【噂の新店】「天婦羅 くすのき 中目黒店

日本の伝統的食文化を代表する天ぷらと一心に向き合うことで新しい世界の扉を開けた「くすのき」が中目黒に若手育成の場を兼ねた新店を構えました。率いるのは楠 忠師氏の一番弟子である市原辰也さん。寿司店でよく見かけるようになりましたが、天ぷらの世界ではまだ多くはない若手育成の場。「くすのき」が作った新しいスタイルはいったいどういう店なのか。期待に胸を膨らませてその扉を開けました!

名物は2人の揚げ手による車海老の食べ比べ!?

日本における天ぷらの名店といえば必ずその名があがる「くすのき」。創業者、楠 忠師氏は前例にとらわれることなく“何がベストか”にこだわり、独自の調理法で伝統的な江戸前の天ぷらを新境地へ導きました。「手で持てる天ぷら」「天紙に油がつかない」「天ぷらは蒸しもの」など、楠氏の示してきた新しいあり方は驚きと感動を与え、常に高みを目指す楠氏の天ぷらを求めて全国からフーディが駆けつける6席は当然のごとくプラチナシートです。

仕切りで半個室にもなる変幻自在のカウンター

その「くすのき」が市原辰也さんを大将に、2番手に本店から異動した橋本祐輔さんが就き、2人が同じ内容のコース料理を振る舞うというスタイルの店をオープンしました。天ぷらの華である「車海老」は2人が1本ずつ揚げたものを食べ比べる、2人の料理価格を変えるなど、本店でも例を見ない趣向もあり「くすのき」の新しい世界観が体験できると、オープン前にすでに2カ月先まで満席となったほど。

メニューは揚げ手と季節で4つの価格に分かれた「天麩羅コース」と、市原さんだけが供する約20種の天ぷらと一品料理が展開される「くすのきコース」があります。今回は揚げ手が市原さんの「天麩羅コース(秋・冬 41,800円)」から抜粋してご紹介します。

「鱈の白子と蕪のふくませ」

こちらは低温調理で生のような食感に炊いた白子と根芹と蕪の一皿です。一晩寝かせた白子は繊細な出汁の味を含み、噛むとプッと弾けて風味が一気に押し寄せます。根芹のシャキシャキとした食感も良いアクセントになっています。

「下仁田葱と牡蠣」

「牡蠣と相性の良い酢をゼリー状にしています。ご一緒にどうぞ」と促され、少し大きいけれど一口で。ミルキーな牡蠣と爽やかな酢の風味が融合して余韻を残します。もう一品、「塩梅」と呼ばれる一番出汁の後、いよいよ天ぷらが供されます。

調理機材も本店と同じ

天ぷら店では珍しく調理機材にIHを使用。「IHだと油が舞わないからにおいが充満しないんです」と、客の衣服ににおいがつかないという配慮も「くすのき」が長年愛されてきた理由の一つ。揚げ鍋も熱伝導率の高い銅製を使う店が多い中、「くすのき」では南部砂鉄鍋を使っています。「厚みがあり保温力に長けているのでタネを多く入れても温度が下がらないんです。この砂鉄鍋とIHの組み合わせだからできる仕上がりです」と市原さん。

楠氏に負けず劣らず天ぷらに深い情熱を抱く市原さん

“くすのき流”の天ぷらは最高の食材を衣と油で昇華させることにあります。例えば、脂ののった魚にさらに油をまとわせたら素材の持つ繊細なうまみや甘みが油の風味で感じられなくなってしまいます。天ぷら=油っぽいというイメージはここにあるのです。ましてや15〜20種類もの天ぷらが供されるともなれば、油の摂取量が多くなり体にも負担がかかります。楠氏は油をしっかり切り素材を生かすことを最重要と考え、衣はふわりと軽く、蒸したようにしっとりと仕上げることで最後までおいしく体にも優しい天ぷらを生み出したのです。こちらでは“くすのき流”を守ると同時に個性もプラス、市原さんにしか揚げられない天ぷらを提供しています。

「車海老」

揚げている時にはまったく感じなかった海老独特の香りが目の前に置かれた瞬間、ふわ〜っと漂い、口にするとうまみと甘みが広がります。中心を手で折ったピンとまっすぐなフォルムは何と美しいのでしょう。ふっくらした衣とプリッとした車海老の食感を実現しています。

「椎茸」

衣は卵と水と小麦粉だけ。油は太白胡麻油だけと潔い。「この椎茸は水分が少なくうまみが強いので、水分を守る揚げ方をしています」と、食材によって衣も揚げ方も変えるのだそう。「素材を生かすための衣と油です」とキッパリ!

