〈秘密の自腹寿司〉
高級寿司の価格は3~5万円が当たり前になり、以前にも増してハードルの高いものに。一方で、最近は高級店のカジュアルラインの立ち食い寿司が人気だったり、昔からの町寿司が見直され始めたりしている。本企画では、食通が行きつけにしている町寿司や普段使いしている立ち食い寿司など、カジュアルな寿司店を紹介してもらう。
教えてくれる人
中井シノブ
京都在住ライター。京都を中心に関西の飲食店を取材紹介する。取材店は1.5万軒以上。趣味は外飯、外酒、猫とまったり。「あまから手帖」でコラム記事を連載中。
のれんをくぐるにはちょっとした勇気がいる
四条烏丸からすぐ。大丸京都店の東隣に、「寿しさか井」と染め抜かれたのれんがかかる。京都繁華街のど真ん中、周辺にはカフェなど飲食店がひしめいている。錦市場の入口近くということもあって、店先を不思議そうにのぞいていく海外からの観光客も多い。寿司屋であることはわかるが、はて、どんな店なのだろう。
小さなガラス窓からそっとうかがうと、店主が黙々と手を動かしている。その手元には棒状に伸ばした酢飯や、小ぶりな丼。マグロや鯛のサクを切り分けていたり、手際よく酢締めした鯖の皮を引いていたり。的確で素早い所作を見るだけで、この店の主人が熟達した職人であることがわかる。
粒が立ってふっくらした酢飯を、酢で締めた鯖の上にのせ、布巾でキュッと巻く。徐々にできあがる鯖寿司やミックス丼を見ていると「これは、なんとしてでも食べて帰らねば」という思いがわく。
予約もせずに、いきなりのれんをくぐってもいいものか。けれど、心配はご無用。ガラリと引き戸を開けると、女将さんの明るい声が迎えてくれる。ただし、客席は6席のみ。席が空いていれば入店叶うが、満席なら「また次回」ということになる。「せっかく訪ねたのだから待ってでも」という人も多く、昼時は行列ができることもある。
「寿しさか井」の開業は昭和28(1953)年。現在の店主坂井繁夫さんは、2代目だ。幼い頃から自宅でネタの準備をしたり、ご飯を炊いたりする両親の姿を見てきたという。誰に言われるともなく、いつかは店を継ぐのだと心に決めていたそうだ。とはいえ、大阪の寿司店で3年ほど修業をして基礎を身に付け、50年ほど前に店に入った。