最高の肉質、風味にノックダウン。“すき焼き”は和牛をスターにする

 

衰えるどころかヒートアップし続ける“肉食”ブーム。ステーキに焼肉、ありとあらゆる肉メニューがあるけれど、平成最後となるこの冬は日本が世界に誇る肉料理「すき焼き」で締めくくりたい。そこで今回日本における和牛の求道者であり伝道師、小池克臣さんをお招きし、すき焼きと牛肉にまつわるおいしい歴史から、肉解説、小池さんが愛してやまないすき焼き屋までを全4回にわたりご紹介! 第1回は小池さんがここは押さえておいてほしい、とすすめる三重県松阪市にある「牛銀本店」に直接取材! 店主の小林さんと和牛とすき焼きのおいしい関係を肉愛たっぷりに語り合います。

 

第1回 牛愛溢れるすき焼き談義

第2回 必ず押さえておきたい「牛銀本店」

第3回 小池さんがおすすめする“すき焼き”店

第4回 食べログマガジン連載陣がおすすめする“すき焼き”店

 

第1回
昔ながらの松阪牛の旨さを、すき焼きで知る

約2年ぶりに「牛銀本店」を訪れた小池克臣さんに、店主の小林甲児さんがやさしい笑顔をたたえて開口一番、「今日、特産が入りましたよ」。それを聞いた小池さん、「ほんとですか! 来て良かった~」と、表情がパアッと明るくなり、声が弾む。毎晩のようにおいしい牛肉を食べている小池さんをして、こう言わしめる“特産”って、いったい何? すき焼きだけの特別な牛? その答えは、話すほどに牛愛が溢れてやまない2人の松阪牛&すき焼き談義の中でたっぷりと。

左:「牛銀本店」店主・小林甲児(こばやし・こうじ)さん 右:小池克臣(こいけ・かつおみ)さん

 

◆すき焼きを楽しむための3つのキーワード

 

其の1:特産松阪牛の歴史といま

其の2:すき焼きで脂を味わう

其の3:ツウの食べ方

其の1:特産松阪牛の歴史といま

松阪牛の真髄は、昔ながらの特産にあり

 

小池克臣(以下、小池)「牛肉といったら、松阪牛。松阪牛といったら、日本一。多くの人がそう認識しているほど、松阪牛のブランド力は高いじゃないですか。その歴史の礎を築いた昔ながらの牛が、特産と呼ばれる松阪牛なんです」

 

小林甲児(以下、小林)「うまいこと言いますね、小池さんは(笑)」

 

小池「A4とかA5といった格付けも関係ない、松阪牛の中でも1~2%しかいない希少な牛で、小林さんの店のような老舗でさえ、いつもあるわけじゃないという特別なもの。だから、今日は喜びもひとしおです」

 

小林「昔から松阪地方では、但馬地方(兵庫県北部)で生まれた未経産(子牛を産んでいない)の雌牛を、農耕用の役牛として育てていたんです。それが松阪牛の始まりといわれています。そして、年を取って働けなくなると、“いままでありがとう”という気持ちで、最後にごはんをいっぱい食べてもらって、食用にした。雌牛ですから小ぶりで、ロースの部位だと、ちょうどすき焼きの鍋にすっぽり入る。そんな大きさも扱いやすかったようです。特産松阪牛は昔ながらの牛なんです」

話している時は、知識が豊富で、さながら牛の研究者だが、特産を前にしたら一転、本当にうれしそうに口に運ぶ姿に、肉愛が溢れ出る小池さん。

 

小池「そもそも子牛を産んでいない雌牛しか、松阪牛にはなれないんですよ。全国のブランド牛でそんなことを言っているのは、以前は松阪牛だけでしたから。そのうえで、兵庫県で生まれて、ここ松阪で900日以上という長い期間肥育されていないと、特産松阪牛にはなれない」

 

小林「私らも子供のころ、よう食べさせてもらいましたが、脂の色がちょっとくすんでて、熟成がかかったような感じで、ほんとにおいしかったですね」

 

