〈サク呑み酒場〉

今夜どう? 軽〜く、一杯。もう一杯。

イマドキの酒場事情がオモシロイ。居酒屋を現代解釈したネオ居酒屋にはじまり、進化系カフェに日本酒バー。どこも気の利いたツマミに、こだわりのドリンクが揃うのが共通点だ。ふらっと寄れるアフター5のパラダイスを、食べログマガジン編集部が厳選してお届け!

六本木の表通りを中に入れば、駅の周りの喧騒とは一変した静かなたたずまい

入口の「二万匹」の文字が印象的。どんなしらす料理が出されているのか、窓から店内を覗き込みたくなる。

賑やかな六本木も、少し中に入ると落ち着いた一面をのぞかせる。華やかな表通りからちょっと入った路地にたたずむ「土佐しらす食堂 二万匹」は、2020年1月に荒木町から移転オープンしたしらす専門店だ。高知産の食材のすばらしさを東京の人に伝えたいと店主の岩本さんが営む小さな店は、常連客を中心に連日にぎわう。提供するメニューすべてにしらすが使われている、しらすづくしの料理と酒を目当てに吸い寄せられてしまうのだ。

「時々、エプロンのポケットや頬にしらすが付いている」と笑う岩本さん。しらす愛が満ち溢れている。

ビストロ「銀座ストック」の遠藤正道氏のもとでソムリエとして経験を積んだ店主の岩本さん。地元、高知のしらすのおいしさに感激したことがしらす専門店を構えるきっかけになった。保存のための塩を極力抑え、しらす本来の旨みが感じられる極上のしらすは、これまで岩本さんが食べてきたどのしらすとも違っていたという。その釜揚げしたてのしらすをチルドで取り寄せている。
いわしの稚魚であるしらすは、季節によってカタクチイワシやマイワシなどとれる種類が変わり、風味や味の濃さなども少しずつ異なる。カルシウムをはじめ、タウリン、コラーゲン、DHA、EPA、ビタミンDも含んでおり、小さいながらもポテンシャルの高い魚なのだ。ところで、店名の「二万匹」だが、実際にはどのくらいの量なのか聞いてみた。「さすがに数えたことはないのですが、感覚では洗面器に山盛り一杯ちょっとでしょうか。二万匹は少なすぎました!」としらす愛に満ちた岩本さんの作る料理はいったいどんなものか、ワクワクしてくる。

まずはお通し。そのままのしらすで、素材をじかに味わいたい

しらす本来のふわふわの食感と繊細な味わいを実感できる。「お通し」300円。

席について最初に味わうのは、お通しで出されるそのままのしらすだ。釜揚げしただけのしらすで、もちろん醤油は不要。口に入れると、ふわふわで甘みがある。そして上品な塩味。しらすを食べたときにたまに感じるわずかなえぐみもない。潔いほどのシンプルさに、素材への自信がうかがえる。このしらすを食べたら、ほかのしらすを食べられなくなりそうな衝撃的なしらすだ。これで一杯呑みながら、じっくりとメニューを選ぶのもいいだろう。

しらすも玉子もふわふわ、出汁巻きしらす

玉子もしらすもふわふわな「出汁巻きしらす」650円。定番メニューとして通年人気だ。合わせたいのは「呑みすぎちゃうリモンサワー」700円。

釜揚げしらすをもう少し食べたいのなら、「そのまんましらす」(350円)で堪能できる。通称“追いしらす”と呼ばれる人気の食べ方だが、「出汁巻きしらす」を注文する手もある。ふんわりと焼き上げられた出汁巻き卵の上に、釜揚げしらすが惜しげもなくのせられているからだ。

しらす二万匹「 出汁巻きしらす」
たっぷりかかっているしらすと一緒に。

出汁巻き卵は、関西系のすっきりとしたかつおだしが効いたもの。そこにしらすの繊細な塩味が加わり、絶妙なバランスを出している。口の中に玉子としらすから浸み出す上品な旨みが広がり、玉子のふわふわとしらすのふわふわの相乗効果で、いい感じに酒が進む。ここは、香り高い高知のレモンを使った人気のリモンサワーと合わせたい。

