〈サク呑み酒場〉

今夜どう? 軽~く、一杯。もう一杯。
イマドキの酒場事情がオモシロイ。居酒屋を現代解釈したネオ居酒屋にはじまり、進化系カフェに日本酒バー。どこも気の利いたツマミに、こだわりのドリンクが揃うのが共通点だ。ふらっと寄れるアフター5のパラダイスを、食べログマガジン編集部が厳選してお届け!

新旧の交流が生まれる場が誕生

開発が進んで高層マンションが立ち並ぶ街にも、昔から生活している人たちがいる。さらに、そこに新たに住み始める人たちが加わり、新しい街の顔が作り出されていく。そんな元気な街には、まるでシンクロするかのように新しい酒場も一緒に生まれてくる。そして、新しく誕生した酒場は新旧の住人たちがごく自然に触れ合うのに最も適した空間ともいえるだろう。東京・白金高輪の立ち呑み酒場「籃らん」は、まさにそんな店なのだ。

 

オープンは2019年12月とまだ新しいが、新しい住人も、昔からの住人も、居心地のよい店として同店に足を運ぶ。メイン客層は働き盛りの30~40代だが、来店客は20~70代と幅広く、男女比は半々。まるで、この街の新たな“磁場”のように老若男女の酒場好きを強く惹きつけて止まない。

暖簾には「煮込みとお惣菜スタンド」。長提灯には「自然派」「立呑み」と掲げ、店の特徴をアピールする。

店のピークは21時頃。それより前はまだそこまで混んでおらず、のんびりしたい人は早い時間がオススメ。ラストオーダーは23時だが、実はその後もひっそり深夜営業をしているので、興味のある人はまずは店に足を運んでみよう。

ショーケースにはすぐ出る気の利いた惣菜や、食材がぎっしり並ぶ。

ベタなつまみとホッピーで昭和の世界を体験

同店がなぜ、世代を超えて幅広い客から親しまれているのかというと、どの世代の人たちも楽しめる売り方を取り入れていることが大きい。同店のコンセプトは、「昭和の立ち飲み&こだわりの自然派酒場」。いや、コンセプトというより、老若男女に楽しんでもらえる店をつくったら、こうなった。そんな表現の方がしっくりくる。やっていることは凄いが、作り込みすぎることはなく、客層を狭めることもしない。そんなおおらかさが同店にはある。

 

例えば、昔ながらの立ち呑み酒場の雰囲気を味わいたいなら、ベタに「炙り〆鯖」と「ハムカツ」を頼み、「ホッピー」をグイッと飲めば、気分はもう“ザ・昭和”の世界。シメサバは八重造りにして表面を炙るので、醤油ののりもよく、皮目の絶妙な香ばしさも堪能できる。横に添える大根おろしは鬼おろしを使用するため、粗めの大根が脂ののったシメサバと実によく合う。

「炙り〆鯖」350円と「ハムカツ」400円には、「ホッピー」400円がよく合う。グラスは店のロゴ入りのオリジナルのもの。

「ハムカツ」は厚さ2cmもあり、180℃の油でじっくり8分揚げる。揚げたてのハムカツは、まさに昭和の酒場ならではの最強の一品。衣のサクサク具合が心地よく、ホッピーが見事なまでにすすむ。しかも、一緒に出されるソースは東京では珍しい、濃厚でちょい辛めの「どろソース」。ほどよいヒリヒリ感が心地よく、それをやわらげるのはやっぱりホッピーしかない。いやはや、何とも幸せを感じる組み合わせではないか。

ケールとワインと日本酒の素敵な関係

昭和の気分を味わったら、今度はもう一つの“こだわりの自然派”が気になってしまう。そこでフードのメニュー表に目をやると、“長野県岡忠農園無農薬ケール使用”と謳ったカテゴリーがある。そこには、「自家製ケールチップス」「ケールのお好み焼き」「ケールのスタミナ炒め」の3品が並ぶ。「ケールって、あの青汁の原料?」。そう考えるとちょっと躊躇してしまうが、思い切って「自家製ケールチップス」を頼んでみると、これが何ともうまい。

「自家製ケールチップス」350円と「自然派ワイン オレンジ」500円を一緒に楽しみたい。

この一品。手で念入りにゴマ油を塗り込み、170℃のオーブンで5分間、カリっと焼き上げて軽く塩をふったもの。サクサク軽快に食べすすめると、クセになって止まらない。ケールは同店のシンボルともいえる自然派の食材で、秋になるとスタッフ全員で長野の岡忠農園まで足を運び、実際に生産の現場を体感することで、作り手の思いをしっかり受け止めてくる。それを料理に落とし込み、オススメトークを交えて客に魅力を伝えていく。

日本酒は寺田本家の“自然酒”を取りそろえる。

「この自然派の食材に合う酒は……」とドリンクのメニュー表に目をやると、あった、あった、「自然派ワイン(赤/白/ロゼ/オレンジ)」「自然派ボトルワイン(赤/白)」「寺田本家 自然派 日本酒」などの“自然派”を掲げる商品が。実は同店、近場で自然派ワインを売り物にしたイタリアンの「belts 三田」も経営しており、そこで築き上げたエッセンスを同店にも取り入れている。同店が立ち呑み酒場でありながら自然派の魅力を打ち出しているのは、そういう背景がある。

