カウンターのみだから音や香りが楽しめる

店内は最大8席のカウンター席のみ。目の前で繰り広げられる料理の匂いや音に五感が奪われる。

築地3丁目にオープンした「櫻木」は、ホテルのレストランで20年近く研鑽を積んだ櫻木出さんが、2年かけて独立準備をして手掛けた店。丁寧な料理と気持ちの良いサービスが早くもリピーターを生んでいる。

目の前で燻され、供されるタタキ

この日のタタキはメジマグロ。皮目の香ばしさがアクセント。

櫻木のメニューは、2万円の月替わりのコースメニューが一つのみ。先付けから始まり、揚げ物やお椀、お造り2種、焼き物、和え物が続き、小鍋仕立てから炊きたてご飯の「食事」へと進む。デザートを含め計10品前後だが、実は「食事」で提供されるご飯が3種類あるため、量的にはかなり満足感あるコースとなっている。

一口目は薬味とともにそのまま。二口目は添えられた福井県産の地がらしで楽しめる。

先付けから始まり、削りたての鰹節でとった出汁をお椀としていただいたら、次なる楽しみはお造りだ。2種あるお造りのうち、後半に供されるのは店内で皮目を焼き上げたタタキとなる。秋までは主に鰹となるが、冬場はメジマグロを予定しているといい、この日はメジマグロが提供された。

コースが進むと、備長炭で炙られたメジマグロの脂がチリチリと焼ける音と香りが店内に広がる。仕上げは藁で一気に火力をあげての燻しと焼き上げ。カウンターのみの店だけに、音や香りがダイレクトに届き、期待が高まる。

メジマグロの上には薬味がたっぷりと盛られ、厚みのある角型にカットされたマグロとともに「もしゃもしゃ食べてほしい」とのこと。言われたとおりにしてみれば、燻された魚と香ばしい皮、さわやかな薬味の風味が広がる。遠慮なく大きく口を開けて頬張るのが正解だ。

ボリュームたっぷりな「小鍋仕立て」

ゆずの香りと菊のほのかな苦みが食欲をそそる。

お造りの後、コースは季節の食材を使った煮物や、旬の魚を塩焼きにした焼き物、口直し的な位置づけにもなる和え物が続く。和え物では夏は、ずんだ和えが好評だったそうで、これからの季節は白和えや胡麻和えなども展開していく予定だ。

一つ一つの量がしっかりある同店だが、それぞれの味わいにメリハリがあるため、するりと食べ進めることができる。とはいえ、食事前の「小鍋仕立て」もなかなかの量。小食な人は一声かけて調整してもらうと良いだろう。

ごろりとした甘鯛の存在感がたっぷりな「小鍋仕立て」。

コースの始めのお椀は、削りたての鰹節からとる一番出汁を楽しむためのもの。一方こちらの「小鍋仕立て」は、出汁と魚のうまみを楽しむための一品だ。

魚は毎日、豊洲で仕入れてくるため日によって異なるが、この日は甘鯛が使われ、秋らしい菊花と湯葉が体を温めてくれる。弾力がありつつもほろりとほぐれる甘鯛は、この大きさだけに魚としてのうまみもしっかり味わえる仕上がりになっている。

楽しみ方は色々。味わい深い土鍋ご飯

炊きたてのご飯が3種に変化。白飯のまま自家製の糠漬けなどで食べるのもいい。

そしていよいよ、お楽しみの「食事」だ。近年の日本料理では〆のご飯を様々な食べ方のアレンジで楽しませてくれるお店が増えている。同店でも、土鍋で炊いた白飯をたっぷり、様々な味わい方で楽しんでもらおうと、4つの変化でもって出迎えている。

米は新潟の「新之助」。玄米で仕入れ、店内でその日に精米している。

まずは、最初に煮えばなの白米。火からおろし、蒸らしに入る直前の白米「煮えばな」をひと掬いして、お茶碗へ。

この段階ではまだうっすらと芯があるが、土鍋の蓋が閉められ、そこから米がご飯へと変わっていく。その境界線上の食感と味を楽しむのが煮えばなの白米だ。

最初の一口を味わったら、後は同時にお膳に並べられる味噌焼きや西京焼きにした小ぶりの魚、お新香で食すのも良いだろう。これから新米の時期を迎え、ますます米の味が楽しめる献立だ。