岩本さんの妄想から誕生したメニュー!「しらすとタラコのアヒージョ」

「しらすとタラコのアヒージョ」950円には、意外にも日本酒が合う。「酔鯨」1合900円。

客から絶大な支持を得ているのが、岩本さんの「自分が食べたいしらす料理の妄想」から誕生した「しらすとタラコのアヒージョ」だ。通常はオリーブオイルを使うアヒージョだが、同店では白ごま油を使用。白ごまのふわりとした香りが食欲をそそる。オイルにたっぷりと浸かっているからか、しらすは柔らかく、香ばしいたらこがブロッコリーやトマトを引き立てている。スペイン料理ということでワインを合わせたくなるところだが、岩本さんのセレクトは、意外にも日本酒。高知の地酒「酔鯨」だ。

食べ進み、オイルとしらす、たらこが残ってしまっても心配するなかれ。添えてあるパンと一緒に食べるとジョワッと旨みの詰まったオイルがパンに染み込んで、また旨い。さらに、残ったオイルには使い道が残っているので、ここで食べきってしまわないようにしておきたい。

満を持して登場! 噂の「禁断のしらすバター丼」

フレンチ出身ならでは、エシレバターを使った「禁断のしらすバター丼」1,200円。一度食べたら忘れられない危険なおいしさだ。

しらすを堪能したころ、〆の「禁断のしらすバター丼」が運ばれてきた。香りと甘みがある仁井田米を高知から取り寄せ、毎朝店で精米しているご飯にたっぷりとしらすをかけた一品だが、このどんぶりの醍醐味は4つの味の変化が楽しめることだ。
まずはバターに触らず、そのままいただく。ふわふわしらすと温かいご飯がほろりとほどけて混ざり合う。アクセントのネギは、シンプルかつ黄金の組み合わせ。素材の良さをしっかりかみしめられるどんぶりだ。

次にバターをかき混ぜて、ご飯の熱で溶かして食べる。しらすの旨味の混じり合ったご飯に、フランス産エシレバターのコクと芳醇な香りがジワリと加わり、一気に洋風の味わいに変化。ガツンとしたインパクトを感じる。「ご飯にバター」は、健康に悪くないか? と思っても旨い。箸が止まらない。なるほど、これが「禁断の味」「禁断のどんぶり」と呼ばれるゆえんかと納得する。

バターを絡ませるとたちまち濃厚な味に変身。秘伝のタレでさらに斬新な味に変化を遂げる。

続いてお店秘伝のタレをひと回しかけて食べる。旨味と塩味が加わり、さらにくっきりとした味わいがたまらない。

最後は、アヒージョを頼んだ人だけが味わえるお楽しみ。余ったアヒージョのオイルを回しかけるのだ。しらすやトマトなどから出た旨味の詰まったごま油とたらこの香ばしさも加わって、最後にがっつりとくる〆ご飯の出来上がり。オイルをかけて食べるという背徳感から、「背徳のどんぶり」とも呼ばれているのだとか。しかし、サラサラの白ごま油なので、重すぎないのがうれしいところだ。

 

この禁断のしらす丼、1人前頼むことに罪悪感を持つなら、ハーフより気持ち多めの5/8の量をオーダーできる。でも、結局お代わりして、本来の1人前より多く食べてしまうことになりそうなほど、魅惑のおいしさなのだ。

ほかにもおすすめ一品料理がいっぱい! どれもしらすづくし

左から、ラーパーツァイ、人参ラペ、切り干し大根、山芋わさび 各350円。

岩本さんが考えるしらすの調理方法は「そのまま使う」「出汁として使う」「アンチョビのように味付けのアクセントに」「塩味として使う」と多彩だ。その工夫が、メニューすべてがしらすだけでも飽きることなく楽しめる秘訣となっている。

