【シェフと激論! 美食テーブル】

ライター歴20年の寺尾妙子が今をときめくシェフたちと、その“作品”である料理を巡ってガチトーク! ゲストとして本気で食べ、味わい、忌憚のない意見を直接シェフに伝えます。ひとえに食を、レストランを、愛するがゆえに。

 

第1回の相手は今、ガストロ界で注目を集める広尾のモダンフレンチ「Ode(オード)」生井祐介オーナーシェフです。

〜2017年秋のある日〜

「Ode(オード)」オーナーシェフ、生井祐介さんは権威あるレストランガイドブック『ゴ・エ・ミヨ東京・北陸・瀬戸内2018』で将来を嘱望されるシェフに贈られる「明日のグランシェフ賞」に、なんとオープンから3ヶ月足らずで輝いた、大注目の料理人である。

 

20代はブルースのミュージシャンを目指していたという、根っからのアーティスト気質もあってか、そのコースひと通りはインスタレーション・アートのよう。まるで抽象画のような色彩感覚での盛り付けや、意表をつく食材の組み合わせで仕上げる感性に食ライター、寺尾も魅了されたのだが、ただ、1点気になることが……。

 

寺尾 生井シェフ、お料理、どれもすばらしかったです! ただ、コース1品めに出てくる「ドラ◯ンボール」が……。

 

生井 どうかしました?

 

寺尾 あれ、中身はオマールのビスク(注:オマール海老の頭や殻から出る出汁をベースにトマトなど、野菜を合わせたスープ)じゃないですか。外側は何なんですか?

 

生井 カカオバターのコーティングです。

 

寺尾 それがちょっと……口溶けが悪いせいで、カカオバターの脂っぽさが残っちゃうからか、ビスクの味がぼやけてるんですよね。

 

生井 ……。

 

寺尾 ……。

 

生井 ……。

 

寺尾 ……。コース1品めって、すごく重要じゃないですか。今からどんなコースが始まるんだろう?このシェフはどんな料理をつくるんだろう?ってワクワクするような期待をつくる見せ場だと思うんですよ。しかも、まるで有名アニメのアイテムみたいなルックスで話題性があって、SNSで強い引きになる。現に今、この店の代名詞として拡散されてますよね。なのに、あの口溶けを許していいんですか?と。

 

生井 ……そこ、実は迷ってたとこなんですよね〜。

 

寺尾 というのは?

 

生井 ひとつめは冷たいシャンパンと合わせると、カカオバターの油分が強調されてしまうのがちょっとな、という。もうひとつはコーティングを薄くすると、オレンジの色も薄くなって、ドラ◯ンボール感が薄れちゃうんですよ。あと、後に続く料理のことも考えるとビスクの風味を濃厚にというより、やさしいタッチで感じてもらいたいからというのもあるんです。

 

寺尾 なるほど〜。始まりはやさしく、ですか。それはそれで計算ずくなんですよね。

 

生井 ただ、9月23日にオープンしたばかりで、自分たちも日々、トライして精度を高めている段階ですから、どの厚さでコーティングするのがベストなのか、ちょっと考えたいと思います。

 

寺尾 わ〜、本当ですか?

 

生井 はい。

 

寺尾 じゃあ、次回、アップデート版、食べさせてくださいね。

 

生井 お待ちしてます!

〜その後「オード」再訪〜

プティフール含め、全12品13,000円(税抜)のディナーコース。最初に白い皿にのって、メタリックな宝珠型の器が運ばれる。ふたを開けると……それは、懸案の「ドラ◯ンボール」。

 

前回より色は若干淡い。さあ、厚みは? 味は?

 

そっと指でつまむと、その体温でカカオバターがじんわり溶け始めるのがわかる。そのくらい繊細な、シェフ渾身のアミューズを口に入れる。その瞬間から、コーティングが加速して溶け出し、オマールのビスクが弾ける。快感。

 

寺尾 これ、これなんですよ! このはかなさが欲しかったんです。

 

生井 ガストロノミーって、はかなさですもんね。

 

寺尾 そう。壊れそうに美しいからおいしいんですよ。それから矛盾。厚いと風味は濃く、薄いと淡いというところを、「薄いけど、風味は濃い」という矛盾がギリギリ成立するポイントが美味。美しい味じゃないですか。

 

生井 いや、本当にそう。前回、寺尾さんから意見をもらった後、実はすごく悔しくて。厨房全員でミーティングして、今日の夕方まで試行錯誤を繰り返してきたんですよ。見ます?(キッチンから型の中にずらりと並んだ試作品を持ってきて)

 

寺尾  わぁ、すごく細かいグラデーションをつくったんですね。

 

生井 はい。さまざまな厚さ、さまざまな濃度を組み合わせて、どこがギリギリかっていうところをスタッフ全員で追求したんです。

 

寺尾 そもそも「ドラ◯ンボール」のベースになるビスクをつくるだけでも手間がかかるものなのに。オマール海老の頭や殻を野菜と一緒にじっくり煮出して出汁をとって、漉して、クリームと合わせてって。それだけでも大変だったんじゃないですか?

