人気企画“食のプロの履歴書”シリーズ。春のショートケーキに続いて、今回フォーカスするのはモンブラン。選者は同じく、元『エル・ア・ターブル』編集部でフリーエディターの河合知子さんと、『料理通信』の君島佐和子さん。思い出と食ツウならではのエピソードとともに、ストーリーのあるモンブランをそれぞれお届けします。

〈モンブランの履歴書〉
『料理通信』君島佐和子さん編/Vol.1-1

和栗モンブランの草分け的存在、「ア・ポワン」の和栗のモンブランとの、衝撃的な出合い

食の専門誌の編集者になったばかりの頃(1996年頃でしょうか)に出合ったのが、西八王子にあったフランス菓子店「ア・ポワン」のモンブランでした。今やすっかりお馴染みになった和栗のモンブランの先駆けです。

 

フランス産のパート・ド・マロン(栗のペーストの缶詰)を使うパティスリーが多かった当時、日本の栗の味と香りが鼻腔を、そして脳天を直撃する「ア・ポワン」のモンブランは衝撃でした。私のモンブラン史ではもちろん、日本のモンブラン界にとっても、「ア・ポワン」を語らずしてモンブランを語ることはできない、と思っています。

 

「ア・ポワン」のオーナーシェフの岡田吉之さんは、アルザス修業時代に日々モンブランを絞る中で、「そうだ、日本に帰ったら、和栗でモンブランを作ろう!」と思い付いたそうです。注文が入ってからシェフ自らマロンクリームを絞り出すモンブランは、箱を開けるなり栗の香りに包まれるほど、栗の風味が濃密でした。秋になるとモンブランを買い求めるお客さんで大行列。寒空の中をお待たせするのが申し訳ないと岡田さんがストーブを置こうとしたら、「そんなこといいから、早くモンブランを絞って!」と怒られたというエピソードを懐かしく思い出します。

 

「ア・ポワン」は2012年に閉店してしまいましたが、お弟子さんのモンブランがやはり評判をとっています。その伝統を受け継ぐ一軒が、東京・綾瀬にある「アンプリル」。もう一軒が、神奈川県・金沢文庫にある「オ・プティ・マタン」。師匠の教えを受け継いだ和栗、そして自慢のメレンゲを使ったモンブランは、とても優しく幸せな気持ちで満たしてくれる逸品です。

君島さんの“モンブラン観”を変えた名品の味を継承する2軒

上述の「ア・ポワン」のモンブランを継承しつつ、オリジナリティも投下。実力派パティスリーとして人気の2軒の魅力とは。Vol.1-1(当記事)にて「アンプリル」を、Vol.1-2にて「オ・プティ・マタン」紹介する。

アンプリル「綾瀬モンブラン」

秋から3月頃までの限定販売。注文後にメレンゲとクリームを組み合わせて仕上げる。「すっと溶けるメレンゲの食感と、和栗のしっとり具合と香りを味わっていただきたいので、お作りしてから1時間以内に食べていただければ」と岡田峰幸シェフ。(550円)

伝承されるメレンゲの味と技。和栗と生クリームとのベストバランスを味わう

「こちらのお店は、23区内とはいえ都心からはちょっと離れたロケーションにあります。私がよく『ア・ポワン』に通っていた頃、現在この店を営む岡田峰幸シェフが、厨房で黙々と、ただ黙々と仕事をしていました。今もショーケースに並ぶお菓子の向こうに、そんなシェフの修業時代の姿を見てしまいます」と、君島さんがいうように、決して便利とはいえない立地にお店はあるが、そのおいしさを求め訪れる人が絶えない。

 

君島さんが「アンプリル」のモンブランを語るにあたってはずせないのは、メレンゲだそう。「モンブランを構成するパーツは、マロンクリーム、生クリーム、メレンゲですが、思いのほか重要なのがメレンゲです。メレンゲをどの程度焼き込むかで、モンブラン全体の印象は変わります。

 

元々『ア・ポワン』はメレンゲ菓子が評判のお店で、『アンプリル』にはそのメレンゲの技が伝承されています。キャラメリゼするように香ばしく焼き上げられたメレンゲがモンブランの味わいにいっそう奥行きをもたらしている。シンプルを究めるって、こういうことだなって思うのです」と、君島さん。

 

君島さん絶賛のメレンゲは、泡をたっぷりと含ませた卵白を、低温でじっくり3時間半ほどかけて焼き上げる。そのためカラメルのように、歯で噛むとカリッとした感覚があるが、次の瞬間ふわっと綿あめのように溶けてなくなるのが特徴。コクがある甘さを舌に残しつつ、驚くほどに軽さがある、未体験の食感だ。特に「綾瀬モンブラン」の土台に使用しているメレンゲは、ギザギザの口金で絞っているため、よりカリカリ感と、そのあとにスッと溶け出す食感の変化を堪能できる。

 