グラスの「自然派ワイン」は酸化しにくく、品質のよいバッグインボックスのものを使用。

クラフトビールの充実ぶりも目を見張る

同店はクラフトビールも充実させており、冷蔵ケースにはカラフルなデザインの商品が所狭しと並ぶ。これらのビールにぜひ合わせたいのが、昨今、提供する店も増えている「よだれ鶏」。作り方はこうだ。生姜、長ネギの青み、粒黒胡椒、塩、鶏ガラの顆粒、鶏モモ肉を入れた鍋をひと煮立ちさせ、火を止めて余熱でじっくりうまみを浸透させる。これを注文ごとにスライスし、辛みのきいたタレをかけて彩りに万能ネギをちらす。

冷蔵ケースには自然派ワインやクラフトビールが鮮やかに並び、見ていて飽きない。

タレは麻辣醤をベースに、みじん切りした長ネギ、砕いたアーモンド、ハチミツ、ゴマ油を混ぜ合わせたもの。これがけっこう辛く、刺激的な味だ。鶏モモ肉を噛みしめるごとに、何ともいえないおいしさが口の中で混然一体となって広がっていく。よだれが出るほどにおいしいから「よだれ鶏」。よく、そんなピッタリな名前をつけたものだと感心する。

「よだれ鶏」500円と「クラフトビール ラグニタス」850円は、実に相性がよい。

煮込みは昭和の記憶が蘇るほんのり甘い味つけ

酒場に欠かせない定番料理といえば、「煮込み」「ポテサラ」「焼とり」などいろいろあるが、何をおいてもまずは煮込みだろう。古くからの定番メニューだ。最近では“餃子酒場”が増えたこともあり、「餃子」が新しく定番メニューのポジションに食い込んできている。同店にも“看板料理!”と掲げる「牛すじの赤ワイン煮込み バケット添え」と、“オススメ!”と謳う「ラム肉のパクチー水餃子」の新旧の定番料理がある。さて、どっちを食べようか? そうだ、迷ったら両方食べればいい。

フードのメニュー表の一番上の目立つ場所に、煮込みと水餃子が登場。商品と引き換えに会計する、キャッシュオンデリバリーを採用している。

「牛すじの赤ワイン煮込み バケット添え」は、一見、見た目は洋風だが、実は昭和らしさを感じる煮込みである。具材は牛すじをメインに使用し、牛もつが入ることもある。4~5時間かけて下茹でし、くさみをしっかり取ってやわらかく仕上げる。そこから、赤ワインと赤玉スイートワインを7対3の割合で加えて、玉ネギやセロリなどみじん切りして炒めた野菜とともに弱火で3~4時間煮込む。仕上げに赤味噌、ニンニクを加えてコクを出し、さらにひと晩寝かせて味をなじませる。なんとも手間がかかっている。甘味果実酒の赤玉スイートワインを用いるのが特徴で、甘さが豊かさの象徴であった、どこか懐かしい昭和のおいしさを感じさせてくれる。

「牛すじの赤ワイン煮込み バケット添え」500円。甘味果実酒の赤玉スイートワインでほんのり甘さをプラス。

クセのある食材同士だからこそ、生まれるおいしさ

一方、「ラム肉のパクチー水餃子」は商品名のとおり、ラム肉を用いてひと違う魅力を打ち出した水餃子。食感を出すためにラムのモモ肉を包丁で粗めに刻み、これにラムの肩肉をメインにモモ肉も少量加えた挽き肉や、クミン、ケイジャンスパイスなどをプラスして、もっちりした皮で包んでいる。注文ごとに茹でて皿に盛り、パクチーをたっぷりのせる。

 

ラムとパクチーといえば、どちらも好き嫌いがある食材だが、クセがある食材同士だからこそ生まれるおいしさもある。苦手な人にとっては、マイナス×マイナスでプラスに。もちろん、大好きな人にとっては、プラス×プラスでプラスだ。ゴロゴロしたラム肉の食感は大変食べ応えがあり、何もつけずに食べてもおいしいが、お好みで醤油やポン酢をかけても、またうまし。

「ラム肉のパクチー水餃子」500円。この組み合わせはクセになる。

開発がすすむ白金高輪は、これからどんな街に変わってゆくのだろう? 「籃らん」も日々、進化を遂げており、1年後はいったいどんなメニューを出しているのか、客の反応を見ながら意外なものを出している可能性もあり、興味津々だ。古いものと新しいものがそれぞれ刺激しあって共存し、また新たなものを生み出していく。それは白金高輪という街のことであり、同時に「籃らん」という酒場のことでもある。「この街に、この酒場あり」。そんな両者の素敵な関係は、まだ始まったばかりだ。

店長の杉森健太郎さん。白金高輪という街にどっしり根を下ろした商売を行なっていく。

【本日のお会計】

■食事

・炙り〆鯖 350円

・ハムカツ 400円

・自家製ケールチップス 350円

・よだれ鶏 500円

・牛すじの赤ワイン煮込み バケット添え 500円

・ラム肉のパクチー水餃子 500円

 

■ドリンク

・ホッピー 400円

・自然派ワイン オレンジ 500円

・クラフトビール ラグニタス 850円

 

合計 4,350円

※価格はすべて税込

 

 

取材・文:印束義則(grooo)

撮影:玉川博之