〈秘密の自腹寿司〉

高級寿司の価格は3~5万円が当たり前になり、以前にも増してハードルの高いものに。一方で、最近は高級店のカジュアルラインの立ち食い寿司が人気だったり、昔からの町寿司が見直されはじめたりしている。本企画では、食通が行きつけにしている町寿司や普段使いしている立ち食い寿司など、カジュアルな寿司店を紹介してもらう。

教えてくれる人

猫田しげる

20年以上、グルメ誌、旅行本、レシピ本などの編集・ライター業に従事。各地を転々とした挙句、現在は関西在住。「FRIDAYデジタル」「あまから手帖」「旅の手帖」(手帖好き?)などで記事執筆。めったに更新しない猫田しげるの食ブログ 「クセの強い店が好きだ!」。

電話番号非掲載! ではどうやって予約を取れば良いのか……?

大阪の四つ橋筋という大通り沿いにありながら、看板は道に出ている行灯だけ、ビル2階の階段上にも小さな屋号のみが掲げられた「北堀江  鮨与志」。

開店は2020年。コロナ禍のご苦労、お察しします……

その入りづらい外観に輪をかけて、お店の電話番号は食べログにも非掲載。「一見さんお断りに違いない」と1000%怖じ気づきますよね。

鮨という字は偏が違うのですが、パソコンで出ません。すみません

しかし店主の吉田雅士さん、「いえいえ単に、常連さんが9割なので、来た時に次の予約を取っていく方が多くて。でも通りすがりにふらっと入られるのも大歓迎ですよ」とのこと。

この外観で通りすがりにふらっと入る勇気は私にありませんが、海外の方はわりと「oh! スシ~」みたいな感じで突然訪れるのだそうです。さすがアイアンハート。

カウンター8席のみ。吉田さんワンオペでされています

気難しそうな雰囲気漂う店主、実は……

実際私も、初めて来た時は仕事絡みだったのですが、外観から「怖そう……」吉田さんを見て「気難しそう……」とかなり身構えていました。作務衣着てる人=頑固、という先入観からでしょうか。

しかし話してみるとめっちゃくちゃソフトな物腰!「大阪三大ギャップ寿司店」に認定したいぐらいです。他の2店はどこだろう。

父親も神戸で40年以上続く寿司店を営んでいるという吉田さん

吉田さんの料理人歴は長く、東加古川をはじめとし、大阪ミナミなどの寿司店で修業した後、奈良のホテルで和食、洋食の創作料理なども経験。34歳から島田紳助氏がオーナーである「寿司はせ川」で主任として6年、その後は北新地の和食店「北堀江 松庵」の初代料理長を約6年半務めてきました。寿司をメインにさまざまなジャンルで腕を磨いたんですね。

店内に入るとまず目に飛び込んでくるのが、ネタ札。最近ではあまり見かけなくなりましたが、吉田さんのこだわりが「昭和の寿司屋の進化系でありたい」というコンセプト。

1貫330円〜(玉子は220円)。札は仕入れによって毎日変わります

「子供の頃から見ていた父親の店は、好きなネタを好きなだけ食べて好きな時に帰れる、堅苦しくない寿司屋。なので自分の店も、単品であれこれつまめたり、『このぐらいの予算でこんなんが食べたい』というリクエストに応じて気軽に楽しめるスタイルにしたかった」と話します。

魚の仕入れは天満市場や木津市場などを毎日回り、「コレ使いたい!」と思ったものだけを厳選。普段は見せないネタケースを披露していただきました。むっちゃくちゃ白光りする太刀魚やコハダ、見るだけでクロマグロとわかる赤身やトロ、身厚の金目鯛などが詰められ、「海の宝石箱や……」と思いました。

ちょっと韓国のテイストを織り交ぜるなど、ひとひねりきかせたアテ

タラの白子ポン酢1,320円。白子のおいしさって下処理の丁寧さに左右されますよね……!

まずは左党が大大大好きなメニュー、タラの白子から。北海道産のタラ白子をポン酢に浸し、国産海苔とネギ、甘口韓国唐辛子をトッピングしたシンプルな品ですが、「焼肉屋で食べたサラダから発想した」とのこと。実はポン酢と甘口韓国唐辛子は相性が良いのだそうです。尖った辛さもなく、白子の濃厚な旨みを邪魔しません。

実は私も左党ですが、正直に言うと白子が苦手(笑)。よく「ホルモンとか白子とかホヤとか好きそう」と言われますが、それ買い被りです。しかし北海道産のこの白子、ビックリするほど臭みがなく、変な筋感も気にならず、クリーミーでとろけるよう。弾力のある生クリームを食べている感覚に陥りました。

日本酒グラス660円~。酒好きのツボを突くセレクトです

こりゃ酒がないと酷ですわ。ってことで、自慢の日本酒をいくつか出していただきました。「十四代、飛露喜、八海山……ふーん王道やな」と思われた方、よく見てください。「十四代」は毎年販売と同時に即完売する中取りの純米吟醸生詰。「飛露喜」も最高峰の大吟醸、「八海山」も年末年始のみ発売する赤ラベルです。

 

猫田さん

どれも酒屋さんが選別して持ってきてくれる“奥の手”的な一本。常時30種ほどこんな日本酒を揃えているというから、レア酒好きにはたまりませんねえ。

身を丁寧にほぐしたズワイガニ、下にはミソがたっぷり

塩茹でなので何も付けなくても十分旨い。ズワイガニ1,980円

次はまたもや北海道より、ズワイガニ様のご降臨です。甲羅に美しくてんこ盛りになっていますが、コチラは吉田さんが一本一本、脚から身を取り出し、肩肉も身をほぐし、ミソも入れて盛り付けたもの。その手間を考えると、バクバク食べるのも気が引けますね。

カニ酢も自家製。角がなくこちらもカニの風味を引き立てるので、磯の香りや蟹々しさ(っていうのか?)もしっかり感じられます。

 

猫田さん

カニは時季によってクリガニ、毛蟹などさまざま。ズワイガニは身が甘く肉質がしっかりしているので、カニ食べた!という満足感があります。

スダチをきゅっと搾ると後味が爽やかに。フグの焼き物1,980円

焼き物は、長崎産のフグを醤油ベースのタレでこんがりと。これも甘口韓国唐辛子をふりかけ、甘じょっぱさにピリッと辛みが来る仕立てにしています。

本来は淡泊な魚であるはずのフグが、ふっくらと中まで火が通り、旨みも湛えています。骨も少なく、なかなかに食べ応えがありました。