しらすを出汁として使った、「しらすーぷ」200円。かつおの出汁と、しらすの旨味、塩味だけなのに味わい深い。

カウンターに並ぶ小鉢料理も、もちろんしらすづくし。人気のラーパーツァイは、白菜のおいしい季節限定で展開している、中国のお漬物。ほどよい酸味にコクがあり、しらすから出る旨味が加わっている。横に並ぶ人参ラペ、切り干し大根、山芋わさびに至るまで、どれもしらすの持つ自然な旨味を巧みに利用して生み出されたメニューだ。

しらすのうまみを出汁として使った「しらすーぷ」は優しい味で、「しらすバター丼」と合わせてもバランスが良い。

自然な塩味を利用した変わり種と言えば、高知から送ってもらう釜揚げしらすのゆで汁を使って調理する、豚バラしらすも人気だ。ほのかに感じる程度の上品な塩味と、豚バラから出る甘みとのバランスが絶妙で、酒が進んでしまう。

高知観光特使の店主だからこそ入手可能なレアな酒の数々

おいしい水のあるところにうまい日本酒アリ。土佐の地酒は800~1,100円。

高知観光特使の顔もあわせ持つ岩本さん。それだけに、日本酒や焼酎はすべて高知のものを揃えているうえ、県内でもあまり出回らない酒も並ぶ。

一番左の日本酒「どくれ」は、3月に瓶詰したばかりの生酒。「久礼(くれ)」という酒を造っている酒蔵のもので、「ど」がつく「どくれ」は、杜氏たちが自分たちで呑むために特別に造る酒で生産量も少ないそうだ。運が良ければ、さらに希少なゼブラ柄ラベルの「どくれ」にも会えるかもしれない。
人気の「リモンサワー」には、やはり高知産レモンを使用。リモンチェッロと同じレシピのシロップで割っており、さわやかな甘みと適度な苦みが楽しめる。正式には「飲みすぎちゃうリモンサワー」と名付けられているほどだ。また、高知産の黄金生姜をスライスして煮込んだシロップでつくるサワーは、人気がありすぎてシロップが切れてしまうこともしばしばという。生姜の刺激が強すぎない、優しい味わいだ。

どの酒もソムリエ出身の岩本さんらしく考え尽くされた、「しらすで呑む」にふさわしい厳選された一杯だ。

1杯、2杯と呑みながら引き込まれてしまう、岩本さんのしらすワールド

満席でも14席程度。コンパクトなコの字カウンターで展開される、岩本さんのしらす愛に酔いしれたい。

カウンターで杯を重ねるごとにいつのまにかしらすの魅力に引き込まれていく。岩本さん曰く、「マイワシはイケメン。ウルメイワシは、目が丸くてかわいい。カタクチイワシは、名前の通り顎がなくシュッとしていてシャープでかっこいい」とのこと。まさに、しらす愛に溢れている。

 

しらすに加えて、多彩な高知食材の素晴らしさを満喫できるのもこの店の魅力だ。高知は仁淀川や四万十川のような日本屈指の名水地域として有名である。水が良ければ米や酒、野菜、お茶など様々な食材が旨くなる。岩本さんが高知産にこだわるのは、こういった理由からなのだ。

そんなしらす愛と高知愛にあふれる温かな店で、今夜も心地よいしらす談義とともに、六本木の夜は更けていく。

 

【本日のお会計】(2人)
■食事
・お通し(そのまんましらす) 300円×2人前
・出汁巻きしらす 650円
・しらすとタラコのアヒージョ 950円
・禁断のしらすバター丼 1,200円×1人前をシェア
・しらすーぷ 200円
■ドリンク
・リモンサワー 700円
・酔鯨 1合 900円
合計 5,200円(1人2,600円)

※価格はすべて税抜

※外出される際は、感染症対策の実施と人混みの多い場所は避けるなど、十分にご留意ください。
※本記事は取材日(2020年3月21日)時点の情報をもとに作成しております。

 

取材:岡崎たか子(grooo)
文:増山順子(grooo)
撮影:玉川博之