【噂の新店】「SERAN」
非日常を体験する
2026年8月、京都・今出川に6席の小さなレストランがオープンした。オーナーシェフの中塚貴之さんが店づくりに費やした時間は5年。目指したのは、単なる飲食店ではなく、料理、空間、光、時間などが一体となって生まれる食体験の舞台だった。

店内に足を踏み入れると、静謐な空気感に驚かされる。そして気づくのは空間に角がないこと。左官による内装は、穏やかな曲線で構成されている。「扉を閉めた瞬間から非日常に没入できるように」と、中塚さんがイメージしたのは、火、水、緑など自然の要素に包まれた小さな洞窟のような場所。時間帯や季節によって光の色味は変化し、店内の表情も移ろう。余計な装飾を除いたシンプルな空間には余白があり、その余白を訪れた人の時間や会話が埋めていく。


中塚さんは京都出身。南青山「NARISAWA」や奈良「akordu」、約5年の渡欧中にも数々の星付きの名店で経験を積み、2017年に京都で「NAKATSUKA」を開業した。当初は「気を遣わずに食事ができる身近なレストラン」を目指していたが、営業を続けるうちに、表現したいのはガストロノミーの世界だと感じるように。コロナ禍が転機となり、コース一本へ移行。自身の表現を追求できるようになった一方で、既存の店舗では理想とする食体験を実現しきれないと考えるようになり、移転を決意。カウンター主体の店ではなく、料理と空間が織りなす世界観に没入できるテーブル席のレストランを目指した。
今、中塚さんが目指しているのは「シンプルだけれど奥深い料理」だ。発酵技術を積極的に取り入れつつ、構成する要素は極力絞り込む。そのためにひとつの素材を深掘りする。装飾のための食用花などは使わず、意味のあるものだけを皿の上に残していく。「既成品でもう知らない味はありません。だからこそ、素材と向き合って新しく創り出していくのです」

いただけるお料理はこちら!
コースは約18品、27,000円(サービス料10%別)。テーブルに置かれたメニューには「滋味と時の粒」「さざなみと清涼」など、詩集のように美しい文字のみが並ぶ。そこには素材名はない。「まずはお客様に想像して情景を描いていただきたいのです」とのこと。
小麦ではなく発酵させた人参で作ったチュイルに、牛肉の希少部位トウガラシ、黄インゲン豆の味噌、キャビアを重ねた「滋味と時の粒」。

「水庭と戯れ」はアワビと乳酸発酵した冬瓜、発酵トマトの透明なジュース、魚醤、銀杏を組み合わせる。一口で完結せず、食べ進めるごとに味わいの変化があり、新しい景色が見えてくる。「最近酸味にはビネガーではなく、発酵の酸を用いています。ビネガーの酸は切れ味がありますが、素材の味をぼやかしてしまうこともありますので」

またデザートの「実りと静けさ」では、砂糖を使わず、じっくりローストしたいちじくの甘みを引き出す。いちじくの葉のパウダーでより素材感を深める。黒米、米麹から作り上げたソースは、ぜんざいや小豆を思わせるどこか懐かしい余韻を生む。


余韻が残る食体験
目指しているのは料理だけではなく、空間に入り、光を感じ、会話を楽しみ、料理を味わい、店を出た後も記憶に残る体験。「初めての食体験として驚いていただければうれしいです。でもその驚きは派手なものではなく、余韻として残るものです」と中塚さん。「SERAN」は食事をするだけでなく、食べ手がそれぞれの記憶や感情と向き合うための場所でもあるようだ。



