【おいしいパンのある町へ】

Vol.8 東京・学芸大学「サンチノ」

コッペパンやメロンパン、レトロな惣菜パン専門店などが続々と誕生している昨今。そんな“懐かしパン”ブームを牽引する存在として、2016年のオープンから話題を集める「サンチノ」は、学芸大学にある。

東急東横線の学芸大学駅から、徒歩約10分。イオンスタイル碑文谷の一階に構える店舗にはオープンと同時に、多くの人が殺到する。70代のお年寄りから、小さな子どもを連れた親子、かっちりとしたスーツ姿の男性まで……。平日の日中にも関かかわらず、驚くほど幅広い客層が足を運ぶ目的は、懐かしさと新しさが混在するユニークなパンの数々だ。

プロデュースを手がけるのは、あの人気店のオーナーシェフ

「サンチノ」のプロデュースを手がけるのは、全国のパンマニアがこぞって訪れる代々木上原の名店「365日」のオーナーシェフ、杉窪章匡さん。“食のセレクトショップ”というコンセプトのもと、独創性溢れるパンでパン業界をリードし続ける杉窪さんが「絶対にブームが訪れる!」と満を持して断言したのが、レトロな“懐かしパン”だったそう。

そんな杉窪さん直々の指名を受け、「サンチノ」の立ち上げから携わり、店長兼シェフを務める丸山雄三さん。大手チェーンのパン店にて15年勤務していた丸山さんと杉窪さんとの出会いは、日本パン技術研究所が主催するパンの講習だったとか。「5年ほど前でしょうか。パン作りを始めて10年が経ち、新しい知識を身に付けたいな、と。5日間の講義に、杉窪さんも生徒として参加していたんです。それから3年ほどが経ったある日、杉窪さんから突然メールが届いて。“新しいお店で店長をやってみないか?”と誘っていただいたんです」

「求められるパンを生み出すのが、仕事だ」

はたから見れば栄えある大抜擢だが、丸山さんの頭に浮かんだのは「どうやって断ろうか」という悩み。「10年以上の実務経験はありましたが、僕がやってきたのは、レシピ通りにおいしいパンを作ること。そんな自分が果たして新店舗で通用するのか、不安だったんです」。しかし時間が経つにつれ、丸山さんに心境の変化が訪れる。「大手チェーンでは新商品が認められるまでに、最低でも3カ月かかる。申請や審査が面倒でアイデアが浮かんでも、趣味で作る程度にとどまっていました。そんなフラストレーションを思い返したときに、“いいチャンスかもしれない”と」

「サンチノ」のオープンに先駆け杉窪さんの指導のもと、「365日」の店舗で1カ月間の研修を受けたという丸山さん。そこはこれまで経験したことのない、異世界だったという。「毎日パンを作りながら、週に最低2〜3品、新商品の開発が義務でした。これまでレシピを与えられてきた僕にとっては、困難続き。そんなときに杉窪さんからかけられた言葉が“レシピ通りに美味しく、きれいなパンを作るのは当たり前。そこからお客さんのニーズを読み取り、売れるパンを生み出すのが、本当の仕事だ”。心に刺さりましたね」

徹底した食材選びで、懐かしパンをモダンに昇格

独創的で斬新なパンが並ぶ「365日」とは対照的に、レトロな惣菜パンや、地方パンのオマージュ商品などが並ぶ「サンチノ」。しかし「サンチノ」のパンが“ただの懐かしパン”にとどまらない所以は、杉窪さんから継承される食材選びにある。

食材の安心・安全を表現する“〇〇産地の”、“〇〇さんちの”という言葉から名付けられた店名通り、食材選びだけでなく、無添加、保存料フリーに徹底。商品によってブレンドを変える小麦粉5種類は、すべて国産。メインとなる北海道産ブランド小麦「はるきらり」のほか、「キタノカオリ」や九州産薄力粉など、どれも生産者から直接仕入れているそう。

小麦に限らず、バターや牛乳、卵、野菜、フルーツなども、できる限り国産に徹底。厳選された食材で丁寧に作られるパンは懐かしい風味を残しつつ、繊細で上品な味わいが印象的。「サンチノ」を訪れたらマストで食べたい、人気商品がこちら。

老若男女に愛される、永遠のベストセラー

「サンチノ」でトップの売り上げを誇るのが、古くから愛され続ける菓子パンの女王・あんパン。小豆は、北海道の農家で特別栽培される最高級品だ。「くるみの食感を活かすために、なめらかなこしあんを採用。豆そのものの風味を味わってもらえるよう、甘さは控えめにしました」

 

 

絹ごし豆腐を練りこんでいるという生地は、もっちり&ずっしりながら、後味さっぱり。渋みが邪魔をしないよう、アク取りしてから蒸しているというくるみの風味が好アクセント。まるで和菓子を食べているような錯覚に! 180円。

