【噂の新店】「無室

香川県高松市で産出される庵治石を用いたアプローチ。美しいまだら模様の石材は“花崗岩のダイヤモンド”とも。日本を代表する書家、稻田宗哉氏による「無室」と書かれた木札も必見

練り上げられた総合芸術を味わうかのごとき料理店。銀座に新しく誕生した「無室」を一言で表すならば、これほどぴったりくる言葉はないだろう。目も舌も肥えた大人の心を満たす唯一無二の美食空間を訪れれば、不易流行の心とともに新時代の日本料理に挑む職人の覚悟と心意気がひしひしと伝わるが、そこに堅苦しい雰囲気は一切ない。

カウンターのみの空間にも、店名の由来となっている“無駄なき美学”が貫かれている

銀座みゆき通り沿いの真新しいビルをエレベーターで上階へ。その扉が開いたときからまるで別世界に足を踏み入れたかのような荘厳さに圧倒される。存在感のある花崗岩に目を奪われながら奥へ進むと、そこには東京の日本料理店ではほとんど目にすることのない、い草が張られたカウンターが。千住博氏の代表作「ウォーターフォール」が静謐な空間に躍動感を与えており、席に着く前から気分が高揚する。なげいれを手掛ける人気の花人・横川志歩さんのモダンな生け花は“自由”と“個性”を象徴するものであり、伝統を受け継ぎながら日本料理の発展を目指す心が見て取れる。空間には店の美学と哲学が宿るものだが、序盤からその精神に触れることで、これから始まる食宴への期待もおのずと高まる。

左から、店主の室井大輔さんと料理長の宮澤晃希さん。前身である「麻布 室井」の店名、空間、料理のコース内容をすべて一新し、8月7日に新たなスタートを切った

朗らかな笑顔でゲストを迎える室井大輔さんは「神楽坂 石かわ」や「紀茂登」で日本料理の心技を磨いた次世代の担い手。酒屋と青果店を営む家に生まれ、子どもの頃から外食の機会が多かったこともあり、自然と料理の道へ進むことを決めたという。

くらげ、毛がに(60,000円〜のコースの一例)。くらげは土佐酢でまろやかな酸味をまとわせる。鰹と昆布の出汁のジュレを合わせた、見た目も涼やかな一皿

自身の店につけた屋号には「余計なものをすべてそぎ落とし、本質と向き合う」という思いが込められており、先付けに始まり、8〜9品が登場するコースにもつねに料理の本質を模索する心が詰まっている。日本料理を本気で突きつめようとすればその根底には花があり、茶があり、書がある。それゆえに食べ手の経験値も試されるが「一番大切なのはお店で過ごす時間をいかに楽しんでいただくかだと思っています」と室井さん。

鱧の焼き霜。“焼き霜”とは表面を軽く炙ったもの。天然車海老のお造りと青々しい胡瓜を添えて

コースには通り一遍ではない工夫が散りばめられており、先付けのあとには冷えたシャンパーニュやビールにも合う揚げ物が。後半になるにつれ、油ものは重たく感じる人も少なくないため前半で提供するのも食べ手の目線に立った心配り。形にとらわれず自分の視座を持つことへの強い気持ちが感じられる。

ずいきと赤雲丹。大根おろしと鷹の爪でずいきを湯がき、出汁でさっと煮出して、たおやかな旨みを含ませている

季節を意識した器使いも見どころで、シャキシャキと瑞々しいずいき(里芋の茎)と濃厚な由良の赤雲丹を組み合わせた一品には藤田喬平氏によるガラスの器を、9年寝かせた利尻昆布から取った出汁と炭焼きにした鰻の香ばしさを楽しませるお椀には、撫子の花が描かれた輪島塗の平椀を使うなど、実に粋。

お椀。冬瓜と炭で焼いた鰻を組み合わせ、夏の名残を感じさせる仕立てに。口径が広い輪島塗の平椀に料理が映える

現在は都内のホテルなどで経験を積んだ宮澤晃希さんを料理長に迎えており「僕たちが大切にする“つくりたての料理”をどのように楽しんでいただくかを2人で相談しながらコースを組み立てています」と話す。

炭火でじっくりと焼いていく

コースの大団円を飾るのは、炭火でじっくりと肉汁を内包しながら焼き上げる黒毛和牛のシャトーブリアンとご飯。つややかな白米とともに味わえば、たちまち口福の頂へ。“総合芸術”を堪能したあとの余韻は想像以上に深く、長い。ともにその価値を共有し、楽しむことができる大人同士で訪れれば、さらに五感が満たされる時間を過ごせるはずだ。

シャトーブリアンと黄ニラ。黄ニラは太白胡麻油で炒めて香ばしく。しっとりとした食感の中に豊満な旨みを閉じ込める肉の火入れに思わず唸る

教えてくれた人

小寺慶子

肉を糧に生きる肉食系ライターとして、さまざまなレストラン誌やカルチャー誌などに執筆。強靭な胃袋と持ち前の食いしん坊根性を武器に国内外の食べ歩きに励む。趣味は一人焼肉と肉旅(ミートリップ)、酒場で食べ物回文を考えること。「イカも好き、鱚もかい?」

※価格は税込、サービス料別

文:小寺慶子、食べログマガジン編集部
撮影:片桐圭