〈秘密の自腹寿司〉

高級寿司の価格は3~5万円が当たり前になり、以前にも増してハードルの高いものに。一方で、最近は高級店のカジュアルラインの立ち食い寿司が人気だったり、昔からの町寿司が見直されはじめたりしている。本企画では、食通が行きつけにしている町寿司や普段使いしている立ち食い寿司など、カジュアルな寿司店を紹介してもらう。

今回は、連載「森脇慶子のココに注目!」でおなじみ、フードライターの森脇慶子さんに、最近お気に入りの一軒を教えてもらった。

教えてくれる人

森脇慶子

「dancyu」や女性誌、グルメサイトなどで広く活躍するフードライター。感動の一皿との出合いを求めて、取材はもちろんプライベートでも食べ歩きを欠かさない。特に食指が動く料理はスープ。著書に「東京最高のレストラン(共著)」(ぴあ)、「行列レストランのまかないレシピ」(ぴあ)ほか。

気軽にサクッと食べに行ける、人形町の立ち食い寿司「すし 其一(KIITSU)」

食べて飲んで万札一枚。時間の制約もなく、好きな握りを好きなように食べられたら——。そう思うことは多いはず。とは言え、立ち食い寿司でも名店系列ともなれば、何かと制限が多くなるこのご時世。だが、気軽にサクッとお好みで、懐を気にすることなく食べられるホットな寿司屋がこの夏、人形町にオープンした。場所は、新たな食の話題スポット「ハシゴ楼」。名前は「すし 其一(KIITSU)」。そう、あの初台「すし宗達」、渋谷「すし光琳」の姉妹店だ。「すし宗達」といえば、ミシュランのビブグルマンに3年続けて掲載された“理想の町寿司”。クオリティと値段の安さは推して知るべしだろう。ここでは若手を抜擢。和食を修業後「すし光琳」で研鑽を積んだ藤田清さん27歳が板場に立つ。

藤田清さん

「すし宗達」「すし光琳」「すし 其一」3軒を見るオーナーの新田真治さんがこう語る。「これまでの2軒と違って、ここはランチも営業しているので、より気軽にいらしていただけるのでは、と思っています。(食材の)仕入れは、3店とも僕の担当。毎朝河岸に通い、納得のいくものを選んでいます。まとめて数を多く仕入れた方が効率もいいですからね」。

件のランチは、平日限定で握り8貫に巻物一本、卵焼きや小鉢がついて2,800円。確かにお値打ちだが、それ以上に値頃感を感じるのは、やはり夜。まず、一斉始まり交替制でないところが好ましい。好きな時間(といっても既に人気店ゆえ予約をした方が無難だが)にふらりと入り、好みの鮨をつまむ。昔ながらの町寿司の良さが、ここにはあるのだ。しかも明朗会計! 手書きの黒板メニューには、卵焼きやゲソの80円から一番高い車海老や雲丹、ノドグロの980円まで、ざっと30種余りがずらりと並ぶ。

酒飲みの食欲をくすぐる豊富なつまみも魅力

握りだけではない。つまみも豊富。旬の「真カキ」680円や「真タラの白子焼き or ポンズ」1,280円から江戸前鮨の定番「真タコの柔らか煮」1,280円、「ほたての磯辺焼き」等々、酒が進みそうなメニューの数々に思わず顔がほころんでくる。散々迷った挙げ句「ニタリ鯨のお刺身」1,180円に「甘鯛の松笠焼き」1,680円を注文。

「ニタリ鯨のお刺身」

どちらもしっかりと量があり、2人で充分楽しめる盛りの良さ。一見、馬刺しのようなニタリ鯨はナガスクジラ科の一種で、希少価値の高い一品。馬刺しよりも柔らかく、鉄分の旨みもたっぷり。それでいてクセはなく、後口は思いの外さっぱりしている。鱗をパリパリに焼いた甘鯛のほっくりしたおいしさを満喫したら、いよいよ本命の握りへ突入だ。

あの「やま幸」のマグロの赤身も一貫380円で楽しめる

白身から始めるなら「天然マダイ」か「天然ヒラメ」。あるいは「江戸前小肌」でスタートも悪くない。これらがいずれも一貫380円というのも驚きだが、しかも、あの「やま幸」のマグロの赤身も同じ値段というのだから、食欲はますます加速する。

「赤身」

ちなみに「中トロ」480円、「大トロ」は580円。天然本マグロであることは言うまでもない。写真を見ればお分かりだと思うが、色艶ともに遜色はなく、切り付けも肉厚。一口頬ばれば、身はしっとりと舌に馴染み、赤酢の鮨飯とのバランスも良好、口の中で一体となって解けていくようだ。握りのサイズも「寿司を食った」という気分にさせてくれる、たっぷり感がなんともうれしい。

「大トロ」

鮨飯には秋田小町を使用。赤酢は横井醸造の「金将」をベースに「与兵衛」をアクセントに加えてコクを与えている。小肌も旨いが、店主の藤田さんのイチ押しは「穴子」480円。

大ぶりで食感はフワフワ! 店主イチ押しの「穴子」

「穴子」

「うちで使う穴子は、全国各地から厳選して、1尾400~500g程度の脂ののった大ぶりの穴子を仕入れて使っています。鮮度も良く、独自の煮方をしているので、ふわふわの口当たりになるんです」と胸を張る。その言葉通り、口に入れれば、まさに舌の上でとろけるよう。リピーターが多いというのも頷ける。

さて、豊富なラインナップに迷った時は「おまかせ握り」がいいだろう。マグロの赤身に中トロ、小肌に赤貝、一番高い車海老まで全11貫と玉子、ネギトロ巻などの巻物一本とお椀がついて5,500円。

藤田さんの「少食の方なら、おそらくこれでお腹いっぱいになると思いますよ」の一言も納得がいく。これをベースに好みの握りを更に追加するもよし。料理5品が付く「おまかせコース」8,800円もある。

日本酒は「開運」の一合660円から。定番3種のほか、季節の限定酒も6種ほどそろっている。

※価格はすべて税込

撮影:佐藤潮

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部