お腹がいっぱいでも食べたくなる3種の小丼

大きめに削られた鰹節が惜しげもなく盛られる。

櫻木の「食事」の魅力は、その変化にある。白飯として楽しむだけではなく、3種類の小丼で楽しむことで、ご飯の魅力を多方面から引き出しているのだ。

蒸らしが終わり「ご飯」となって最初に味わうのは、削りたての鰹節をたっぷりとかけたおかかご飯を超えた鰹節ご飯。枕崎のカビ付け背節を目の前で削って盛ってくれる。しっかりした歯ごたえとうまみ、香りが引き立つ贅沢な鰹節に醤油を一回し。ワサビとともにいただくと、シンプルなおいしさの力強さを実感できる。

酸味とうまみのバランスがマグロの「はがし」の部分を使ったご飯。

次に提供されるのは、とろろとマグロの小丼。すり下ろした自然薯に、うまみの強いマグロの筋から身をこそげとった「はがし」をのせ、海苔の佃煮とともにいただく。粘り気が強く風味のある自然薯に対し、うまみの強い「はがし」は負けていない。おかかご飯がシンプルなうまさなら、こちらは重ね合わせたうまみを楽しむご飯だ。

なお、3種類のご飯が順番に出てくるのは、櫻木さんが一人で提供しているためで、次に来るそぼろ丼を待って、同時に食べ比べることもできる。

取材した9月中旬は新生姜の時期。粗みじんにした生姜の食感が楽しい。

鰹節でシンプルに、次に魚でご飯をいただいたら、もう一つはやはり肉だろう。鶏肉を粗くミンチにした噛み応えある鶏そぼろは、見た目の力強さに反してやさしい味わい。新鮮な卵を崩して絡めることで、卵ご飯のように味わうこともできる。

もう少し、お腹に余裕があるなら茶漬けなどの四つ目の小丼もリクエストが可能だ。また「お腹がいっぱいで全部は入らなそう。でもせめて3種は全部食べたい」という人は一つずつの量を減らしてもらうことも可能なので、相談してみよう。

「わかりやすいうまさ」を目指す

鰹節を削る姿は真剣そのものだが、話してみると気さくで話題が豊富な櫻木さん。

櫻木さんはホテルのレストラン勤務の後、知り合いの店の手伝いなどしながら準備を進め、8月にこの店をオープンさせた。
コースを1種類にすることで、一つ一つの料理に手間をかけ、客対応やサービス面にも力を入れる。全方位に気配りがなされた居心地の良い店だ。

そんな櫻木さんが目指しているのは「わかりやすいうまさ」だと言う。手間をかけ複雑な味わいを追い求めるのも悪くはないが、何を食べているのかを食べている人が考えながら食べるのではなく、見てわかり、食べてシンプルにおいしいとわかるものが良い。
だからこそ、コース最初のお椀が出汁そのものであり、土鍋ご飯の煮えばなの提供なのだろう。

そしてシンプルであればあるほど、素材の持つ力とそれを引き出す技量が求められる。

古木を使った看板が目を引くエントランス。

わかりやすさへのアプローチは、コース構成に組まれている。和え物など、幾重にも組み合わさったうまみの多重奏を楽しむ料理が差し込まれることで、コース全体にメリハリが生まれているのだ。それだけに食べ終わった後の満足感は大きい。

器や膳にもこだわる。店内のインテリアデザインは人気の日本料理店を手掛けたデザイナーによるもの。

こういった料理のアイデアの根源を聞くと「古典を掘り下げていくのが好きです」との答えが返ってきた。江戸時代の料理の文献などを見るのが好きだそうで、そういったところから素材のポテンシャルの引き出し方などを探っていくそうだ。

「生のマグロを食べるなら寿司屋が一番だと思っています。それならば、料理屋が出すならどんな料理が良いのか。常にそこを考えています」という言葉通り、手間をかけながらも飾り過ぎない、素材のうまみを引き立てた料理が楽しめる。
献立が変わるたびに訪れたい店がまた一つ生まれた。

※価格は税込、サービス料別。

※外出される際は人混みの多い場所は避け、各自治体の情報をご参照の上、感染症対策を実施し十分にご留意ください。
※営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、最新の情報はお店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。

取材・文:岡崎たかこ(UP SPICE)
撮影:玉川博之(UP SPICE)