飲食業界にとっても色々あった2020年。それでもやっぱり食への欲求は止まらないし、食のトレンドは生まれ続けるものだ! ということで、今年話題となった食トレンドをおさらいしようというこの企画。ことにトレンドの生まれやすいスイーツのなかでも注目を集めたジャンルのひとつが「プリン」。そこで前編は、今年特にスイーツファンやSNS上で話題にのぼることの多かった“かたいプリン”を、後編ではやっぱり食べたくなる“やわらかいプリン”をフィーチャー。

スイーツと言えばこの方、連載「スイーツ探訪」でお馴染みのお菓子の歴史研究家・猫井登さんに、かたいプリン&やわらかいプリンについてじっくり解説していただきましょう!

プリンの由来物語 〜ルーツはなんと、ソーセージにあった!〜

プリンが日本に伝わったのは、江戸時代後期から明治時代初期の頃といわれている。イギリスから伝わった「pudding(プディング)」が、当時の日本人の耳には「プリン」と聞こえ、その名で定着していった。それでは、イギリスにおいてプディングはいかに誕生したのか?

プディングのルーツを遡っていくと、ソーセージに行き着くといわれる。牛や豚等を解体すると、肉のほか臓物や血も出てくる。これらも貴重な食糧だが、やわらかい内臓や液状の血は扱いが難しい。そこで同じく解体したときに得られる腸に肉の小片などとともにそれらを詰めることを思いつき「腸詰=ソーセージ」が生まれた。血入りのものは、色が黒くなるので「ブラック・プディング」と呼ばれた。一方で、肉や臓物、穀物を牛乳や卵とともに詰めた「ホワイト・プディング」というものも作られるようになり、プディングは「何かを詰めたもの」という広い概念になっていく。

ちなみに血入りのソーセージは現在でも作られ、フランス料理では「ブーダンノワール」の名でビストロなどでポピュラーな料理。17世紀になると家庭では、腸に詰める代わりに「プディングクロス」と呼ばれる布にたっぷりの小麦粉をふるいかけ、材料を包み、茹でるという調理法が確立される。これによりプディングのバリエーションは一気に広がり、牛乳、卵に穀物のほか、パンくず、ドライフルーツ、ナッツなどを加え、スパイスなどで味付けをするようになる。

イギリスのクリスマス菓子として名高い「クリスマスプディング」や「パンプディング」なども、この頃に生まれたとされる。19世紀頃になると、「プディングベイスン」と呼ばれる専用容器が登場し、クロスに包んで「茹でる」やり方から、容器に入れて「蒸す」やり方に変化していく。

七つの海を支配したといわれるイギリス海軍では、船上で食料を無駄にしないように、余ったパンくずや肉の小片などをとっておき、卵液と一緒に蒸し焼きにした。日本で言えば、ごた混ぜの茶わん蒸しにして食したようなもの。

なぜ今、人々は「かたいプリン」に惹かれるのか?

では、なぜここにきて、かためプリンが再び人気を得ているのか? まず1つ目は、新しく「令和」の時代を迎えるにあたり、あらためて「平成」「昭和」の時代を振り返るメディアの特集が相次いだことだろう。実は2018年頃から、いわゆる昭和の雰囲気を残すノスタルジックな風情の「喫茶店」の人気が上昇している。雑誌「東京人」が2019年6月号で「純喫茶宣言!」という特集を組んだのをはじめ、amazonで「純喫茶」関連の書籍を検索すると、2018年以降、かなりの数が出版されているのが分かる。

純喫茶が紹介される中で、その特徴的なメニューのひとつである「かためプリン」が注目を浴びた。昭和を生きた年代は懐かしさを感じ、若い世代はエモさを感じたのだろう。2つ目は、かためプリンのビジュアルとSNSによる拡散だろう。やわらかめのプリンは生地がゆるいので容器からそのまま食べるものが多いが、かためのプリンは型から出され、上にクリームなどをのせて供されることが多い。そのビジュアルが話題となり、SNSで広がったことも大きいのではないだろうか。

3つ目は、食の欧米化が深く浸透し日本人の食の好みも昔と変わりつつあることが挙げられよう。例えば、最近では、肉は噛み応えのある赤身肉が好まれる傾向があると聞く。なんでもやわらかな食感を好むとされた日本人の好みが変質しているのかもしれない。さて、前置きがずいぶん長くなってしまったが、おすすめの“かたいプリン”を紹介していこう。

お菓子の歴史研究家が厳選。かたいプリンを食べるならこの3店!

