京都駅から車で2時間ほど行った山の中にある「田舎の大鵬」は耕した畑で野菜やハーブを育て、鶏や豚を飼育して料理する地産地消のレストラン。こんなレストランがあるとは! 感動的な食体験をレポートします。

京都府綾部の自然に囲まれた農園レストランへ

四方を山に囲まれた大自然の中にあります

京都駅から車で走ること約2時間、観光客はおろか民家すら少数、山々に囲まれ目に映るのは緑色のグラデーションという地に「田舎の大鵬」はあります。出迎えてくれるのは馬と山羊。都会人間にとってこんな滅多にないシチュエーションに癒やされていると「こんにちは〜。ようこそ」という声が。

渡辺さんは中国・四川で修業経験もある中華料理ひとすじの料理人

声の主はこちらの店主、渡辺幸樹さん。ミシュラン・ビブグルマン常連の京都・二条の中華料理店「大鵬」の2代目でもあります。料理と生産の現場がかけ離れたことで食材における背景や環境、命をいただくという意味について危機感を感じ、自然に触れ合い持続可能な自給自足を基本に、人間主体ではなく自然の一部として生きる形が理想だと思っていたところ、縁あってこの綾部市上林の蓮ヶ峯農場へ移住し、小さなレストランを営むことになりました。

2021年12月にオープン

予約はInstagramのDMかFacebookのメッセンジャーで受けつけ、1日4〜12名の1組限定。ひとり11,000円〜(税込)のおまかせコースのみ。4〜5時間、ゆっくりと過ごしながらこれから供される食材のことを知り、豊かな自然に包まれながら収穫したての食材で作った料理を食べる、そんな唯一無二のレストランなのです。

命を余すところなく使いきる

卵を産むという役割を終えた鶏

そのひとつが鶏料理。まずはこちらで育てた鶏を捌くのを見ながら、鶏や部位のことを学びます。人によって感じ方は違うと思いますが、その時の私にとって、鶏を絞める瞬間は残酷な世界ではなく、命をいただくという覚悟が鶏と人間双方に感じられる神聖な時間でした。それは愛情をかけて育て、育てられたからこそできることなのだと感じました。

捌き終わり綺麗に並べられた部位

内臓脂肪は鶏油にする、ブロイラーではなく自然に育てられた鶏のハツは意外に小さいなど、捌きながら部位について説明があります。どうやって卵が形成されるのかも初めて知りましたし、砂肝はスナズリという別名の如く餌をすり潰す役割の砂肝の中には確かに粉々になった餌が入っていました。それにしても新鮮な内臓は本当に美しい。

母豚のユリちゃんと一緒にお昼寝する生後1週間の子豚たち

鶏の下ごしらえをしている間、渡辺さんが農場を案内してくれます。ここにいる家畜は馬、山羊、豚、鶏。餌は米、とうもろこし、大豆、きな粉、鰹の魚粉の他「大鵬」で出る端材を発酵させたものを与えています。平飼いで人間と同じものを食べているせいか、家畜臭はあまりしません。

朝採れのそら豆は生で食べてもおいしい!

鶏舎の後は畑へ。家畜の鶏や馬の堆肥を使った畑で育てた正真正銘の採れたて野菜は色も形もバラバラ。「露地ものなので世間でいう“旬”から少し遅れます。化学肥料を使えばもっと色鮮やかにいわゆる“おいしそう”な野菜が作れますが、それでは野菜のエネルギーが損なわれます」と話します。確かにハウスで育てた野菜も採れたてと呼べますが、それとは一線を画します。訪れた5月は花山椒が終わりちょうど実がなっていました。

おいしい!を食材が語る料理

本日の食材の一部

さていよいよ宴が始まります。メニューはなく、収穫したばかりの食材を使って渡辺さんが調理した中国料理ベースの料理が10〜12品並びます。

食器も素敵!

