日は、作家が愛した鰻の名店へ

夏の土用の丑の日に鰻を食べる習慣は、江戸時代から始まったようだ。さらにさかのぼると、奈良時代に編纂された「万葉集」にも夏の暑い日にスタミナをつけるために栄養価の高い鰻を食べるという記述がある。

 

昔から日本では、スタミナをつけたいときや美味しいものを食べたいときに、鰻が重宝されてきたのだ。グルメな作家たちも、特別な日にはよく鰻を食べていた。なかでも老舗の名店をご紹介。

作家たちが通った江戸創業の老舗「竹葉亭」

とくに、多くの作家が愛したのが、1866年創業の老舗「竹葉亭」だ。戦前には10軒以上の支店があったこともあり、永井荷風、北大路魯山人、斎藤茂吉、池波正太郎と名だたる人物が竹葉亭に通っている。

 

魯山人は、「魯山人の食卓 鰻の話」で「うなぎ屋としての一流の店を挙げると、小満津や竹葉亭、大黒屋などがある。現代的なものに風流風雅を取り入れた、感じのよい店といえよう」と記している。

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荷風の日記「断腸亭日乗」でも度々、竹葉亭を訪れていることがわかるし、夏目漱石の「吾輩は猫である」にも登場する。斎藤茂吉が息子の見合いで竹葉亭へ行った際、婚約者が緊張して残した鰻を「食べないなら自分が食べる」と平らげてしまったという話も有名である。

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竹葉亭のうなぎお重は、一種類のみ。関東風に背開きにしてふっくらとやわらかく蒸され、秘伝のたれで焼かれたうなぎは、夏の暑い日にもするりと喉を通って、老若男女に愛されている。

森鴎外が愛した老舗の鰻割烹「伊豆栄」

出典:お店から

お次は、江戸中期創業の「鰻割烹 伊豆栄」。焼きの技法は門外不出で、しょうゆとみりんだけで作る辛口ダレが特徴。江戸風に焼きと蒸しがほどこされ、ふっくら香ばしい。

 

この伊豆栄を愛したことで有名なのが、森鴎外と谷崎潤一郎だ。とりわけ鴎外は、通い詰めるほど伊豆栄の鰻が好きだったらしい。創業以来、鰻割烹一筋でやってきた老舗ならではの繊細な味わいが魅力。「鰻佃煮」「炭火焼鰻蒲焼」などの土産品も人気。

夏目漱石の生家近くにある早稲田の「すず金」

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漱石も鰻好きでよく知られる。竹葉亭のほかにも、漱石の生家があった早稲田の「すず金」によく通っていたようだ。明治10年創業の老舗で、店構えは小さいが週末になるとよく行列ができる。関東風で蒸したあと香ばしく焼かれ、しっかり肉厚な身が特徴。かみごたえも程よい。

 

うな重の大ともなるとなかなかのボリュームがあり、これで2,500円とは手頃である。「鰻 すず金」と書かれた箸袋の裏側には、「我輩もかつて食した ここの蒲焼」と書かれており、漱石の足跡が残る。

斎藤茂吉をもうならせた、渋谷の名店「花菱」

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最後は、昭和初期創業の「花菱」。「これまでに吾に食はれし鰻らは仏となりてかがよふらむか」(これまで私に食べられてきた鰻は成仏して輝いている)という和歌を詠んだ、うなぎ好きの斎藤茂吉が通った名店である。創業以来90年継ぎ足しで受け継がれてきたタレは、戦時中は岐阜県まで疎開させていたという逸話を持つ。

 

こちらもふっくらと蒸したあとに焼かれる関東風で、やわらかく食べやすい。白焼き、うざく、うまき、うなぎまぶしごはんなど、6品食べられる「うなぎづくしコース」も人気だ。

文:井上真規子