せっかくなら、自分の好きな食べ物の店を

「単純に、とんかつが大好きなんですよ」

なぜ、とんかつ屋なのですか? 単刀直入に聞くと、笑いながら答える今井氏。

 

「『いつかはとんかつ屋をやりたいな』というのはずっと思っていたんです。でもやるとしたらもっと歳をとった頃に、一人でこぢんまりとした定食屋のような形で……とか考えてたんですけどね」

オーナーの今井充史氏

 

ところが、たまたま「焼鳥 今井」の隣の店舗が空くことに。せっかくなのでなにか新しいお店を、と考えるも、スタッフの都合もあり昼業態がメインになる。そこで出した結論が“とんかつ屋”だったとか。

清潔に磨き上げられたカウンター

 

「いろいろ考えたんです。ずっと焼鳥屋をやってきましたし、親子丼の店とか、チキンカツ専門店とか。でも、『せっかくなら、自分の好きなものの店をやろう』と」

 

もともと、人生の折々に“とんかつ”があったという今井氏。テストが終わった時、部活の試合が終わった時など、母親に「なにか食べたいものは?」と聞かれたらいつも「とんかつ」と答えていた。高校生になるとデートでもとんかつ店を食べ歩くように。また、「焼鳥 今井」が最初に開店したのは千駄木で、すぐ近くの湯島と上野は言わずと知れた昔ながらのとんかつ屋激戦区。当然、仕事の合間に食べ歩く頻度も上がっていくわけで……。でも、そんなふうに食べ歩いたからこそ、気づくこともあったのだそう。

焼鳥より圧倒的にシンプルな“とんかつ屋”

「僕ら焼鳥屋も、いわば同じ“専門料理”。でも、とんかつ屋って圧倒的にシンプルなんですよ。メニューにしても、ヒレとロースしかない店だってある。焼鳥屋のほうが、扱う食材の種類も断然多いんですよね。でもだからこそ、とんかつ屋で“いいもの”を出すためには、本当に“真面目”にやらないとだめなんだな、と思ったんです」

揚げ油の質や素材の鮮度など、とんかつの出来を左右する要素はシンプルだからこそ難しい

 

作り置きをしていたり、油の状態が悪かったり。そんな“ダメなとんかつ屋”を見て、「自分がやるとしたら、これではいけない」と思うように。とんかつ屋挑戦を決意できたのは、隣の店舗なら自分の目が届くということもあったといいます。

上ロースかつ定食

 

七井戸のとんかつは低温で揚げられ、衣の食感とサクッと切れる肉の柔らかさが絶妙。上ロースかつ定食2,400円は、脂身の濃厚さと肉の旨味がたまりません。卓上にある、京都から取り寄せたという柴漬けの酸味がまた、いいアクセントに。

 

「ロースは“とんかつの王道”ですけど、ロースこそがこれから調理法でどんどん進化していくものであると思ってるんです。脂身と筋があり、もともとお肉の味としては薄い部分なんですよね。それでいて火を入れすぎると硬くなってしまう。脂身と肉をどう一体化して味わえるようにするか、調理法でまだまだ変わっていく。それが魅力ですね」(今井氏)

厚切りヒレカツ定食

 

厚切りヒレカツ定食2,400円は、脂身がないぶん肉本来のおいしさがダイレクトに味わえます。

 

「ヒレはもともと、味がものすごく濃い部位なんですよ。ヒレカツの味の濃さを表現しやすい厚さにしています」(今井氏)

 

ロースもヒレも、しっかりボリュームがありながら油っこさやしつこさとは無縁で、サラッと食べられてしまうのが不思議。実際、女性のお客様も多いとか。また、白ご飯は羽釜と土鍋で炊き上げられ、一度おひつに移されているのがポイント。熱々さはなくなるものの、甘みがぐっと増すのだそう。

ご飯がおいしいのも、とんかつの名店の条件の一つ

 

まだまだ進化する、七井戸のとんかつ

今でも十分、とんかつ好きを唸らせる七井戸のとんかつ。しかし「ゆっくりではありますが、まだまだ進化していくと思います」と今井氏。

 

「たとえば、温度が一定のフライヤーで揚げるか、温度帯をコントロールしながら鍋で揚げるかでも全然違うんですよね。今はフライヤーでやってますけど、いつかは鍋で揚げられるようにもしたい。あと、低温調理ってどうしても“素材の表現”がしづらくなるんです。具体的に言うと、豚の香りというのが立ちづらくなる。でも温度を変えると火が入りすぎて、今度は硬くなってしまう」

 

たとえば、「焼鳥 今井」で出しているレバー。焼きすぎると臭みが出るし、かといってレアで出すとレバーの香りがなくなってしまう。もう少しだけ火を通すと、レバーの香りもありつつ、優しい口溶けになるのだとか。そんな風に常に肉の状態を五感で確認しながら火入れをする“焼鳥”というものに関わってきたからこそ、とんかつもまだまだ研究したいようです。

「試行錯誤は、ずっと続けていくべきものだと思ってます。例えばラード以外の油を使えばいいのか、パン粉を変えるか、もしくは肉を変えるのか、切り方を変えるのか……。奇をてらうのではなく、『まだやり方があるんじゃないか』というのは追求できるはずなんです」

 

そういう意味では、おいしさの“進化”も楽しみにしたいかも!? 東京のとんかつ界にまた、注目の店が登場です。

 

※価格は税込です。

取材・文/川口有紀

撮影/大谷次郎