昨年収穫した大根を塩漬け発酵させ辣油で和えたものと、渡辺さんの自宅前に自生している竹を切って発酵させたメンマをつまみにビールとシャンパーニュでスタート。水は汲み水か山水のみ。

「干しレバー ミント パクチー」

豚レバーは冬の間塩漬けにして干してから薄切りにし、やわらかくておいしいどくだみの地下茎は細かく刻んで薬味に。テーブルに置かれたパクチーはそのまま食べたり“追いパクチー”にしたり、残ったタレは他の料理にかけてみたりと思い思いに楽しみます。

「鯰団子 鹿と豚団子 山椒」

ひときわ歓声が高くあがったのがこのスープ。近くで釣った鯰の身はすり身にして団子を作り、頭や骨は出汁としてスープのベースにしています。さらに鹿肉と豚肉の合い挽き団子と古漬けにした大根の葉と発酵生姜を入れ、最後に実山椒をのせています。こってりかと思いきやサラリと飲めてしまう魔法のスープは一滴残らず飲み干してしまいます。

自分で育てたからこそどう調理すればいいかわかる!

「そら豆 えんどう豆 卵 紫蘇の実の塩漬け 飯(いい)」

薄皮付きのそら豆とえんどう豆を朝産みたての卵でとじて、味付けは紫蘇の実の塩漬けと飯(鮒寿司を作る際に使う発酵させたご飯)。見た目はいたってシンプル、なのになんという複雑妙味なのでしょう。食材ひとつひとつのポテンシャルを存分に活かし見事に調和させています。

「すっぽん 葱」

「すっぽんが獲れたので蓮の葉包みにしました」と渡辺さん。鯰も天然のすっぽんもそこら辺で獲れるというのもびっくりしますが、この質の良さにはさらに驚きます。身はぷりっぷりでしっとり。食材の持ち味を活かしつつ最後にアッツアツでクッタクタに炒めた葱をのせ、中国料理にしっかり落とし込んでいるのが素晴らしい!

「鶏」

メインは先ほど絞めた鶏を丸ごとホロホロになるまで煮込んだスープ。浮いている油が澄んで美しいこと! 同席したのは食のスペシャリストでしたが全員「おいしい、本当においしい」としか言葉が出ませんでした。育った環境をこの目で見て、命をいただく瞬間に立ち合い、滋味ある口福の世界がこの小さな鍋の中に繰り広げられている。感無量な一品となりました。

「インディカ米 鶏 すっぽん 山椒の葉」

〆はスタッフ総出で手植えして育てたインディカ米を鶏とすっぽんの血で炒めた炒飯です。想像するような血の香りはなく「ブーダンノワール」を炒飯にしたような味わい。粘り気の少ないインディカ米は香りが良くパラパラに仕上がるので炒飯向き。上にのせた山椒の葉が爽やかさを醸しています。ここに鶏の「キンカン(卵巣の未熟な卵)」を入れて混ぜると、極上のTKGが完成します。

「蓬(よもぎ) ミント」

使っている調味料やテクニックは確かに中国料理なのに、見知ったものとはまったく異なる料理となる。これが食材のパワーなのかと思い知らされました。こんなレストランがあったとは! デザートの蓮饅頭を頬張りながら全員が再訪を誓いました。

雨よけがあるので天気が悪くても大丈夫!

食材の「おいしい」や「良い」という基準を変えていかなければ、と渡辺さんは言います。こちらの食材は形や色からは想像できないほどおいしいのは確かですが、それをたった2口のガスコンロで「苦手食材がなくなるかも?」と思わせるほどの料理を作りあげることができるのは渡辺さんの高い技術があってこそ。夏には羊がやってくるそうで、さらにメニューの幅が広がることでしょう。

「人間はいろいろな命をいただいて生かしてもらっています」と話す渡辺さん

動物にも植物にも命がある。その尊い命を奪ったからには余すところなくいただくのが責務だと実感した日でした。部位ごとに切って並べられたものを購入する日常の生活ではこのように食材がどう生きたかなどと考える機会はほとんどないもの。ぜひ一度訪れてこの感動的な食体験を味わっていただきたい。

写真・文:高橋綾子