「本めごちの雄」

「めごちは砂地に生息しているので一般的には泥くさい香を持っているのですが『くすのき』では三河本めごちのおすだけ使い、中心までしっかり火を入れて水分を抜き、うまみを凝縮させています。また、お客様に味付けを任せず、料理人が味を調えて出しています。だからこそ個々のポテンシャルを見極め、ベストな塩加減を決めているんです」と話します。

「宿儺かぼちゃ」

「中から糖を出しながら表面をキャラメリゼするイメージです」と、表面はカリカリッとさせて、中はなめらかな口当たりでねっとりとした食感。かぼちゃだと言われてもにわかには信じがたい仕上がりです。

「牡蠣」

中心の1mmだけピンク色という絶妙な火入れをするとこうもおいしくなるのかと実感します。味見ができないのに、なぜこの火入れができるのかと問うと「気泡の出具合と音ですね。素材から外に出ようとする水分量で判断しています」と市原さん。

「紅あずま」

「根菜類は火入れが甘いと香りが立ちません」と、表面はクリスピーに中はしっとりと揚げ、甘さを際立たせます。

バラエティに富んだ食材で食感が楽しい!

〆は海老、帆立、百合根、椎茸、牛蒡、三つ葉と、旬の食材が盛りだくさんの「かき揚げ丼」です。米は流通が少なく“幻の米”と呼ばれる、愛知県豊橋産「ミネアサヒ」。粒は小さめでツヤと粘りがあり、かき揚げとともに作り出す味わいと食感が口中を刺激します。

「くすのき中目黒」の楽しみ方とは

中目黒店大将の市原辰也さん

楠氏からこちらで味の継承と若手の育成を任された市原さんは、専門学校で就職先を探している時に楠氏と出会い、氏の夢や料理に対する情熱に感動し卒業後すぐに「くすのき」に入ります。6年間、料理人の心と技術を育ててもらい、次は日本料理の技術を深めるため「銀座小十」で修業、フランス・パリ出店の際に同行し研鑽を積みます。3年を経て名古屋に戻り、「くすのき本店」の東京・四ツ谷へ移転前に再び入店し、立ち上げから2年間、2番手として腕を振います。2020年8月に「くすのき名古屋」を任され、昨年の「くすのき中目黒」のオープンに伴い異動。「くすのき」で育ち、「くすのき」の重要な転換期に楠氏の右腕として活躍してきました。

意気込みを語る市原さん

「初めは天ぷらというより親父さん(=楠氏)に魅力を感じていたというのもあって、日本料理を学んでみたくなり一旦離れたんです。でも戻った時に、衣のつけ方、油の温度、塩加減のここがベストという一瞬を見極めなければならず、そのすべてが“感覚仕事”である天ぷらの奥の深さを知ると同時にものすごく魅力的に思えて。今は一生かけて究めていきたい」と話します。

店にいるとワクワクしてきます

中目黒店は「くすのき」初の揚げ場を2つ設け「さらに技術を磨くため」「次の大将を目指すため」に次なるステップを踏む場でもあります。そのポジションに抜擢されたのが揚げ手として本店でデビューしてから1年半の橋本さんです。市原さんと橋本さんが切磋琢磨する姿を見ていると、自然と応援したくなり、ちょっとした“タニマチ”気分にも! また2人の腕だけでなく店自体も活気を帯び、良い気が回っているのも感じます。こちらでは本店でも名古屋店でも味わえない新しい食体験を楽しませてくれるのです。

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文:高橋綾子 写真:八木竜馬