「お菓子作りの基本は“泡”で、“どれだけ泡を抱えこませることができるか”が大事だと思っています。作る側は、その泡をつぶしてシットリさせたり、生かしてフンワリさせたり、ムースならシュワシュワと弾けるような食感にすることもできます。泡加減で仕上がりを自在に変えられるんです。モンブランというと、皆さん、栗のケーキというイメージがあると思います。でも実はメレンゲの比率も多く、僕は“メレンゲを食べて欲しいがためのケーキ”と考えているところもあります(笑)。このモンブランを食べて、メレンゲのおいしさも感じてもらえたらうれしいですね」と語る、岡田峰幸シェフ。

 

絶品メレンゲの上には、乳脂肪35%北海道産のすっきりした味わいの無糖クリーム。その上に、美しい清流で知られる四万十川流域の和栗を蒸して、少量の砂糖とのみ練って作ったクリームが絞ってある。

 

栗選びもメレンゲとの相性がベースになっている。「いろいろな地域の和栗を食べ比べた結果、香りの良さと、メレンゲや生クリームとの相性の良さで、この和栗を選びました。甘みのあるメレンゲ、香り豊かでキレのある甘さの和栗、すっきりした生クリーム、それぞれの相性が良くて、一緒に食べると口の中でちょうどいい味、そして食感になるんです」

 

メレンゲ、生クリーム、和栗。岡田峰幸シェフが指揮をとる“モンブラン三重奏”。その余韻豊かなおいしさを確かめるべく、ぜひ足を運んで欲しい。

 

取材班が見つけた、「あ、これもください」

「グランマルニエ」600円。ホールは事前予約のみ。3,000円、4,000円の2種類。

 

熟成グランマルニエが口いっぱいに広がる、大人の贅沢チョコレート・スイーツ

グランマルニエ

一口目からフワッとグランマルニエ(オレンジ)と、豊かなチョコレートの風味が広がる、香り豊かなチョコレートケーキ。

 

ドーム状のブラックチョコレートのムースには、最高50年熟成のコニャックがベースになっている、1本18,000円以上もするグランマルニエを使用。真ん中の、オレンジピール入りのシャンティショコラ(ミルクチョコレート)のムースには、良質なミルクチョコレートを使い、ミルキーさに加えてカカオの香りも強めている。さらに底だけでなく、二つのムースの間にもチョコレートのスポンジを挟み、食感と味に奥行きをつけ、りんごのジュースを入れたグラッサージュで爽やかな甘さもプラス。

 

「このグランマルニエを試飲した時、口に入れた瞬間に豊かな香りでいっぱいになり、その後にスッとした後味になっていくという、味の変化に惹かれました。“これを使ってケーキを作りたい!”と思い、考えたのがこのケーキです。高価なので分量を悩みましたが(笑)、思い切って全量このグランマルニエを使ってお作りしています!」

SHOP DATA

お菓子作りの魅力を伝えてくれた恩師と、その教えに感謝を込めて

ショーケースには、師匠から受け継いだ泡の技術が光る、さまざまなケーキが並ぶ。

 

「『ア・ポワン』では師匠(岡田吉之シェフ)から、“メレンゲのスペシャリストになれ”と言われ、約7年間ずっとメレンゲを作り続けてきました。そして今やっと、師匠が言っていたことの意味が分かってきました。メレンゲはお菓子作りの基本。この技が磨かれれば、他のことも磨かれるという意味だったのだと思います」と、岡田峰幸シェフ。

 

そして「師匠から学んだメレンゲを残したい」という思いから、5年間温めていたメレンゲ菓子「クロタン・ココ」(500円 10粒入 夏季は販売休止)を、2018年春から販売。焼いたココナッツと砂糖の香ばしい甘さが特徴の、「ア・ポワン」の有名なお菓子だ。「メレンゲに関しては、特に長い間学ばせてもらいました。師匠のオリジナルの味に近いものを、自分が残さなければと感じて作ったお菓子です」

 

ミルキーな甘みが優しい気持ちにしてくれる、ここでしか食べられないメレンゲ菓子。ぜひこちらも味わって欲しい。

CHEF’s PROFILE

岡田峰幸(おかだ・みねゆき)

神戸ベルに入社し、20歳の時に「ア・ポワン」での修行をスタート。師匠の岡田吉之シェフの元、7年間お菓子作りの基礎を学ぶ。その後、竹ノ塚の「マリオネット」に約7年間勤務して独立。2012年、北綾瀬に「アンプリル」をオープンする。

 

おしえてくれた人

君島佐和子(きみじま・さわこ)

栃木県生まれ。早稲田大学第一文学部演劇専攻卒。株式会社パルコ、フリーライターを経て、1995年『料理王国』編集部へ。2002年より編集長を務める。2006年6月、国内外の食の最前線の情報を独自の視点で提示するクリエイティブフードマガジン『料理通信』を創刊。編集長を経て、2017年7月から編集主幹に。辻静雄食文化賞専門技術者賞の選考委員。日経新聞の日曜朝刊「NIKKEI The STYLE」に寄稿。デザイン専門誌『AXIS』、マガジンハウス『アンド プレミアム』でコラムを連載。著書に『外食2.0』(朝日出版社)。

 

写真:山下みどり
取材・文:神山典子