世界的に活躍する2人のシェフがタッグを組んだペストリー

2019年9月にオープンした、恵比寿のペストリーアトリエ「LESS」。ケーキやタルトなどの生菓子、そしてイタリア伝統のパネットーネなどを楽しむことができる。その味に魅了されたファンが急増しており、スイーツ好きの話題の的。作り置きはせずに、高品質な素材を使って新鮮な状態で提供する。

“より少なく、しかしよりよく”。量より質を大切にする

恵比寿駅より徒歩3分。目黒三田通り沿いから1本入った小路に「LESS」はある。シンプルな看板が目印の、とても小さな店だ。

小路に置いてある「LESS」の看板。

店名の「LESS」は“Less is more(より少ないことは、より豊かなこと)”、“Less but better(より少なく、しかしより良く)”から。ドイツ出身の建築家であるルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエと、著名なインダストリアルデザイナーのディーター・ラムスの言葉である。スイーツも量より質。大量生産方式ではなく少量の商品を、より素材にこだわってムダを出さずに作る。労働時間を減らして創出した時間を、さらなる創造のために費やす。そんな想いが込められている。

店のコンセプトをそのまま視覚化したような、ごくシンプルな内装。

真っ白な壁が美しい、非常にシンプルな店内。小さなショーケースには焼き菓子が並び、店のスペシャリテである「パネットーネ」も用意されている。その奥は工房で、ガラス越しに調理をする様子を見られるようになっている。シェフを務めるのはガブリエレ・リヴァさんと、坂倉加奈子さんの2人だ。

食べても罪悪感のない、ヘルシーないちごのタルト

ゼリーをヴェールのようにかぶせた、清純な見た目が愛らしい「STRAWBERRY TOFU TART」800円。

今の季節にいただきたいのがいちごのタルト「STRAWBERRY TOFU TART」。滋賀県のスペルト小麦粉を使用した乳製品不使用のヘルシーなお菓子だ。クリームには自家製の梅干し、島豆腐、味噌、 レモンなどを加え、レアチーズケーキのような食感と風味を演出。秋に収穫されたローゼルを加えたジャムを忍ばせ、長崎県の無農薬イチゴをのせる。最後にいちごジュースとハイビスカスティーのゼリーをヴェールのようにかぶせた。

何も聞かずに食べたら、まさか梅干しや味噌が入っているとは思いもよらないだろう。オーセンティックなタルトとして、完璧ともいえる仕上がりになっている。

 

スペルト小麦粉とは、人工的な品種改良がほとんど加えられていない古代穀物で、多くの種類の栄養素を含んでいる。GI値が低いため血糖値の上昇が穏やかで、グルテンのアレルギーが出にくいことでも知られる。罪悪感なく食べられる、うれしいスイーツだ。

50年以上も生き続けるパネットーネ酵母を使った、スペシャリテ

「GR PANETTONE」3,800円。そのほかに、柑橘のパネットーネ「AGRUMI PANETTONE」3,500円、1/4カット750円もある。

パネットーネは、発酵菓子のなかでも高い技術と忍耐を必要とする。難易度が高く製造工程も複雑で、どれだけ省略しても出来上がるまで3日はかかるそう。日常的な大量生産の菓子作りと平行できる作業ではなく、イタリアではパネットーネ専門の職人がいるほどだ。

 

発酵に使う天然酵母のパネットーネ種は、作るのに最低6ヶ月は必要なのだとか。独特の乳酸菌の風味や複雑で奥行きのある味になるには、さらに年月を必要とする。「LESS」ではミラノでパティストリーを営むガブリエレさんの実家から受け継いだ、50年以上も生き続けるパネットーネ酵母を使用している。砂糖をあしらった表面は香ばしくカリカリで、なかの生地は繊細でふわふわ。酵母の豊潤な香りが格別だ。2種類のフレーバーがあり、「GR PANETTONE」はミルクチョコレート、ヘーゼルナッツペースト、オレンジの砂糖煮を。「AGRUMI PANETTONE」はレモン・オレンジの砂糖煮に、すだちや柚子などその季節の日本の柑橘を練り込んでいる。

 

