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美味しいものにはひとしおの思い入れがある私が唸った「レストラン ローブ」(東麻布)
お店に入った瞬間、深海に光が差し込んでいるようなその世界観に引き込まれてしまった。うまく説明できないけれど、「あ、ここは間違いなく美味しい。」と感じたのを覚えている。で、どうだったかと言うと……、やはり私は美味しい店に対する嗅覚は人一倍あるらしい。
そもそもなぜこちらに伺おうと思ったかというと「レストラン アイ」にいらした3人が始めたから。その3人とはシェフ今橋英明氏、パティシエール平瀬祥子氏、そしてソムリエ石田 博氏。原宿にあったその店で至福の時間を過ごしたのだが、まぁ、諭吉が何人か軽々と飛んでいってしまうのでそうそう伺うこともできずにいた。
それから時は流れ、友人から「レストラン ローブ」が良いとの情報を頂き検索すると、なんとこの3人の店ではないか! もう居ても立っても居られず電話をした。
農業経験を生かしシェフの道へ
訪れたのは2016年秋。鎌倉で農家の仕事に就いていたシェフならではの野菜、中から黄身がとろりと流れる「土佐ジロー卵」、仔ウサギやエスカルゴといった食材が惚れ惚れする器に美しくドレッセされ次々に出される。
そして平瀬パティシエールのデザートはモンブランとトリュフのアイスクリーム。これがまた甘みと塩みがありワインがさらに一杯増えてしまう味わい。そして私が魅了されたミニャルディーズが登場したときには、ここに通ってしまうことになる自分が容易に想像できた。
というわけで、今回お願いしたのは今橋シェフのメインディッシュと平瀬パティシエールのミニャルディーズ。
まずはメインの鳩から。鳩の胸肉は黒キャベツの上にのせ、鳩のジュ(だし汁)に炭の香りをつけたオイルを乳化させたソースをかけて頂く。鳩については、とある店で初めて食べた鳩は血の匂いがすごくてギブアップした苦い記憶がある。何年も食べなかったが、どうにも断れない状況に陥ったところそれがめちゃくちゃ美味しかったのである。おかげでなんとか鳩嫌いを克服できた。
それからは何度となく頂いているが、今橋シェフの鳩料理は別格。ランド産の鳩は食べやすくジビエが苦手な人にもおすすめである。黒キャベツは鎌倉で特別にイタリアの品種で作ったそうで滋味深く、ほろ苦さは淡白な胸肉のアクセントになる。
そこにソースのコクで味に膨らみを持たせるのだ。普通なら内臓を使うところを、炭でオイルに香りづけをし、オイル本来のうまみと香りで味に奥行きをもたらす。バターと同じように濃厚だがこちらの方がヘルシー。
同じ皿にもうひとつ。
鳩のモモ肉は黒キャベツとフォアグラを混ぜてガレットにした。モモ肉は胸肉より鳩の味を強く感じるが、ミンチにして野菜と松の実を入れてハンバーグのようにしているため食べやすく、素直に“ジビエって美味しい”と思える。
添えてあるアブラナ、芽キャベツを乾燥させてパウダー状にしたものとランティーユ(レンズ豆)のピューレがまた良い。シェフは食材のセレクトが本当に秀逸。
今年は完成度の高い料理を皿にのせるために技術力と精神力をもっと磨かなければならないと言う。ここからのお話はお店からすると書かれては困ることかも……、でもこういう話を公表できるチャンスは滅多にないので、エイヤっと書いてしまおう。
メニューを月ごとに変えるのは実は大変なこと。
料理が変われば厨房のオペレーション、ワインの仕入れや提供の方法、サーヴィスに至るすべてが変わる。客は食べる速度も違えば、予約時間に遅れてくることもある。事前のシミュレーションをしていても現場では何が起こるかわからない。
しかも少量多彩である鎌倉野菜を中心とした今橋シェフの料理にとっては、同じ野菜を1ヵ月間確保するのも少々困難なので途中で食材を変えなければならないこともある。
だからメニューを変えた直後は、われわれ客からはスマートにこなしているようにみえるが、その実、相当あたふたしているそうだ。
そういう状況でお客様に満足してもらうには日々自分たちの精度を上げて、短期間で完璧に仕上げなければならない。同時に翌月の料理を考え試作しシミュレーションも行う。
本当に休んでいる暇などなく、1ヵ月なんてあっという間、常に追いかけられている状態。それでも客の喜ぶ顔を想像すると力が湧いてくると言うからシェフってマゾヒストなのかも……?
