塩を使ったそばつゆあんかけではじまる、至福の「そば前」


そばを楽しむだけが、そば屋にあらず。そばの前にお酒を楽しむ「そば前」。江戸から続くこの粋な嗜みを、今宵は外苑前のそば店「勢揃坂 蕎 ぎん清」で。

「勢揃坂」は、「勢揃坂 蕎 ぎん清」のすぐ前にある坂のこと。平安末期の奥州征伐の際に兵を揃えて出発したことからその名が付けられた。女将さん曰く、「お客様も勢揃いしてもらえますように」と意味も込めて、坂の名が店名の一部になったとか。


席につき、飲み物を頼む。するとお酒とともに小鉢がのったお盆が運ばれてきた。女将さんにとってお通しは、そば前の最初のおもてなし。

「お通しは、お料理が出るまでのちょっとした時間つぶし。お客様にはその時間も楽しんでもらえるよう、季節の食材を使用した、ご満足いただけるようなお通しを考えています」

季節によってメニューは変わる。例えば、夏のお通しでは「さきいかの天ぷら」、秋は千葉県産の「落花生の塩茹で」が好評だとか。冬には、冷えた体を温められるようにと「粕汁」を出してくれる。

「湯葉と豆腐のそばつゆあんかけ」600円(税抜)

取材時のお通しは、「湯葉と豆腐のそばつゆあんかけ」。湯葉と豆腐の上から温かいあんかけをかけたひと皿。あんかけには、店主の前田銀次さんが「こはく」と名付けた塩ベースのそばつゆを採用。三重県産の特別な「真珠塩」という塩でつくられたこの出汁は、醤油にはない繊細な旨味が魅力だ。

塩だからこそ、素材の持ち味を引き出してくれる。塩の奥深さを知る店主がつくったそばつゆのあんは、ほっこりとした優しさと、上品さが同居していた。

あんには、「甘汁(あまじる)」というそばつゆを使う。甘汁とは、かけそばに用いるそばつゆで毎日作るのが特徴。冷たいそばには一週間ほど寝かしてつくる「から汁」を用いられる。提供の仕方によって、新鮮なつゆと熟成させたつゆを使い分けており、あんかけはそんな店主の「食」への気遣いがうかがえる一品だ。

かならずしも出来立てがおいしいというわけではなく、料理によっては熟成された方が引き立つ香りや味もある。締めのそばにたどり着くまでの「流れ」に身を任せたくなる、そんなそば前のスタートが、「ぎん清」のお通しだ。

店主の故郷の味を。燻製鯛のカルパッチョ

お通しを食べ終わると運ばれてきたのが、「洋梨と燻製鯛のカルパッチョ 生からすみ添え」。燻製された南伊勢町のブランド鯛「お炭付き鯛」に、ラ・フランスと生からすみを添えた印象的なひと皿だ。

「洋梨と燻製鯛のカルパッチョ 生からすみ添え」1,600円(税抜)

三重県は南伊勢町が店主の故郷。その南伊勢町が町をあげてつくったのが「お炭付き鯛 炙り冷燻」。余分な熱を加えることなく、桜の香りで包み込み、表面は香ばしく、中はしっとりと仕上げている。

長崎県産の生カラスミは、クリーミーで凝縮された濃い旨味が魅力。黄色いペースト状のからすみで、固形のからすみよりも磯の香りが強く、そのまま食べても酒の肴になりそうだ。ラ・フランスと燻製鯛、生からすみが三位一体となった、まさに組み合わせの妙と言える一品。

そば前といえばコレ。口福の出汁巻卵は、冷酒とともに


卵の黄色と器の緑とのコントラストが美しい「だし巻たまご」。器は瀬戸焼きの織部。深い緑色との対比をつくるために、店主自ら色の濃い卵を探しまわったそうだ。

「だし巻たまご」は、熱を通しすぎないよう半熟の状態で提供してくれるため、とろけるような口当たり。醤油は使わずに、このままでいただきたい。塩ベースのそばつゆ「こはく」が香り、甘すぎない味わいも相まって、おもわず酒が進む。

「だし巻たまご」800円(税抜)

日本酒は冷酒が良い。女将さんの出身地である福島県のものと、店主の故郷三重県のものから、その時期オススメの日本酒を紹介してくれる。三重県の地酒「田光」はフルーティーでキレのある喉越し。

元バーテンダーの店主がつくる日本酒のオリジナルカクテルもオススメ。ラインアップは、日本酒をトニックで割り、すだちを搾り入れた「すだち酒トニック」と、わさびを入れた変わり種の「ぎん清ジントニック」の2種。どちらも決して食事を邪魔しない控えめで香り高いカクテルだ。

塩で引き出すそばの香りと甘味。透明な出汁ですする、玄挽蕎麦


最後は冷たいもりそばで締める。女将さんが持ってきてくれたのは、「玄挽蕎麦」だ。透明で美しいそばを、これまた透明な出汁ですする。そばは意外と歯ごたえがあり、コリコリ、ムチムチとした食感がクセになる。お好みで、そばつゆにすだちを搾って入れても美味。すだちの酸味が口のなかに広がり、一気に爽やかな顔になる。

そばつゆには、お通しにも使われている「こはく」を使う。「そばの旨味や香りを引き立てるためには塩が最適なんです」と店主。労の多い「透明感のあるそば」をつくるため、店主は研究に研究を重ねたそうだ。

そば粉は茨城や北海道、長野の契約農家から、その時期においしいものを仕入れる。産地だけでなく、そばの挽き方や加水にも工夫し、特に出汁選びには力を入れた。繊細なそばの香りを生かすため、三重県産の塩を使った「こはく」というそばつゆに行き着いたそうだ。

しかし、決して「こはく」一択というわけでもない。そばに合わせて、出汁の濃さや種類も変える。鰹や醤油出汁がダメというわけではなく、場合によってくるみ蕎麦用や醤油出汁のつゆも登場する。「一番おいしく食べてもらえるように」と店主は語る。

既存の枠にとらわれず、おいしく食べてもらえることを一番に。「ぎん清」に客足が絶えない理由はそこにあった。

「玄挽蕎麦」950円(税抜)

丁寧な気遣い、酒、肴、そしてそばの四拍子

2011年2月13日にオープンしてから10年目の今年。開店してすぐあった震災も乗り越えて今日まで営業してきた。「とにかく、やるしかないと思って今日まで」と女将さんは語る。新型コロナウイルス感染拡大に伴い、飲食店は厳しい経営状態が続いていると聞く。この事態が落ち着いたら是非また足を運びたい。

 

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※本記事は取材日(2019年11月27日)時点の情報をもとに作成しております。

企画・取材:大崎安芸路(Roaster)
文:天野成実(Roaster)
撮影:栗原大輔(Roaster)