【三田のおいしいかためプリン】「グーテ・ド・ママン

オーナーパティシエの三富恵子さんが1983年に始めたお店。当初は6坪の屋根付き車庫でのスタートだったという。グーテ・ド・ママンは直訳すると、「お母さんのおやつ」。店名の通り、お母さんが作ってくれるような、添加物、香料、お酒は使わない、素朴で懐かしい感じのスイーツが並ぶ。

玄関を入ると正面にショーケースがある。右奥には4人掛けのテーブルが2つあり、こちらでイートインも可能。日にもよるが、プリンは人気商品なので、確実にプリンを入手するには予約をするのがおすすめ。

持ち帰りにはアルミカップ入りをどうぞ

持ち帰りの場合は、アルミカップ入り。底にカラメルソースが入っている。イートインで食べる場合は、お皿に出してくれる。

「キャラメルプディング」420円(税抜)

カラメルソースは、流動性が高く液状で苦味が強め。生地は甘さ控えめで、ミルキーさよりも黄身の味わいが勝っている。しっかりとした食感で、半分くらい食べても自立する強度だが、舌触りはなめらか。

【渋谷のおいしいかためプリン】「コーヒーハウス ニシヤ

渋谷駅から徒歩8分。六本木通りと明治通りをつなぐ八幡通りの角地にある。オーナーの西谷恭兵氏は、2004年「ジャパン・バリスタ・チャンピオンシップ」準優勝という経歴を有する。「ニシヤ」が目指しているのは「北イタリアのバール」。コーヒーマシンにはイタリアン・バールの伝統を継承し、エスプレッソマシンの源流といわれるチンバリを採用。店の左手にはテラス席も設けられている。

「カプチーノ」550円

せっかくコーヒーハウスに来たので、人気の「カプチーノ」を注文してプリンを待つ。素晴らしいラテアートの施されたカプチーノが到着。ほんのりとココアの香り。泡がきめ細かく、まろやかな味わい。後味もすっきり。

「ビチェリン」900円

このお店を訪れたら、是非試してほしいのが「ビチェリン」。イタリア・トリノ発祥の伝統的な飲み物だ。下のホットチョコレート、エスプレッソの温かい層と、上のミルクと生クリームの冷たい層のコントラストが面白い。文豪ヘミングウェイが「世界で残すべき100のもの」のひとつに選んだともいわれる。

「プレミアムプリン」550円

SNSでフォトジェニックなプリンとしても評判の高いこちらのプリン。上には粉砂糖が振りかけられている。生地はしっかりとした食感で、程よい甘さ。ミルキーさと卵の味わいのバランスがよく、まろやかで一体感のある味わい。上にのせられた生クリームにはエスプレッソとブランデーが加えられており、生地をクリームと一緒に食せばより奥深い味わいに。

※価格はすべて税込

【松陰神社前のおいしいかためプリン】「カフェ・ロッタ

「カフェ・ロッタ」は、オーナーの桜井かおりさんが2001年3月にオープンしたお店。元々、テディベアの専門店等に勤務されていたが、カフェのオーナーであるご主人と結婚されたのを機に、ケーキ学校に2つも通われ、ご自分のお店をオープンされた。桜井さんの優しい人柄やお店で使用されている食器のセンスの良さもあり、女性を中心に全国にファンが存在する。

7〜8人で一杯になってしまうお店なので、開店前にお店の前で並んでいたら、別のお店で購入したケーキを入れた保冷バッグを持ったオッサン(私のことだ)にも「お店の冷蔵庫で預かっておきましょうか?」と声をかけていただいた。カフェオレとプリンを注文し、待つことしばし。先にカフェオレが運ばれてくる。

「カフェオレ」650円

取っ手のないボウルにたっぷりと入ったカフェオレの表面には可愛いラテアートが。ロッタちゃんという、かわいらしい子供の顔が描かれることが多いが、この日はオッサンに合わせてくれたのか、控えめなデザイン。カフェオレのまろやかな味わいを楽しみながら、窓の外をぼんやりと眺めているとプリンが運ばれてきた。

「プリン」500円

こちらのプリンは、ビジュアル的にも、なかなかの迫力。バニラアイスクリーム、生クリームがのせられている。それらの重量に耐えうる、しっかりめの生地。味わいは、ミルキーでありながら卵のコクもキッチリと感じられる、しっかりとした旨味を持ったプリン。カラメルは苦めだが、アイスクリームや生クリームと合わせると程よい味わいに。

遠方から1人でやって来たと思しき若い女性が、食器について桜井さんと静かに談笑。プリンの味わいの余韻に浸りながら、店内を流れるゆったりとした時間をしばし楽しみ店を後にしたのだった。

※価格はすべて税込

やわらかいプリン編も見逃せない!

甘いチョコレートとしょっぱい煎餅などの無限ループが囁かれるように、かたいプリンを食べれば今度はやわらかいプリンが食べたくなってしまうのが甘いもの好きの性。後編では、やっぱり恋しくなる「やわらかいプリン」のおいしいお店を紹介します。是非併せてご覧ください!

やわらかいプリン編はこちら:かためと交互に食べたくなる! 専門家が選ぶ「やわらかいプリン」のおいしいお店

※時節柄、メニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、お店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。

※外出される際は、感染症対策の実施と人混みの多い場所は避けるなど、十分にご留意ください。

※本記事は取材日(2020年11月30日)時点の情報をもとに作成しています。

撮影・文:猫井登