ちなみに、パネットーネはクリスマス伝統菓子として知られ、通年商品として扱うのも、季節の素材を加えるのも日本初の試みである。

イートイン限定のアシェットデセール タレッジオ チーズケーキ

「TALEGGIO CHEESE CAKE」1,500円。柑橘類と無糖の生クリームを添えてアクセントに。

イートインのみで楽しめるアシェットデセール「TALEGGIO CHEESE CAKE」も人気の品。ガブリエレさんが幼少期に、父親に作ってもらったタレッジオ チーズケーキの記憶をヒントに、「LESS」らしい逸品へと進化させた。

 

チーズケーキは、ウォッシュタイプのクリーミーなチーズ“タレッジオ・クレモーゾ”に、マスカルポーネ、ストラッキーノ、クリームチーズを合わせてフレッシュかつなめらかに焼き上げる。そこに、フランス・バスク地方のチーズ“プティ・アグール”を扇形に削り、花に見立ててあしらう。見た目の美しさだけでなく、チーズケーキに塩味をプラスする意味がある。チーズのコクを感じる、甘さは控え目の仕上がり。

店内のイートインスペース。2名用のテーブル3つの全6席。

ドリンクメニューはホットコーヒーとハーブティーの2種類。

コーヒー豆は三軒茶屋の「OBSCURA COFFEE ROASTERS」のもの。豆に合わせて、焙煎度合いを変えて、その持ち味を最大限に引き出しているのが特徴だ。

ハーブティーは、箱根産の黒文字と佐賀県産のシナモンを合わせている。清涼感があり、ほんのりスパイシーな香りが心地よく、味が主張しすぎないのでスイーツの邪魔をしない。

また時折、季節限定のドリンクが登場することもある。

ギフトや手土産にぴったりな、焼き菓子やマーマレードも

ショーケースに並ぶ、凛とした佇まいが美しい焼き菓子。

アシェットデセールはもちろん、そのほかのケーキやタルトなども作り置きをしないため、出来上がりを待つこともある。ただし、ショーケースに並んでいる商品はすぐに購入できる。

「LESS」のロゴが貼られた、センスのよい瓶詰の商品もおすすめ。

その季節の日本の柑橘類を使ったマーマレードやドラジェなど、瓶詰の商品も販売しているのでギフトや手土産にも重宝する。

新しいペストリーの在り方について、共鳴した2人

「LESS」のクリエイティブペストリーシェフであるガブリエレ・リヴァさんは、イタリア・ミラノの出身。イタリアのCAST Alimenti(国立調理科学技術センター)で修業を積み、その後はヨーロッパやアメリカなどで活躍。アメリカでは7年にわたり「USAカカオバリーアンバサダー」を務めた経歴をもつ世界的なシェフだ。今回、「LESS」のオープンにあたり10年以上も拠点としてきたアメリカを離れ来日した。

確かな知識と技術、そして繊細な味覚で菓子作りをする。すべての素材や形状に必然性があり、意味をなさない要素は入れない。店のスペシャリテであるパネットーネと、焼き菓子を担当する。

もうひとりのオーナーシェフ、坂倉加奈子さんは、大阪辻製菓専門学校卒業後、日本だけでなくフランスやノルウェーなどで経験を積んでいる。2010年と2012年にマドリッドフュージョンで開催された国際デザートコンクールに参加し、どちらの年も2位に選ばれ審査員賞も受賞している。

 

ガブリエレ・リヴァさんの創造するスイーツを、どのように魅力的に、そして「LESS」らしくプレゼンテーションするか、見せ方やサイズを考えるのは彼女だ。旬の日本食材を意識的に取り入れているため、商品の移り変わりから季節を感じられる。ケーキ、マーマレード、ドラジェ、ドリンクメニュー作りを担当する。

 

世界的に活躍してきた2人がタッグを組んだ理由を、坂倉さんはこう語る。

「ガブリエレシェフは、アイデアの宝庫です。また次世代に向けた新たなペストリーの在り方について、お互いの考えに共感するところがありました」

余計なものがない、美しいスイーツ

季節ごとの日本の食材を意識的に取り入れているため、商品の移り変わりから四季を感じられる。

「LESS」の商品は、どれも凛とした佇まいが美しい。その理由を問うと「素材そのものが持つ特性を知ることにより、自ずとある一定の方向性が見えてきます」と坂倉シェフ。生のまま食すのか、加熱するのか、またはジャムにするのか。素材のよさを最大限に引き出し掛け合わせた結果、余計なものがない美しいスイーツが生まれるのだろう。

 

※4月3日現在、一時的にイートインスペースを休止しております

 

※価格はすべて税抜

 

取材・文:梶野佐智子(grooo)

撮影:玉川博之