飲食業界にとっても色々あった2020年。それでもやっぱり食への欲求は止まらないし、食のトレンドは生まれ続けるものだ! ということで、今年話題となった食トレンドをおさらいしようというこの企画。カレーを筆頭に、ここ数年で大きな盛り上がりを見せるスパイス料理。なかでも、今年特に注目を集めた専門店ジャンルのひとつにネパール料理があるが、連載「森脇慶子のココに注目」でお馴染みのフードライター・森脇慶子さんも、今まさにネパール料理に夢中だとか。

そこで、今年出合ったレストランのなかでも特に印象に残ったというネパール料理店を教えてもらうことに。まずは、まだ知らない人も多いであろう、その料理のルーツから解説してもらおう。

インド料理とどう違うの? フードライターも夢中の「ネパール料理」のルーツ解説&おすすめの専門店を紹介!

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近頃、ネパール料理がちょっと面白い。これまでのオーソドックスなスタイルの店に加えて、モダンで洗練されたネパールレストランがオープン。注目を浴びているのだ。とはいえ、“ネパール料理”と言われても、カレーっぽい料理? インド料理とどう違うの? 等々、漠然としたイメージしか浮かばない方々も多いのではないだろうか。そこで、ここで少しだけお勉強。ネパール料理の基礎について調べてみた。

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まずはその場所。「ネパール」、正式には「ネパール連邦民主共和国」は、世界最高峰の山々が連なるヒマラヤ山脈の南麓に位置している。北はチベット、南はインドに接した小国で、広さにして北海道の1.8倍ほど。この狭い国土に、さまざまな民族が暮らす多民族国家だ。それゆえ、食習慣にしても、肉をよく食べる民族もいれば菜食主義の民族もいる等々、一口にネパール料理と言っても民族によって様々。隣接するインド(特に北)やチベットの影響を強く受けているとはいえ、その多様性もネパール料理の特徴のひとつかもしれない。

ちなみに、ざっくりと分けるならば、都市部を中心に住むネワール族の料理、人口の半分を占めるヒンドゥー文化の料理が特徴であるカス族の料理、そしてヒマラヤ高地に住むチベタンの料理とそれよりもやや低域に住み肉をよく食べるタカリ族の料理が代表的だろうか。

そんななかで、全国共通とも言えるのが“ダルバート”。日本のネパール料理店でもよく見かけるワンプレートミールだ。ダル=豆のスープ、バート=ご飯のことで、日本で言うならさしずめ味噌汁とご飯。これにカレーと数種のタルカリ(おかず)やアチャールと言われる漬物がつくそれは、まさにネパール式定食といったところだ。

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さて、そのネパールのカレーだが、インド料理のそれに比べると、スパイシーではあるが、辛味は比較的マイルド。味わい的にはサラッとしてシンプルな仕立てのカレーが多いようだ。また、ダルバートが基本的な食事スタイルゆえ、主食は米が基本。インドでも米は南や東で食べられてはいるものの、そのほかの地域ではナンやロティ、チャパティ等のパン類が主食。これもインド料理との相違点のひとつかもしれない。また、“モモ”(餃子)、“トゥクパ”(うどん)などネパール料理店ならではの料理は、チベットの影響を受けたチベタンの料理である。

日本で最も古いネパール料理店は(筆者の知りうる限り)、1976年、長野県にオープンした「クンビラ」(現在は閉店。恵比寿に支店あり)だと思われる。その後、いくつかのブームを経て、数多のネパール料理店が東京の至る所で産声を上げてきた。その多くは、コースはあるものの、大抵はダルバート中心に、“モモ”や鶏などをスパイスで直火焼きした“セクワ”といったおつまみ的一品料理の数々が花を添えるといった体の店がほとんどだったろう。どちらかと言えば、食堂、或いは居酒屋的な店が多かったネパール料理店が、今、少しずつ様変わりしつつあるようだ。

関西から東京進出。ネパール料理の可能性をコースでじっくり堪能「OLD NEPAL TOKYO」

先陣を切ったのは、今年の7月、豪徳寺にオープンした「OLD NEPAL」。関西から進出してきたご主人の本田遼さんは、ネパールに魅せられた料理人。最初は和食店で働き始めたものの、賄いで作ったカレーでスパイスに目覚め、ネパール料理店でアルバイト。ついには、23歳で初めて現地へと旅立ったほどの熱血漢だ。帰国後は、大阪で「ダルバート食堂」を開店。スパイスラバーらのハートをガッチリ掴み、更なるネパール料理の可能性を求めて心機一転。東京進出を果たしたというわけだ。

グルマンじゅん
出典:グルマンじゅんさん

その本田さんが語る。

「初めてネパール料理を食べたとき、何かすごく懐かしい思いがしたんです。身体にすっと馴染んでいくような。僕が生まれ育った神戸市長田区の下町的な食文化に共通するところがあったのかもしれませんね。ネパールに行って更にその思いを強くしました」

今でも、年に数回はネパールの地を訪れては現地の食文化に触れている本田さん。食だけでなくネパールのすべてを愛すればこその料理は、決して日本風にアレンジするのではなく「向こうでは何気なくざっくり作っている料理をきちんと調理しているだけ」とのこと。

えこだねこ
「チキンセクワ」   出典:えこだねこさん

例えば焼き方。炙るものはちゃんと炙る、また、味の詰めもしっかりするなど一つ一つの工程を丁寧に、なぜそうするのかを一から考えながら作る。そうすることで「ネパール料理は、もっとおいしくなるはず。誰が食べてもそう思える料理になるだけのポテンシャルがあると思っています」と、キッパリ。

