目次
〈お通しの旨い店にハズレなし〉
出汁に始まり、出汁に終わる。おぐら家ストーリー
お通しへの期待感。その日最初にいただくひと品目のインパクトが、その日の料理の印象を大きく左右することがある。
知る人ぞ知る、和食屋さんの激戦区、池尻大橋で人気の「おぐら家」。店主の堀内さんが作ってくれるお通しにはいつも驚かされる。
「一見ただのとろみのように見えるんですけど、この泡のジュレ、撹拌させて白くしているんです」と堀内さんは、カウンター越しにいつも僕のような素人の疑問についても、とても丁寧に教えてくれる。
高級割烹料理店と思ってしまうその凛々しい店構えとは裏腹に、そんな気さくなところもこのお店の魅力のひとつだ。
雪化粧が美しい嶺岡豆腐。泡ジュレの秘密とは?
雪化粧のような華やかなジュレの餡掛けは、おぐら家のすべての料理の中心となる一番出汁を使用。
この特製の泡ジュレは、夏場は冷製茶碗蒸しにも使われたりするが、その度に「なんで白いの?」とお客さんに驚かれることも。そんなときは、わざわざ出汁の入ったグラスを見せて説明してあげることもあるそうだ。
ジュレの下には、主役の嶺岡(みねおか)豆腐。千葉県南房総の郷土料理で、こちらではしっかり胡麻を加えて、牛乳と生クリームで作っている。濃厚でありながらもくどくなく、さっぱりとしたジュレとの相性も抜群だ。冬らしい白と白の色の組み合わせに、色とりどりのあられが品良く華やかに仕上げてくれる。合わせるお酒も白ワインがオススメとのこと。
堀内さんのお通しに対する信念は、「インパクトを求めて味を濃くしすぎない」こと。お酒も進みやすく、いきなり濃い味で疲れさせないことが大事だ。
鳴門から毎朝5時のジェット便で届く鮮魚のお造り
お通しに続くのは、来店されるお客さんのほとんどが注文されるという刺し盛り。魅力はなんといっても、日本有数の漁場、鳴門海峡からジェット便で直送される新鮮な魚介類。毎朝5時に出て、渋谷には正午には届くのだからその鮮度は折り紙付きだ。実はこの直送便、東京でいただくことができるのは、おぐら家を含めごく僅か。
きっかけは某有名日本料理店の料理長のお墨付きをいただいたこと。6年前、突然おぐら家に現われたその料理長に気がつき、自分の一番の得意料理である「ニシン昆布」をお通しとして出した。そこで気に入ってもらって、以来その日本料理店と同じ、鳴門の直送便を仕入れ先として使わせていただいているそうだ。
この日のお造りは、カマスの炙りのほか、鯛、アオリイカ、シラサエビ。「鮮度が売りなので、塩とわさびだけでシンプルに召し上がってください」とのこと。
東京近郊の魚河岸と違って、水曜日もお盆もお正月も休みなく仕入れできるのも魅力だ。
柿の種の衣と柴漬けのタルタルで仕上げる濃厚エビフライ
こちらも市場ではなかなか流通しない足赤エビを使った、オリジナリティあふれるエビフライ。足赤エビは、西日本では高級な寿司ネタとしても人気だ。柿の種を砕いて作った衣のサクサクな歯応えと、柴漬けを刻んで仕上げた酸味と食感が楽しめるタルタルソース。どちらも風味と甘みの強い足赤エビにぴったりと合う。
「この足赤エビは、淡路の方ではよくとれるんですけど、関東では珍しいんです。特に身が締まっていて弾力が強すぎるので、うちでは寿司ネタのエビみたいに開いてから揚げているんです」。常連さんのなかにも好きな人が多くて、おぐら家では通年仕入れられるようにしているそうだ。
また、全ての酒器や食器にも本物志向を感じさせるおぐら家。この衣と柴漬けの強い色が映えるコントラストの美しい器は古伊万里で、なんと江戸時代のもの。
名物鯛めしは、店主自らお米を炊くこだわりぶり
もともとは、かしこまった日本料理店ではなく、気軽においしいお酒と食事を楽しんでもらえる居酒屋をやろうと思っていたという堀内さん。そこで生まれた人気メニューが、この「鯛の炊き込みごはん」。
「極力シンプルですね。お通しと同じ一番出汁とお酒と塩、醤油。あとは素材の旨味で足し算、引き算して、調えるって感じですね」
シンプルなだけに、堀内さんは妥協を許さない。必ず自分でおかまにお米をセットして、出汁も自分で入れる徹底ぶり。「水分の量も、やっぱりほんの少しで変わってくるので。お米がひと粒、ふた粒でも違うと思ってやっています」
もちろん、お米そのものも追求する。全国でも生産量が少ない貴重な古代米としても有名な秋田の「緑米」を選んだ。甘みともちもちした食感だけでなく、栄養価の高さも人気だ。
こだわりの炊き込みご飯は鯛めしの他にも、季節の素材を生かしたメニューを随時3種以上用意しているそうなので、ぜひ食してほしい。
常に、期待に応えられるお店でありたい
近年国内外で評価され、受賞歴も多いおぐら家。それだけに、期待して来店されるお客さんも多いとか。「おもてなしじゃないですけど、皆さん目的意識を持っていらっしゃるので、その期待に応えられるお店じゃないとダメだなと思っています」。
一番出汁を使ったお通しに始まり、炊き込みご飯に終わる。気さくに話してくれる笑顔のなかにも、終始妥協を許さない料理に対する真摯な姿があった。