〈食べログ3.5以下のうまい店〉
巷では「おいしい店は食べログ3.5以上」なんて噂がまことしやかに流れているようだが、ちょっと待ったー! 食べログ3.5以上の店は全体の3%。つまり97%は3.5以下だ。
食べログでは口コミを独自の方法で集計して採点されるため、口コミ数が少なかったり、新しくオープンしたお店だったりすると「本当はおいしいのに点数は3.5に満たない」ことが十分あり得るのだ。
点数が上がってしまうと予約が取りにくくなることもあるので、むしろ食通こそ「3.5以下のうまい店」に注目し、今のうちにと楽しんでいるらしい。
そこで、グルメなあの人にお願いして、まだまだ知られていないとっておきの「3.5以下のうまい店」を紹介する本企画。今回はフードジャーナリストの小松宏子さんが、「研究室」という名の付いたフレンチレストランを訪れた。
教えてくれる人
小松宏子
祖母が料理研究家の家庭に生まれる。広告代理店勤務を経て、フードジャーナリストとして活動。各国の料理から食材や器まで、“食”まわりの記事を執筆している。料理書の編集や執筆も多く手がけ、『茶懐石に学ぶ日日の料理』(後藤加寿子著・文化出版局)では仏グルマン料理本大賞「特別文化遺産賞」、第2回辻静雄食文化賞受賞。Instagram:hiroko_mainichi_gohan
フランスの食文化を伝える「フランス料理研究室アンフィクレス」
ドアを開けると、2人掛けの席が3つ。思いのほかつつましやかな空間だ。こちらのレストランの正式な名称は「フランス料理研究室アンフィクレス」。アンフィクレスというのは、ギリシア時代にいたといわれる伝説的料理人の名前だ。そして、なぜ研究室なのかということに、疑問が湧くに違いないが、そこにこそ、同店の魅力が詰まっている。
オーナーの河井健司氏改めJP(ジャンピエール)カワイ氏は、2021年11月、新しいスタイルの店を開くにあたり、店の立ち位置を熟考した。華やかなグランメゾンとは違う、といって、にぎやかなビストロではもちろんない。食文化の集大成としてのフランス料理の魅力を、お客様にも伝えたい。そんな意味から、料理研究室と名付けたという。
ダイニングと厨房の大きさはほぼ同じくらいと贅沢だが、実は、完全なワンオペなのである。カワイ氏は料理を仕上げ、テーブルサイドまで運び、ワインをエレガントにサーブし、さらに、料理の成り立ちやうんちくを、滔々と説明してくれる。料理文化好きにはたまらない楽しみだ。そんな八面六臂の大活躍だから、一晩2組まで。それもいたしかたない。
カワイ氏のプロフィールをご紹介しよう。兵庫で料理を始め、2軒ほど修業をしたのち、当時ヌーヴェルキュイジーヌという一大ムーブメントを牽引していた「リュカ・カルトン」の鬼才アラン・サンドランスのもとで、5年半腕を磨いた。天才肌ゆえ、即興で作るものが毎日異なる。その場で要求を100%満たすために、毎日が千本ノックのようだったという。
そうした実り多きフランス生活のあとには、世田谷の玉川田園調布で10年店をやった。その間、何人か人を使って店を切り盛りするというスタイルに疲れたことと、もう一度、本当に自分の求めるフランス料理を究めたいという意図から、自身の店を開いたのである。料理のスタイルは、限りなく古典を敬愛しながら、今の時代の要素というか、カワイ氏のスパイスをきかせた料理といったところだろうか。今どきフランス料理の神髄に触れたいと思っている人には、またとない店だ。