東京・乃木坂にあるレストラン「No Code」のオーナーシェフ米澤文雄氏は、ニューヨークの三つ星レストラン「ジャンジョルジュ」で日本人初のスーシェフを務めた後、青山一丁目の「The Burn」の料理長として活躍した実力が知られている。しかし、米澤氏の魅力は料理の腕前だけにとどまらない。彼は料理を通じて社会に貢献することを大切にしており、「HAJIMARI」という取り組みを通じて、障がいや病気がある方々とその大切なご家族に特別な時間を提供している。

ある日の「HAJIMARI」にて、ゲストのご家族と米澤氏 写真:お店から

米澤文雄シェフの支援活動の原点

2022年にオープンした「No Code」は、乃木坂で週3日のみ営業する紹介制イノベーティブレストラン。 オーナーシェフの米澤文雄氏は国内外の有名店で活躍した輝かしい経歴がメディアで紹介される一方、以前からマイノリティ支援も行っている。

たとえば女性支援のNPO法人「キープ・ママ・スマイリング」では、2014年から月1回のミールプログラムでおいしい料理を振る舞い、病気の子どもに付き添う母親の孤独や負担の軽減を試みている。

厨房に立つ米澤シェフ 写真:お店から

こうした支援活動の根底にあるのは、米澤氏自身の体験だ。彼の6歳下の弟は重度のダウン症。いわゆる「きょうだい児」(=障がいや難病を持つ兄弟姉妹がいる子ども)だった幼少期の米澤氏は、外食をする機会が少なかったという。弟は外食先で奇声を発したり、勝手に歩き回ったり、知らない人を勝手に触ったりしてしまうことがあり、驚かれることも多かったからだ。そのため、米澤家が誕生日や特別な日に外食に行くのは、兄の同級生の両親が営む浅草の「ロシヤ料理店 ラルース」だけだった。

くるめっこ♪♪
「ロシヤ料理 ラルース」の料理   出典:くるめっこ♪♪さん

当時を振り返り「もしかすると、両親はもっと僕たちを外食に連れて行きたかったのかもしれない」と話す米澤氏は、障がいを持つ子どもを育てる家族を支援したいという思いを形にしたイベントを「No Code」で定期的に開催している。それが「HAJIMARI at No Code」だ。障がいや病気のある方とその大切な方たちを「No Code」にご招待し、人目を気にせず貸切で外食の時間を楽しんでもらうという取り組みである。

「HAJIMARI」の始まり

米澤氏が2023年から「No Code」で実施している「HAJIMARI」は、彼の弟のように多動の症状が出やすい障がいや病気を持つ方や、その家族を対象にしたものだが、そもそも「HAJIMARI」は2022年に奈良県山添村の古民家をリノベーションした宿泊施設「ume, yamazoe」でオーナーの梅守志歩氏がスタートした取り組みだ。

梅守氏にも障がいのある姉がいる。だから「医療機器を身につけていると、周囲の目が気になってしまう」というような、障がいや病気を持つ家族の悩みは想像に難くなかった。そこで、家族の悩みをほぐし、楽しいと思える時間の選択肢を増やすために始めた無料宿泊招待が「HAJIMARI」の始まりだ。

米澤氏が「HAJIMARI」に参加したきっかけは、2023年に「HAJIMARI」のファンドレイジングイベントで梅守氏に出会ったこと。「さまざまな場所で支援活動を広げ、障がいや病気のある方々にやさしい社会を作りたい」という思いに強く心を打たれたという。

一流レストランのワクワク感に、ゲストも笑顔 写真:お店から

「現代は僕が子どもだった頃と違い、昔以上に外食が盛んです。外食に行きたいけれど、子どもに障がいがあるからあまり外食の機会を設けられない。そんなご家庭が存在することは、自分の体験から容易に想像できました」

そこで米澤氏は、自身のレストラン「No Code」で2カ月に一度貸し切りの日を設け、障がいや病気のある方とそのご家族を招待し、気兼ねなく外食を楽しんでもらう機会を作るようになった。たとえば胃ろうを使っている子どもにはピュレ状の食事を、家族には通常の料理を提供するなど、一人ひとりに寄り添ったサービスの内容は、入念な事前ヒアリングに基づいて考案されている。

サプレマシー
通常の「No Code」で提供する料理の一例。「金華豚肩ロースにムール貝ソース」   出典:サプレマシーさん

「HAJIMARI」の未来

「No Code」の次回の「HAJIMARI」は、12月24日のランチとディナーだ。レストラン業界にとってかき入れ時であるクリスマスにゲストを無料で招待するというのは、大胆な決断のように見える。しかし、米澤氏にとって、クリスマスという特別な日に「HAJIMARI」を行うことには深い意味がある。このタイミングだからこそ、取り組みのインパクトを高め、人々の心を動かせると考えているのだ。クリスマスは多くの人に活動を知ってもらい、「HAJIMARI」の輪を広げる絶好のチャンスなのである。

写真:gettyimages

「僕は、福祉と“かっこいい”がつながることで、支援活動に関心を持つ人が増えると信じています。港区で華やかな店を営む僕だからこそ、定期的にこうした活動を続けることで、福祉のイメージを変えられるのではないかと思っています」と語る米澤氏。その思いは少しずつ形になりつつあり、「No Code」で定期的に行われる「HAJIMARI」には、すでに他のレストランのシェフやホテル関係者が興味を示している。また、平田牧場が金華豚を提供したり、旭酒造が「獺祭」のフェイシャルマスクを寄贈するなど、協賛メーカーからの支援も広がりを見せている。

「HAJIMARI」のゲストに当日プレゼントしている似顔絵。シェフの友人が描いているという 写真:お店から

米澤氏の目標は「HAJIMARI」を通じて支援の輪をさらに拡大すること。「ボランティアを始めたいけれど、どうすればよいかわからない」という人々を巻き込みながら、活動を社会全体に広げていきたいという。

「『HAJIMARI』は単なる外食体験の提供ではなく、障がいや病気を持つ方々やその家族に『味方がいる』という安心感を届ける活動です。『HAJIMARI』を通じて、社会全体がもっとやさしくなる未来を作りたい」

ガレットブルトンヌ
この空間に座るだけでも貴重な体験となりそうな「No Code」の店内   出典:ガレットブルトンヌさん

「No Code」では、2025年も2カ月に一度のペースで「HAJIMARI」を続けていく予定だ。活動の輪がどこまで広がり、どのような社会的な変化をもたらすのか、期待を込めて注目したい。

取材・文/小松めぐみ