〈秘密の自腹寿司〉

高級寿司の価格は3~5万円が当たり前になり、以前にも増してハードルの高いものに。一方で、最近は高級店のカジュアルラインの立ち食い寿司が人気だったり、昔からの町寿司が見直されはじめたりしている。本企画では、食通が行きつけにしている町寿司や普段使いしている立ち食い寿司など、カジュアルな寿司店を紹介してもらう。

教えてくれる人

猫田しげる

20年以上、グルメ誌、旅行本、レシピ本などの編集・ライター業に従事。各地を転々とした挙句、現在は関西在住。「FRIDAYデジタル」「あまから手帖」「旅の手帖」(手帖好き?)などで記事執筆。めったに更新しない猫田しげるの食ブログ 「クセの強い店が好きだ!」。

今日入った魚を、握りでも造りでもアテでもお好みで

実は神戸には良い寿司店が多いんですよ。明石の海があるし、淡路島も近いし、新鮮な魚介類の宝庫ってわけです。そんな神戸の須磨区に店を構える「松鶴寿司」。1986年に板宿の公認市場で創業し、2019年に板宿本通商店街に移転。現在は初代の藤原守さんと息子の弘法さんが暖簾を守ります。

立派なビルの1階に構えていますが、入り口は控えめ

昼も夜も営業していますが、基本的に昼は仕込みに専念するのだそう。弘法さんがカウンターに立ち、守さんは厨房で煮炊きや魚の下ごしらえなどをしています。

カウンター上の黒い付け台に握りや造りを直置きする伝統的なスタイル

「松鶴寿司」の特徴は、好みの魚を握りでも造りでもアテでもいただけること。「今日はええシマアジ入ってますよ」「カワハギの活もいてます」と聞けば「じゃあそれ造りで」「焼いてもらえる?」などと掛け合いながらライブ感たっぷりに楽しめます。

魚は「前のもの」しか使いません

鯛もヒラメもシマアジも、基本的に魚は前(海)のものだけを使います。明石の鯛は朝に注文して締めてもらい、シマアジも活で仕入れて店内の水槽で泳がせています。

お造り・握り5貫・吸い物で4,000円という手頃なセットもあるのですが、お客さんのほとんどが「○○円ぐらいでやって~」と予算を伝えて、食べたい魚を食べたい調理法で作ってもらうオーダーメイド形式だそうです。

今では珍しくなった「錦糸巻き」。土佐酢を飲み干す人続出!

今回は、だいたい7,000円のおまかせから料理を出していただきました。まずこのお店で食べて欲しいスペシャリテは「錦糸巻き」!

なんだか可愛い巻物が登場しましたが、こちらは先代の時から続く名物料理で、鯛の昆布〆とガリを錦糸卵で巻いた一品。初めて見ました、と言うと「結構知らない方が多くて意外です。昔からある定番料理だと思ってました」とのこと。確かに調べてみると、老舗の町寿司で提供しているお店もちらほらありました。

錦糸巻きは単品だと2倍量で1,600円。写真はコースの一品としてのポーションですが、一人客でも少なめが良い方には半量で出してくれ、だいたい1,000円程度とのこと
鯛以外でもヒラメなどで作ることも。白身魚とガリの辛みが合うんですね

器にはワカメとミョウガが添えられ、土佐酢とスダチでいただきます。この土佐酢が衝撃的に旨い!

 

猫田さん

後でご説明しますが、なんと土佐酢は自家製。甘みがあり酸味もマイルドで、飲める酢っス。「酢も全部召し上がる方がほとんどです」との言葉に堂々と完飲しました!

さっきまで泳いでいた魚もお造りに。マグロは希少な神戸産!

続いてお造りを仕上げる包丁さばきを見せていただきました。長崎の剣先イカは丁寧に鹿の子切りに。

マグロはなんと神戸で揚がった生マグロ。神戸でも獲れるんですねえと驚くと「たまに出ますね。でも数は少ないです」とのこと。京都の伊根湾あたりでも獲れることは知っていましたが、神戸産は初めて食べます。

この日のお造り3種盛は、イカとイクラ、シマアジ、マグロ赤身。シマアジはさっきまで泳いでいた子です。透き通った身が鮮度を語ります。マグロも赤身なのに鉄っぽい味がなく、きめ細かな肉質。

 

猫田さん

私は北海道のイカ名産地の出身なので、パリパリッとした「スルメイカ」がおいしいものという認識でした。でも剣先イカのねっとりした口当たりと甘み、これも西日本ならではの贅沢ですね!

鯛のカマですがしっかり身が付いていて食べ応えがあります

鯛のアラ炊きも端正な姿で登場。これもお造りにできる鮮度のものを炊いていますので、さっと火入れしただけでも身がフカフカに。しょっぱすぎない煮汁がこれも飲めるタレです。

実はこの煮汁も「煮魚のたれ」としてお店で作っているもの。土佐酢とともに販売しています。ベースの出汁は利尻昆布と枕崎の本枯れ節で取っており、酒やみりんを先代からの独自の配合でブレンド。

 

猫田さん

全く同じ味付けが家で再現できるタレ、販売しちゃって良いのでしょうか! でも絶妙な煮加減が職人の技、自分じゃこうはならないんだろうな……。