小池「うら若き乙女より、熟女のほうがいい(笑)。いまは、はじめから食べる目的で子牛を買ってきて育てていますけど、そのほとんどが効率を考えて、若い段階で出荷してしまうんですね。でも、若いうちはまだ、味が薄い。そこからさらに熟女になるまでじっくり育てていくと、味が凝縮してきておいしくなる。これはほかの黒毛和牛にもいえることなんですが」

 

小林「小さな農家さんが一頭一頭に名前を付けてね、朝、早う起きて“ももこ、元気か?”って声をかけてエサをあげて、散歩に連れてって……。そうやって、愛情を注いだ牛っていうのは、やっぱりおいしいんです。食べると、よくわかる。もちろん、どこの農家さんも愛情を持って、育てていらっしゃると思うんですけど、大きな牛舎でたくさんの牛を育てるとなると、なかなか愛情も行き渡らない」

その穏やかな語り口から、松阪牛や育てる農家へ向ける眼差しの温かさが伝わってくる小林さん。おいしい特産が集まるのも、その人柄ゆえ!?

 

小池「そんな中で、いまでも5頭、10頭という小規模で牛を育てている農家さんが残っているのが、この松阪市なんですよ。僕も行ったことがありますけど、牛が皆、人懐っこいですよね」

 

小林「ただ、兵庫県産の牛というのはデリケートで、血統のいい子牛を買ってきて、ちゃんと世話をしていても、病気になったり、死んでしまうことさえある。需要はあるんですけど、リスクも高いので、特産松阪牛を育てている農家も、今では数軒になってしまいました。それでも、年に1回、松阪肉牛共進会という品評会がありますんで、“ええ牛だすんや”って、85歳や90歳の方が現役で頑張っていらっしゃる。もう、“この牛をなんとか後世につないでいかなあかん”という使命感ですよね」

 

小池「さっき、小林さんがおっしゃってましたけど、牧場が大きくなって、何百頭っていう単位で育てるようになると、だんだん味も変わってきてしまうので……。特産松阪牛は、ほんとに残してほしいですね」

 

小林「中心となっている農家の方が、“特産、育ててみないか”って声をかけたりはしていますが……。うちには、特産目当てで来られる方も多いですし、代表して使わせてもらっているところがありますから、次につなげていかなゃいけないなぁと思っています」

 

実は、じっくり話をするのは、この日が初めてに近いという2人だが、松阪牛のこととなれば、言葉は尽きない様子。

 

其の2:すき焼きで脂を味わう

質のいい脂だから、おいしいすき焼きになる

 

小池「最近、サシが入った黒毛和牛が、脂っぽくて食べられないという声をよく聞きますけど、それは黒毛だからではなく、脂の質が劣化しているから。ただただ、きれいにサシを入れようとしているだけで、ちゃんとおいしくなるような育て方をしていないんですね。でも、特産松阪牛のように本当においしい黒毛和牛は、脂が甘くて、まったくしつこくないんです」

 

小林「うちのお客様の中には、(すき焼きに使って)残った牛脂を、ごはんにのせて召し上がる方もいらっしゃいますよ」

小池さんが「牛肉の香りがすごい!」と感嘆する特産松阪牛のサーロイン。肉の良し悪しは包丁の入り方ひとつとっても違うそうで、さっときれいに包丁が入るのだそう。

 

小池「いかに脂の質がいいか、という証拠ですよね。その脂の質の高さやとろけるような食感がいきる料理が、すき焼きなんですよ。逆に言うと、本当にいい肉じゃないと、すき焼きはおいしくない。砂糖や醤油で食べるので、脂の質がよくないと、胃がもたれるんですよ。でも。考えてみれば、すごい料理ですよね。砂糖を振って、醤油をかけて、生卵にからめるだけで、肉が驚くほどおいしくなる」

 

小林「私のところは、割り下は入れず、砂糖と醤油が同割なんですが、砂糖を入れると脂の甘味がまたひとつ増すような気がします。脂の融点が低いので、口の中でみるみる溶けて、甘みが広がっていきますしね」

 

