【おいしいパンのある町へ】

Vol.3
神奈川・大倉山「TOTSZEN BAKER’S KITCHEN(トツゼン ベーカーズ キッチン)」

渋谷駅から元町・中華街行きの東急東横線、特急と各駅列車を乗り継ぎ、約25分。沿線上でもマイナーな駅のひとつである「大倉山駅」に到着。よほどの目的がないと降り立つ機会のない町だが、じつは横浜市民の間では、隠れた名店がそろう穴場のグルメスポットとして、密かな人気を誇る駅。

 

人通りの少ない駅前から、わずか徒歩1分。静かな町並みのなかで、ひときわ賑わうビルの一角に目を奪われる。そここそが、平日の昼間から客足が絶えない人気のパン屋、「トツゼン ベーカーズ キッチン」だ。

都心にはない、静かな町並みに惹かれて

店長兼ブーランジェを務めるのは、一流ホテル「横浜ベイシェラトン ホテル&タワーズ」のレストランで長年パン作りを担当してきた、内山芳雄さん。職場の同僚であった岸本拓也さんに誘われ、2006年に独立を決意。お互いに愛着のある横浜で開業したいとは考えていたものの、具体的なエリアは決まっておらず、町探しから始めたそう。

「横浜はパン屋が多いのですが、大倉山は、珍しく本格的なベーカリーがなかったんです。町の人に話を聞くと、わざわざ東京まで買いに行くという人も少なくなかった。“これはチャンスかもしれない”と思い町を散策してみたら、駅近くに繁華街がなく静かで、住民の方たちもみな上品。都心にはない落ち着いた雰囲気に魅了されて、ここにしようと決めました」

お店のテーマは“ちょっと身近な、ホテルのベーカリー”

本格的なホテルのベーカリーの雰囲気を目指し、外観や内装のデザイン、さらにパンのラインナップにも、高級感を意識していたというオープン当初。「しかし時代の流れとともに、人々の嗜好の変化を感じるようになりました。今求められるのは、本格派にB級感が共存するパン屋だなという直感から、オープン4年後の2010年にリニューアルを兼ねて、店の方針を大きくシフト。ホテルのベーカリーほどハードルが高くなく、身近だけど、ちょっぴり贅沢。そんなパン屋を目指しています」

高級感とB級感という両極にある価値を共演させるべく、パンのベースとなる小麦粉を厳選。「普通のベーカリーが使う小麦粉の数は、多くても5~6種類ほど。しかしここで扱っている小麦粉は、全部で17種類。国産のものからドイツ産のライ麦やフランス産小麦などを、使う具材にマッチするようにブレンドしています。生地がおいしいと、定番の惣菜パンが、ほどよく高級感のある味わいになるんです。こればかりは、選び抜かれた素材を使ってパン作りをしていた、ホテルでの経験があるからこそできる技だと思っています(笑)」

いつ訪れても“変化”のあるパン屋を目指して

「トツゼン ベーカーズ キッチン」で特筆すべきは、やはりそのユニークなネーミング。理由を聞いてみたところ、「ふと突然行きたくなるパン屋さんって、あるじゃないですか。僕たちもお客さまに、そんな気持ちを抱いて欲しかったんです」という答えが。「都心のように観光客やオフィスワーカーがいない駅で愛されるパン屋になるためには、地元の人の心に根付き、飽きられないことが絶対条件。そのためにも、新しいメニューの考案には、かなり力を注いでいます」

 

 

「お客さんが、いつ訪れても“変化”を感じられるように」、ベーシックパンを含む40~50の定番商品に加えて、季節ごとに旬の食材やトレンド食材を取り入れたデニッシュ・惣菜パンを10種類ほど加えているそう。目移りしてしまうほど豊富なラインナップのなかから、人気の商品を教えてもらった。

ひとり1本購入が当たり前の「明太フランス」

2010年のリニューアル時に誕生して以来、惣菜パンの売り上げ1位を独走し続けるのが、フランスパンに明太子をたっぷりとかけて焼き上げた「明太フランス」(335円)。「ひとり1本買うと言っても過言ではない」という言葉通り、取材中もひっきりなしに売れ続け、なかには5本購入していく人も!

 

「使用する素材は、どれも吟味して選んでいる」という内山さんのこだわりから、人気メーカー「かねふく」の明太子を使用。切れ目から手でちぎると、中にも明太子がたっぷりと練りこまれている贅沢さ! 「配合は企業秘密」というもちもちの生地に、粒の食感と塩気がベストマッチ。プチバゲットほどのサイズだが、ペロッと完食してしまうこと間違いなし。

旬のフルーツを使った「フルーツデニッシュ」

女性客から絶大な支持を誇るのが、常時2〜3種類が並ぶ、旬のフルーツを使用したデニッシュ(259円〜)その日ごとに厳選する新鮮なフルーツを使用しており、常時2~3種類が並ぶ。「かなりの頻度で具材を変えているので、お客さんから“あれないの?”と声をかけていただくこともしばしば。“もう度食べたかったなあ”と感じてもらうのも、この店の狙いなんです(笑)」

 

パリッと焼き上げられた生地からほのかに感じられる塩分が、フルーツの甘さのアクセントに。中のカスタードクリームは甘さ控えめのさっぱりとした味わいで、フルーツの酸味を上品に引き立てる。

 

イタリアのチャバタに、フランスのパン・ド・ロデブ&ドライフルーツたっぷりのパン・オ・フリュイ、ドイツのロッゲン・シュロートという、各国を代表するハードパンの4種類を、週3限定で販売。これを目当てに来店する熱狂的なファンも多く、売り切れ必至なんだとか。

大倉山土産の新定番! 「幸せのバナナぱん」

キュートなイラストが目を引くパッケージを開けると、ずっしりとしたバナナパンが登場。「大倉山を代表する名物にも成長するような、店の看板商品を作りたくて。子どもも大人も“幸せになれる味”を求めた結果、万人に愛されるバナナを使用。お土産としても喜ばれるよう、パッケージにもこだわりました」。(540円)

 

 

生のバナナを生地の割合の限界まで練り込んでおり、しっとりとした食感はまるでスイーツ。香料は一切使用しておらず、口から鼻に抜けるバナナの香りは新鮮そのもの。さっとトーストしてバターを添えれば、朝からハッピームード満点に!

内山さんに聞く、大倉山の一押しグルメ

お店がオープンしてから、今年で12年目。大倉山の飲食店を知り尽くす内山さんに、お気に入りのお店を聞いてみた。

具材たっぷりのパエリアが絶品!「コスタ・デル・ソル」

「大倉山には隠れた名店がたくさんありますが、ここが一番のお気に入り」と太鼓判を押すのが、大通りから外れた細い路地にひっそりと佇むスペイン料理店。「雰囲気も味も、100点満点。何を食べても美味しいけれど、具材たっぷりのパエリアは外せません」

アットホームなケーキ屋さん「ピオン」

スイーツ好きの内山さんが大倉山で選ぶ、ケーキ店がこちら。「アットホームな雰囲気が親しみやすくて、なんだかホッとするんです。“町のケーキ屋さん”という言葉がぴったりだけど、味は都内の名店にも勝ると思います。シンプルなシュークリームが好き」

もっと知りたい大倉山の“おいしい”

食べログでキャッチした、大倉山のグルメ情報はこちら

 

取材・文:中西彩乃
撮影:山本マオ