〈福岡のソウルフード〉
関門海峡を挟んで、本州に隣接する福岡県北九州市。九州の陸の玄関口・JR小倉駅がある小倉エリアは、細川忠興が築城した小倉城を中心に栄えた城下町です。そんな小倉城下で、江戸時代から愛されてきたのが「ぬか炊き」。近海で取れたイワシやサバを、醤油やみりんとともに、ぬか床を加えて炊いた郷土料理です。今回訪問した「宇佐美商店」では、三代に渡りぬか床を守り続け、昔ながらの商店街で滋味深いぬか炊きを販売しています。
教えてくれたのは
戸田千文
愛媛県出身。広島、東京生活を経て、転勤族の夫とともに2018年夏に福岡暮らしをスタートした。情報誌やレシピ本、WEBコンテンツの企画・制作を通して出会うローカルのおいしいモノ・楽しいコトが大好き。
まるで昭和の街並み。旦過市場にある宇佐美商店
「宇佐美商店」があるのは、JR小倉駅から徒歩10分ほどの場所にある、北九州の台所・旦過市場です。昭和30年代に建てられた長屋式の商店街で、野菜や鮮魚、練り物、乾物などを扱う、昔ながらの専門店が並んでいます。アーケードに足を踏み入れると、まるで昭和にタイムスリップしたかのよう。店主と客の距離も近く、井戸端会議の話し声、すれ違う人同士の挨拶などがあちこちで聞こえてきます。
1946年創業の宇佐美商店も、そんな昔ながらのお店の一つ。店頭には、看板商品のぬか炊きをはじめ、自慢のぬか漬けや乾物などが並んでいます。迎えてくれたのは、店主の宇佐美雄介さん。祖父の代から続く店を、2018年に継承しました。
祖母の嫁入り道具で作るぬか炊き
雄介さんの祖父がはじめた同店は、食料品店として創業されました。ぬか漬けを販売するようになったのは、祖母の信(のぶ)さんがお嫁に来たことがきっかけ。
「小倉では、昔、ぬか床が嫁入り道具の一つでした。祖母も、風習にならってぬか床を持って祖父のもとへ嫁入りしたのですが、そのぬか床で作るぬか漬けがおいしかったことから、店で販売することになったんです」
現在、同店の看板商品である「ぬか炊き」にも、祖母から叔母へ、そして雄介さんへと受け継がれ、およそ100年の歴史があるぬか床は欠かせない存在です。ぬか炊きの作り方は「味噌煮を作るのに似ている」と雄介さん。イワシやサバを醤油や砂糖、みりんなどとともに煮込み、味噌のかわりにぬか床を加えます。
「かつての小倉藩主・小笠原忠真がぬか漬けを好んでいたことがきっかけで、城下の人にもぬか漬けが広まり、ぬか床を大切にするようになったのだとか。また、北九州は近海で、イワシやサバがよく取れるのですが、足が早い食材です。そのため、保存食としてぬか炊きが広がったと言われています」
野菜を漬けているうちに少しずつ水が出て緩くなってしまうぬか床。ぬか床が傷む原因になるので、緩い部分は取り除かねばならないのですが「もったいない」と青魚と一緒に炊くようになったのがぬか炊きのはじまりなのだとか。
ぬか床を加えることで、青魚特有の臭みがなくなるだけでなく、さらに野菜の旨みやぬか床に使われている山椒や唐辛子の辛味が加わることで、こっくりとした甘辛い味に仕上がるのです。