『百名店』の京都の和菓子
長い歴史を刻み、職人の心が宿る京都の和菓子。その精妙で奥深い世界を頂く側も知ることができれば、より親しみを持って楽しむことができるはずです。
食べログでは全国の菓子店の中で食べログユーザーから高い評価を集める100店として『食べログ スイーツ 百名店』を発表。和菓子店は25店舗、そのうち京都の店は10店舗が選出されました。
洋菓子店ばかりが並ぶと思いきや、和菓子の人気は現代でも衰えることはなく、しかもその多くが京都の店という結果でした。これは、“和菓子といえば京都”、“京都といえば和菓子”という考えが、どれだけ時を経ても日本人に根付いているからこそではないでしょうか?
今回も『百名店』に集まった京都の和菓子店を、和菓子ライフデザイナーの小倉夢桜さんに紐解いていただきます。
其の三、「松寿軒」
京都を代表する河川である、鴨川。その鴨川に架かる大きな橋の一つが四条大橋です。四条大橋から南へ団栗橋(どんぐりばし)に続いて、鴨川に架かっている松原橋と呼ばれている橋。その昔、安土桃山時代以前までは、こちらの橋が架かる通りの名を五条大路と呼び、橋の名を五条橋と呼んでいました。
あの有名な牛若丸と弁慶の決戦に登場する“京の五条の橋の上”は、現在の松原橋のこととなります。
松原橋から東へ、石畳が美しい花街の一つ宮川町の町並みを横目にして徒歩3分。今回ご紹介させていただきます「松寿軒」というお店があります。
私がこちらのお店のお菓子と出会ったのは数年前。建仁寺の塔頭である「両足院」で行われた初夏の特別公開のお茶席でした。出てきたお菓子から感じる気負いのない優しさ、安心感を今でも鮮明に覚えています。
そのお菓子を作られているご主人は、若くに先代が他界された為に、お菓子作りを教えられることなくお店を切盛りしてこられた苦労人。苦労をしてこられたからこそ、にじみ出てくる優しさがお菓子にも表れています。
お店を営むにあたって気をつけていることは?という質問に、間髪容れず“安心、安全であること”、という回答。
「当たり前のことやけど、その当たり前のことを大切にしていかなあきません」
「言い換えれば“人”を大切にすることやと思てます」
「お菓子を買ってくれはるのも“人”、食べてくれはるのも“人”ですやろ」
「そやから、お菓子もあまり出しゃばらない“人”に寄り添えるものを作っていこうと心がけてますわ」
ご主人と話をしている間にも、お客が絶えることはありません。店内には、通常販売されている食感に合わせて餡を変えているこだわりの最中やどら焼きが並んでいます。
そして、京都の四季に合わせて日々替えて販売される上生菓子。こちらのお菓子は店頭販売の数が少なく、すぐに売り切れてしまうので要予約の商品です。
予約をされる時は、必要な数量のみであとはお任せ。日々、替わる上生菓子の予約には、それ以上の質問は不要です。あとは、当日にどのようなお菓子と出会えるかを楽しみにするだけ。
この日は七十二候「菊花開(きくのはなひらく)」に合わせて作られた菊をモチーフにしたお菓子たちでした。
まさり草
京都では、この時期になると見かける菊の代表的な意匠の「まさり草」。高価な丹波産の白小豆を使用した餡を外郎で包み気品のある白菊を表したお菓子です。
玉菊
粒あんを道明寺で包んで氷餅をまぶした「玉菊」。道明寺のモチっとした食感が印象に残るお菓子です。
お客様がイラストを数十年前に描いてくださったもので、そのイラストをこの時期になると店内に飾っているそうです。人を大切にされているご主人の気持ちが、このようなところにも形となって表れているのですね。
千代菊
こしあんをこなしで包んで、ヘラで菊のカタチに仕上げた「千代菊」。
万珠菊
そして、菊を表現した上用饅頭の意匠といえば、京都ではこの意匠なくしては語れません。尾形光琳によって創り出された菊の文様といえば「光琳菊」。その文様をテーマにしたお菓子。上用饅頭の中ほどをくぼませて菊の花とし、葉を織部(暗緑色)で表現しています。
無駄を一切省いた「光琳菊」は京菓子を代表する意匠です。一般的には「光琳菊」と呼ばれているお菓子ですが、こちらのお店では「万珠菊」という銘が付けられています。
日々、変わりゆくお菓子から“今だけ”の京都を感じてみてはいかがでしょうか。