イチから手作りされるクリームは、驚きの口どけ

オープン当初はメニューになかったものの、試しに加えたところ、大ヒットしたという「ミルクフランス」。人気の理由は、自家製のクリームにある。「きび糖と牛乳を煮込んで、まずは練乳を作ります。完成したら少しずつバターを加えて、空気を含ませるようにホイップ。市販のクリームには、絶対に負けません」

 

 

「クリームがふわっとしているので、表面をパリッと焼き上げ、食感のコントラストをつけたのがポイントです。スチームで表面をコーティングしてから焼くことで、パンの中はしっとりと仕上がっています」。口に入った瞬間に溶けるなめらかな口どけ、さらに自家製ならではの優しい甘みは、一度食べたらやみつきに! 210円。

究極のしっとり感!ごはん代わりに食べたい「サンチノ」

店名を冠した看板商品が、ベーシックパンのなかで堂々のNo.1に。「簡単に言うと、丸いフランスパン。日本の食卓でも愛される食事パンを作れないかと悩んでいたときに、参考にしたのが、日本人の食事に欠かせない白米。しっとり、粘り気のある白米のような食感を再現するために、水分を大幅に増量。通常は小麦粉と水の割合が100:70なのに対し、100:120まで増やしました」

 

 

バターの代わりにグレープシードオイルを加えることで、クセは出さずに、粘り気をキープ。手で割ると、中は驚愕のしっとり度。噛むごとに口の中に甘みが広がる感覚は、まさに炊きたての白米。「年配の方にも食べていただきたく試食をお渡ししたところ、ほとんどの方がリピートしてくださっています!」。230円。

磯の香りがフワッ!人気ご当地パンを大胆アレンジ

北海道・札幌市にあるパンの名店「どんぐり」で誕生し、ご当地パンの代表格となった「ちくわパン」へのオマージュが「ちくーわ」170円。「生地にあおさを練り込んで、大胆にアレンジしました。和のテイストを強くしたかったので、湯種製法を用いて、お餅のような食感に仕上げています」

 

 

ちくわの穴には、マヨネーズと和えたツナがギュッ。「静岡県産のちくわ、ツナはともに、無添加。マヨネーズは自家製です。パクッと食べられる小ぶりサイズなので、おやつ感覚で楽しんでいただければ!」

見た目は駄菓子、味は本格スイーツのギャップが楽しい

棒に刺さったパンというヴィジュアルのインパクトが絶大な「棒チョコ」230円。インスピレーションを得たのは、「フジパン」の人気商品「銀チョコ」だそう。「本来はコッペパンですが、これはしっとりとしたブリオッシュ生地。バター、牛乳、卵をたっぷりと使用し、濃厚な味わいです。さらにアクセントとして、伊予柑のピールをミックスしています」

 

 

アーモンドダイスを混ぜ込んだチョコレートは、フランスの老舗チョコレート「ヴァローナ」のパータグラッセ。チョコレートのコクと伊予柑ピールの苦味が奏でるハーモニーは、上質なスイーツにも匹敵。「女性はもちろん、お子さまの人気も上々です」

 

“懐かしパン”の新定番となりそうな町のパン屋さん。ぜひ一度訪れて、新しい感動を味わいたい。

 

丸山さんに聞く、学芸大学周辺の一押しグルメ

自宅からお店までは徒歩10分。美味しいお店が多く、新規開拓したい店が尽きないという丸山さん。定番のランチと、お気に入りのワインバルを教えてくれた。

和食が恋しくなったら、「大黒屋」の麦とろ定食

丸山さんの定番ランチは、店から徒歩2分ほどの場所にある麦とろ専門店の「大黒屋」。地元では知らない人はいないらしく、昼時には行列ができるのだとか。「毎日パンばかり食べているので、たまに無性に定食が食べたくなるんですよ。そういう時は必ずと言っていいほど、麦とろの専門店『大黒屋』を訪れます。ボリューム満点で、満足度バツグン。おかずは何を食べても美味しいのですが、唐揚げがとくにおすすめです!」

ワインを飲むならここ! 連日満席のバル「カンティーナ カーリカ・リ」

お酒が好きで、最近はめっぽうワインに目がないという丸山さん。休日にはこちらのワインバルを目指し、隣駅の都立大学まで足をのばしているそう。「豊富なワインのラインナップがうれしい。食事メニューも手が込んでいて、外れがありません。毎回頼むのが、フレッシュモッツァレラチーズ。新鮮なミルクのコクがたまらなくて…ワインがすすみます(笑)」

 

もっと知りたい学芸大学の“おいしい”

食べログでキャッチした、学芸大学のグルメ情報はこちら

 

 

取材・文:中西彩乃
撮影:山田英博