 

生井 まあ、それはそうなんですけど、それ以上に料理人として、いいものをつくりたいですから。

 

寺尾 わぁ、その成果、すごく出てます! 1品めの口溶けがスーッとよくなっただけで、コース全体がスムーズに流れるようになって、最後のお茶のひと口を飲みきるのが惜しいくらい。「あ〜今日は心に残るレストランに来たな」っていうしみじみした思いになりました。

 

生井 本当は、最初に「口溶けが悪い」って言われたとき、カチン!ときたんですけどね(笑)。

 

寺尾 うわっ、すみません!

 

生井 嘘です(笑)。まあ、半分は本当ですけど。でも、改めて、はかなさやギリギリの矛盾を追求するのが、自分が目指すガストロノミーだよなってことも再認識できました。

 

寺尾 私もです。実際にシェフに疑問を投げかけて、討論するなかで、おいしさって何なのか。考えることができて、すごくよかったです。ありがとうございました!

 

生井 こちらこそ、ありがとうございました!

 

〜今回、ディナーコース2品め以下はこんな感じでした〜

「パプリカ チュロス ウニ」

最近、チュロスを台にしたフィンガーフードがガストロ界隈ではプチ・ブーム。ニンジンのムースを練り込んだチュロスに生ウニ、パプリカソースを重ねて。

 

「キャヴィア じゃがいも タルト」

薄〜くスライスしたジャガイモ、ねっとりとしたキャビアにサクサクのサブレ生地と爽やかなディルの花を合わせたタルト。

 

「秋刀魚 ブーダン 茄子」

グレーの皿にグレーの料理。「三原色を使う盛り付けが美しい」という旧来の価値観に真っ向から挑戦するスペシャリテ。

下には38度でオイルコンフィしたサンマ、サンマのワタと豚の背脂と血でつくるサンマのブーダンノワールが隠れているほか、炙った牛肉外モモのタルタルも。まさかの魚×肉というこれまた挑発的な組み合わせ。

「白子 白トリュフ 発酵バター」

お次は白い世界。こんがり焼いたタラの白子と白トリュフに自家製発酵バター入り、牛乳フォーム(泡)。

「大根 大根餅 烏賊」

桂むきした大根のカネロニ。ハーブをトッピングした可憐な姿を見せた後、大根餅に入っている豚バラを煮たときのスープが注がれる。シナモンやクローブ、八角などのスパイスが香ってアジアっぽい。

「フォカッチャ」

自家製の焼きたて。プワンプワンと押したら跳ね返すような弾力あり。

「椎茸 豚皮 昆布」

椎茸のソテー、塩漬けにしてからやわらかく煮込んだ豚皮。干椎茸の戻し汁、昆布出汁、フォンドヴォーと、旨味を3重に重ねたソースを絡めて。

「鰹 ロックフォール リンゴ」

鳥の巣のようにこんもり盛り上がった揚げポワローネギを避けると、中から藁焼きで燻香をつけたスマガツオが。ロックフォールチーズとバターのホイップ、リンゴと玉ネギのヴィネグレットソースで食す。

「仔鳩 デーツ もやし」

鳩には豆、ということで豆もやしを添えたフランス産仔鳩のロティ。デーツ(ナツメヤシ)入りの甘いソースがまとめ役。

別添え、焼きたてでやってくるキューブ型のパイにぎっしり詰め込んだ仔鳩の内臓は赤ワインのよき友。

 

「紫蘇 ヨーグルト」

ここからデセール。青紫蘇の風味を添えたシャリシャリ凍ったヨーグルト。マスカットとともに口中を爽やかにしてくれる。

 

「栗 蕎麦 ローリエアイスクリーム」

ふたは蕎麦粉を使ったメレンゲ。素朴だが、風味があって軽やかで、洗練されている。中には栗の渋皮煮、ローリエ風味のアイスクリーム。

「小さなお菓子」

お茶の後、物語は振り出しに戻る……と見せかけて、チョコ菓子でおしまい。ごちそうさまでした!