この店にアラカルトはない。最後にダルバートが出るコース(要予約)が、いわば同店のスペシャリテ。コースでは、最初にカジャと呼ばれるおかず5品が出た後、ダルバートが登場。この提供の仕方にも、ネパール独自の食文化がさりげなく反映されている。本田さんによれば、「ネパールでは、“カジャ”と呼ばれる軽食と“カナ”という米を主食とした食事を交互に食べるんです」。つまりは、朝ごはんのカジャ→昼ごはんのカナ(ダルバート)→午後のカジャ→夜のカナとなるわけだ。

「チャットパット」

ある日のコースのカジャは、川魚のフライにチキンセクワ、ミックスアチャールにチャットパット、そしてとうもろこしのロティの5種。チャットパットとは、ネパールのストリートフードのことで、日本のポン菓子やインスタントラーメン、豆などの酸っぱ辛いミックススナック。ここでは、グレープフルーツのアチャールを添えて爽やかな風味をプラスしている。

「とうもろこしのロティ」

チャットパットだけでなく、とうもろこしのロティには生姜とトマトのアチャールというように、いずれのカジャにも風味や味のアクセントとしてアチャールを必ず添えるひと手間にも、本田さんのおいしさへの細やかな気遣いがうかがえる。

えこだねこ
「ダルバート」   出典:えこだねこさん

メインとも締めとも言えるダルバートは、3種が揃う中から好みを2種選ぶシステム。それにダルスープやアチャール5種、タルカリ(野菜の炒め煮)にザーグ(青菜の炒めもの)等々がついてなかなか豪華。

とうがらしちゃん
出典:とうがらしちゃんさん

選んだグンドゥルック(発酵青菜)のカレーと山羊のカレー共々、香りたつスパイスの風味が、とにかく素晴らしい。「ネパールのカレーはシンプル。スパイスも4〜5種類しか使いませんし、調味料も塩ぐらい。だから、結果的に素材の味をどう引き出すか、がおいしく作るポイントとなるわけです」と、本田さん。

古くて新しいネパール料理を、スタイリッシュなエスニック空間で楽しみたい。

和食材とネパール料理が美しく融合。ネパール人シェフによる革新的な味わいに舌鼓「ADI」

写真:お店から

「OLD NEPAL」に続き、中目黒にオープンした「ADI」もまた、独自のセンスで新たなネパール料理の有り様を示唆する一軒だ。ご主人は、旧ポルトガル領インド・ゴアにルーツを持つネパール人のアディカリ・カンチャンさん。2010年に来日。日本の大学を卒業後、大手アパレル企業に就職するも1年半ほどで退職。紆余曲折の後、麻布でランチのみの間借りカレー店「adhicurry」を始めたところ、これが評判に。そして、今年8月、満を持しての実店舗オープンに至ったわけだ。

以前の店では、自身のルーツでもある南インドとネパールをミックスしたミールスがメインだったそうだが、ここでは、日本の食材とネパール料理を巧みに融合させたメニューで目と舌を楽しませてくれる。

とうがらしちゃん
ランチの「ダルバート」   出典:とうがらしちゃんさん

完全予約制のディナーコース(8品で税抜4,500円)にも、大分県産しいたけや日本の秋の味覚サンマなどがお目見え。ネパールの味に違和感なく溶け込んでいる。カレーのご飯にしても、バスマティライスに新潟のコシヒカリをブレンドしてややもっちり感を出すといった案配だ。

「pani puri」

「ネパール料理は、インドに比べて使うスパイスの種類も少なく、カレーもさらりとして軽め。それだけに素材自体に旨味がしっかりしていないとおいしくないんです」とカンチャンさん。その一言を反映するように、コースに登場する一皿一皿もシンプルだ。

「salad」

例えば「salad」と書かれたしいたけの一品。風味よく焼かれたしいたけに添えた塩漬けにしたレンズ豆や豆煎餅、トマトと玉ねぎのコンカッセはいわばソース。これらをよく混ぜ、しいたけと一緒にどうぞというわけで、際立つしいたけの香りに、食感のコントラストが小気味よい。

「Kwati」

また、お馴染みのダルスープ「Kwati」は、通常のポタージュ状ではなく、豆自体の食感を残したクリアなスープ。そこに水牛のギーやネパールのハーブ“ジンブ”を加えることで、シャープでメリハリのある旨さを引き出している。

「Duck Sekuwa」

そして極め付けは「Duck Sekuwa」。これが極めてシンプル。皿の上には、パリっと皮目も香ばしくジューシーに焼き上げられた鴨に、ソース代わりの黒ゴマのアチャールのみ。そのセンスある組み合わせとヴィジュアルは、そのままフュージョン系フレンチの一皿としても、十分通用しそうだ。

kei~
「Sanma Curry」   出典:kei~さん

どの料理も決して奇をてらっているわけではない。見た目や味わいはモダンでも、ネイティブなネパール料理を食べた満足感はきちんと残る。そこには、常に原点を見つめようとする熱い思いが感じられるのだ。伝統的なネパール料理の真髄に迫り、シンプルなればこその素材感を活かした料理を前面に押しだす。

「OLD NEPAL」と「ADI」、この両店に共通するその考えこそが、まさに“革新的”と言えるのかもしれない。

※時節柄、営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、お店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。

※外出される際は、感染症対策の実施と人混みの多い場所は避けるなど、十分にご留意ください。

※本記事は取材日(2020年11月13日)時点の情報をもとに作成しています。

文・写真:森脇慶子