そんな生活が嫌になったりしないのかと聞くと、正直なところ独立してからは意識が違うのだそう。金銭的現実も突きつけられるのでつらいことも多いが、楽になったのはライフスタイル。
自分のペースで自分の責任で自分のやりたいこと全てができるので精神的なストレスはないそうだ。やりたいことをやっているので、そこに付随する苦労は気にならなくなったと断言する。
目の前で評価されることは怖くないのかという問いには「キツい時もあるけれどそれが現実なので受け止めています。ただそういう厳しい目を感じていれば自分の知らないうちに料理の腕が下がることがないのでむしろありがたい。」と。
美味しいかどうかもさることながら量についても判断できて良いそうだ。やはりシェフはマゾヒストかもしれない。
注目している食材についても聞いてみると、難しいと思っているのは鶏だと話す。
「特にホロホロ鳥は大変で胸肉なんて本当に良いタイミングで出さないとすぐバサバサになるし、サイズによってはロットの問題もあります。なので使いたいけどまだ手が出せずにいます。またビーツ、アーティチョークの野生種“カルドン”、食感や味がブロッコリーの茎に似た“コールラビ”にも注目していますね。まだメニューは全然降りてこないですけど。」と笑う。
オープンから半年経ってメニューの構成自体は決まってきたので、何か今までの自分の作るものとは全く違ったものができたら良いと思っているそうだ。何かビビッとくる食材に出逢うことができたら生まれるかもしれない。ホロホロ鳥? ビーツ? その際にはぜひご一報頂きたい。
パティシエールの繊細な感性で創られるジュエリー菓子
もうひとり、デザートはもちろんだがソースなどで料理にとっても重要人物である平瀬祥子パティシエールにも登場していただこう。
この人の作るミニャルディーズにヒトメボレしてしまったのである。
ミニャルディーズとはコーヒーとともに出てくる小菓子。そもそもマドレーヌやメレンゲといったひと口サイズのものであるし、その前にもメインのデザートは出ているので食べない人もいるからなのか、おそらく手を抜いているなと思ってしまう店も少なくない。
でも私は最後に出される、この小さな幸せが大好きなのである。これが雑だとガッカリしてしまうのだ。
だがこちらのミニャルディーズは本当にトレビアン! 目の前に置かれた時の高揚感は尋常ではなかった。そして口にした途端、その美味しさに一発ノックアウト、完全にハートを射抜かれた。
いったいどうやってこれができあがったのか、もう知りたくてたまらなくなった。
で、聞いてみた。
「以前のお店で2月というタイミングだったので、バレンタインチョコレートとしてプレゼンしたんです。でもそこはお客様が多すぎてとても作りきれず、実現できませんでした。この店に来てからいろいろ作ってみましたが、いちばん楽しかったのがこれなんです。だからいくらでも作れますね。」とのこと。
インスピレーションはジュエリーブランドに勤めている友人の話から。
「その人にどうやってお客さまに勧めているのかを聞いたら、まさにジュエリーボックスをパカっと開いて『いかがですか?』と見せていると。想像したら良いなぁと思ってできたのがこれです。だからボックスもジュエリー用なんですよ。」と誕生秘話を教えてくれた。
このチョコレート、そのときにあるだけの食材で作っている。
例えばマール・ド・ブルゴーニュは先月の料理にソースとして使った残り。本当はメインのデザートに使おうと思ったけれど、すごくお酒の味が強く出てしまったのでチョコレートにリメイクしたと言う。
ご実家から大量に柚子が送られてきたので、今日は柚子があるそうだ。
また色も食用ラメが入っていたりして大人な雰囲気。「私がお酒を飲むので酒飲み向きのデザートになるのかも。だからグランデセールに物足りなさを感じる人もいるので、ミニャルディーズは甘いチョコレートにしました。」と言う。
そういえばグランデセールで頂いたモンブランは利平栗の渋皮煮の塩みも感じた。おまけにトリュフも使っていて確かにワインと合うなぁと思った。なるほど酒飲みのデザートだ。
“百花斉放”する店、「レストラン ローブ」
人材不足と言われているこの業界で、前職が一緒だったとはいえ、これだけのエキスパートの面々が揃うことは本当に稀である。
しかもシェフと客との間を繋ぐサービスには関 真人氏が就いた。電話の応対からして感じるのだが彼がこの店の格を数段上げているのは確かだ。ここで長々と説明するより、試しに電話してみるときっと分かるはず。
「始まり」「夜明け」「誕生」という意味を持つ「レストラン ローブ」。ここから生まれるたくさんの素晴らしい宝石たちと出逢えたことに心から感謝したい。
今日のお品書き
Dinnerコース(HARMONIE 調和)/¥9,000
・鎌倉野菜 アンチョビ
・ツブ貝 トリュフ
・春子鯛 海老
・アーティチョーク イカ墨
・ソルトブッシュ・ラム 浅利
・柑橘 薫り
・樹熟苺 ミルフィーユ 他
・土佐鴨 フォアグラ 蕪/+¥1,800
※土日のみLUNCH営業しております。(¥6,000~)