小池「実際に測ったことはありませんが、松阪牛はほかの黒毛和牛に比べても、脂の融点が低いような感じがします。だから、すき焼きで食べてこそ、おいしいと思う。それに、日本全国、たくさんのすき焼き屋がありますけど、ふつうは、吊るされた枝肉(と畜されて分割した肉)の状態でせり落とす。小林さんのように、生きている時から牛を見て買う店なんて、めったにないと思います」

 

小林「いまは特産松阪牛を育てている農家さんも少ないので、そこへ行って、牛や、育てている農家さんの人柄も見ます。もちろん、枝肉の状態も見ます。牛そのものを見ていると、処理する時の気持ちが違ってくるといいますか、筋ひとつ引くにしても、きれいにしてあげようと思いますよね」

サシの入り方もそれほど多くなく、牛肉らしい味がする。最後、ごはんにのせて食べる人もいるという牛脂も、まったく脂っぽくない。

其の3:ツウの食べ方

とにもかくにも、まずは肉だけ。野菜は最後に

 

小池「小林さんの好みの食べ方を教えてください」

 

小林「僕は、肉にあまり火を入れるのが好きじゃないので、7割ぐらい入ったところで、卵をからめて食べる感じでしょうか。卵もあまり溶かないで、白身のとろっとしたところを残しておいて、それを肉にまとわせて……」

「赤い肉に、白い砂糖がちらちらのぞく景色もいいですよね」と、小林さん。「牛銀本店」では、砂糖は、昔から上白糖を使っているそう。

 

 

小池「僕もそうですね。卵は完全に混ぜるより、白身と黄身がまだらになっているぐらいのほうが好み。口の中で味のグラデーションができるというか……。砂糖の甘みや醤油の塩分を包み込んで、やわらかい味わいにしてくれるので、すき焼きは卵がないと完成しません」

 

小林「そして、肉だけを先に食べたら、肉の旨みが出たお鍋に野菜を入れて食べます」

 

卵はしっかり溶かない、というのは、2人の見解が一致するところ。口に入った時に、味わいの変化が生まれる。

 

小池「僕も、1枚目は、野菜は入れずに肉だけ。生卵にからめて、肉の脂の甘さと味を楽しみます。2枚目は同じ焼き方をして、今度はごはんと一緒に。卵がからんでいるので、ほんとによくごはんに合うんですよ」

 

小林「白いごはんにのせると最高ですね!」

 

小池「そして、3枚目にようやく野菜を入れて、野菜から出てくる甘みと肉の旨みのマリアージュを楽しみます。牛脂ダイエットというのがあるらしいけど、ごはんも好きなんで、無理だなぁ」

 

「こんなに白いごはんに合う牛肉料理はない」と、小池さん。見ていて、おいしさが伝わってくる食べっぷり。

 

>>第2回は小林さんが店主を務める「牛銀本店」の魅力に迫る! 更新は2月28日予定。お楽しみに。

取材協力:牛銀本店

 

〈プロフィール〉

小池克臣(こいけ・かつおみ)
横浜の魚屋の長男として生まれるも、家業を継がずに、外で、家で、肉を焼く日々を送る。焼肉を中心にステーキやすき焼きといった牛肉料理全般を愛し、ほぼ毎晩、牛三昧。さらには和牛そのものの生産過程や加工、熟成まで踏み込んで研究を続ける肉の求道者。著書に『肉バカ。No Meat, No Life.を実践する男が語る和牛の至福』(集英社刊)。公式ブログ「No Meat, No Life.」。

小林甲児(こばやし・こうじ)
明治35年創業のすき焼き専門店「牛銀本店」の4代目。学生時代の弁当は、毎日、牛肉(といっても高級な松阪牛だが)とごはん。クラスメートの色とりどりの弁当に憧れたことも。高校卒業後、東京の鉄板焼きフレンチで10年ほど修業した後、故郷に戻り、店を継ぐ。現在は、松阪もめんのはっぴを着て、隣接の洋食屋、精肉販売店も仕切っている。

 

 

撮影:山田英博
取材・文:齋藤優子