〈自然派ワインに恋して〉

シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。

ナビゲーター

岡本のぞみ

ライター(verb所属)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。

クラシックなフレンチは自然派ワインでおもしろくなる

内観。テーブル14席、カウンター5席

「テチュ クラシック エ ナチュール」は、白金高輪駅から徒歩2分ほどの白金北里通り沿いの建物の2階にある。シンプルな外観とは打って変わって、ドアを開けると天井が高く雰囲気のあるダイニングが現れ、フレンチを食べる高揚感がやってくる。

シェフの小村健次さん

店のオープンは2021年5月。同じ場所にあった店のシェフ・小村健次さんが店を買い取るかたちで、店名もコンセプトも一新。クラシックなフレンチと自然派ワインが楽しめる店としてリニューアルした。小村シェフが師と仰ぐのはフランス料理界の重鎮・井上旭氏。修業時代に井上氏の「シェ・イノ」の系列店だった「ビストロボンファム」で働き、その巧みなソース使いに魅了された。さまざまなレストランを渡り歩いて以降も、ソースはフレンチの命として魂を込めてきた。

小村シェフはソムリエ資格を有し、店のワインリストも作成している

クラシックなフレンチに自然派ワインを合わせるコンセプトに至ったのは、ソースとの相性の良さにある。「元々、自然派ワインは好きで、そこには大地から受け取った力強い味わいがあります。そのため、フランス料理のソースの複雑な味わいに匹敵するとの思いがありました」と小村シェフ。かつてホテルのイベントで調理場を手伝った際に、ソムリエの田崎真也さんの仕事ぶりを見た経験があり「ワインから料理を発想するという視点を入れることで、料理の幅が広がるのでは」との思いもあった。小村シェフがコンセプトにしたクラシックなフレンチと自然派ワインのマリアージュの可能性とはどのようなものか、期待が高まる。

アスパラのオランデーズソース✕爽やか白ワイン

ホワイトアスパラガスのオランデーズソース(アラカルト3,600円、コースの場合は+1,650円で提供〈アスパラガスは1本〉)

ディナーメニューはアラカルトもしくは3タイプのコース(5,500円、6,800円、12,000円)が選べる。この季節に食べたいのは、春の訪れを感じさせてくれる「ホワイトアスパラガスのオランデーズソース」。フランス・ロワール産のアスパラガスは柔らかさが魅力。クリーミーで濃度はありつつさっぱりとしたソースがよく絡む。付け合わせのピサンリ(遮光栽培した西洋タンポポの葉)の苦味が、よりいっそう春の味わいを口いっぱいに感じさせてくれた。

アルフォンス・メロのプイィ・フュメ2018(グラス1,320円)

ペアリングのおすすめは、アスパラガスと同じロワール産のソーヴィニヨン・ブラン。「ソースに柑橘の汁やエストラゴンという華やかなハーブを使っているので、酸味があってアロマティックなソーヴィニヨン・ブランを合わせました」と小村シェフ。ハーブの香りがほどよくアロマティックで、春のふわふわとした気分を盛り上げてくれるようなマリアージュだった。

サーモンの瞬間燻製✕ミネラリー白ワイン

タスマニアサーモンの瞬間燻製/サワークリームとキャヴィアトリュフ風味の温泉卵ヴィネグレット(アラカルト2,600円)

「タスマニアサーモンの瞬間燻製」はファンも多い店のスペシャリテ。サーモンに軽く燻香を付ける程度に半生にスモークし、エシャロットとシェリービネガーとバルサミコ酢の酸味を利かせたソースをかけていただく。そのまま食べても半生の食感と燻香、ソースが絡んで絶妙なおいしさだが、温泉卵を混ぜるとカルボナーラのような雰囲気にもなる。

レ・ヴァン・ピルエットのグルグル・ダヴィデ2018(グラス1,100円)

おすすめのペアリングは、フランス・アルザス地方のリースリング。「料理やソースに合わせてミネラル感やシャープさ、ほんのりした樽香があるタイプを選びました」と小村シェフ。なめらかなサーモンの身や酸味の利いたソースに、リースリングの厚みが加わり、一つ上の味わいになる上品な組み合わせ。うっとりした気分にさせてくれた。

牛肉赤ワイン煮込み✕果実味豊かな赤ワイン

黒毛和牛もも肉の赤ワイン煮込み(アラカルト4,200円、コースの場合は+2,100円で提供)

伝統的な牛肉の赤ワイン煮込みは、その艷やかでなめらかな赤ワインソースに魅了される。牛肉を赤ワインで煮込み、さらに野菜の煮汁やフレッシュな赤ワインを加えてソースが仕上げられており、この一皿だけで500mlものワインが使われている贅沢さ。赤ワインの深みの中に野菜の甘みが溶け込んでいろいろな味わいがやってくる。じゃがいもやパンにもつけて最後の一滴まで味わいたいほどのおいしさだった。

NADAのウルトラ2020(グラス1,320円、ボトル9,900円)

合わせてもらったのは、フランス・ルーション地方の赤ワイン。「赤ワイン煮込みはしっかりした肉料理なので、ベリーのニュアンスがある果実味が豊かな赤ワインを選びました。クラシックな肉料理とピチピチと弾けるような果実味をもつ自然派ワインは新しい美味しさをもたらしてくれるはずです」と小村シェフ。これぞ、テチュがめざすマリアージュの完成形の1つ。新しいマリアージュ体験が存分に楽しめた。

小村シェフの「私が恋した自然派ワイン」

ドメーヌ・デュ・マス・ベシャのキュヴェ・クラシック・ルージュ2020(グラス1,100円、ボトル7,700円)

小村シェフは来日したときに店に来てくれた生産者のワインをセレクト。

「毎年ラベルが変わるワイナリーで、このキュヴェには来日した当主がラベルに描かれています。このイラストのとおりの陽気な人で、楽しかった思い出があります。生産者本人に会えるとワイン造りの思いが聞けるので、その情熱をお客様に伝えることができますし、料理にも情熱が入る。いい相乗効果になると思います。

ワインは赤い果実や黒い果実の香りがして力強い味わいなので、鹿肉の赤ワインソースなどの料理にぴったりです」

フランスと東欧の自然派ワインをラインアップ

テチュ クラシック エ ナチュールでは、フランス各地の自然派ワインと東ヨーロッパの自然派ワインが主にセレクトされている。「フランス各地のワインには産地ごとに特徴があって、クラシックな料理と合わせやすくなっています。逆に東ヨーロッパは、ワイン発祥地であるジョージアのアンバーワインのように何にでも合わせやすいものがある。その両方を楽しめるようにしています」と小村シェフ。グラスは10種類(1,100〜1,400円)、ボトルは50種類(7,700〜15,000円)用意されている。ワインはメニューに合わせて4杯3,600円、5杯4,500円のペアリングコースも選択OK。クラシックフレンチと自然派ワインの競演を楽しもう。

クラシックフレンチのソースと自然派ワインの出会い

テーブル席

ディナーだけでなく、ランチも営業中。気軽なワンプレートランチ(1,600円)から用意され、ショートコース(3,300円)やフルコース(4,400円、7,700円)まで揃っている。昼から使い勝手よく利用できるのもうれしい。

外観

小村シェフの作り出す料理と自然派ワインとの組み合わせは、ソースがキーになって至福のマリアージュを叶えていた。磨き込まれたソースの味を素直な果実味のワインが絶妙に引き立てていたのだ。古くて新しい、その美味なるマリアージュをぜひ体験してみてほしい。

※価格はすべて税込

取材・文:岡本のぞみ(verb)
撮影:山田大輔