開店わずか2カ月、世界最速でミシュランの一ツ星を獲得した「TIRPSE」が、今年12月25日で5年半の営業を終える。オーナーである大橋直誉さんは、星を獲得しただけでなく、数々の有名シェフとのコラボレーションや、期間限定のデセールコース、とんかつのコースなど、斬新な試みを成功させてきた。従来の型にはまったレストランの在り方を変え、楽しみ方の幅を広げてくれた。今回、12月25日の閉店を目前にインタビューを敢行。クローズの理由と今後についてを語ってもらった。

やりたいことは全てやった。その後に見えた課題

−–惜しまれながらのクローズだと思いますが、今後の展望は?

 

大橋 自分の一番の強みは、店を経営して閉店まで経験したことだと思うんです。カンテサンスで働いていた一人のソムリエがTIRPSEという店を始めたのも、単純に独立したい思いではなく、レストランに関する総合的なスキルを身に着けるにはそれが一番実になるし、実践的だと思ったからです。5年半前にTIRPSEの会社の定款を出した時、飲食店の経営、イベントの企画やコンサルタント、菓子の販売まですべて書いてたんですよね、実は。そのやりたいと思っていたことは全部できました。

 

ーー全部ですか? それはすごい。有言実行、いや不言実行ですね。

 

大橋 TIRPSEに関しては正解もわからず必死に突っ走っただけです。だからこそ、その経験を生かして、今、98〜99点のレストランを100点、いや120点のレストランにするために力になれることはないかと考えています。お金持ちになりたいとか、物が欲しい、有名になりたいという願望は全然ないんですよ。給料、スタッフの中で下から2番目ですし(笑)。お金は二の次に考えていたからこそ、色々なことにチャレンジできたと思っています。

 

ーーその中には、シェフの育成のような項目もありましたか?

 

大橋 いえいえ。Cronyの春田理宏くんにしても田村浩二くんにしても、こないだコラボをした渥美創太にしても、TIRPSEで腕をふるってくれたシェフは既にすごかったんです。彼らに舞台を作って照明を当てるだけの作業というんでしょうか?そういう作業には引き続き、とても魅力を感じています。

 

ーーご自分のお店を作るという構想は?

 

大橋 当分ないですね。あ、でも、2020年にとんかつの店をオープンします。

 

ーーへえ、ツカント(※TIRPSEで開催した期間限定のランチのみのとんかつ店の名称)のノウハウを生かしてですか?

 

大橋 そうですね。そういう具合にこれまでの経験を生かしていけたらなと。笑われるかもしれませんが、ビートルズになりたいんですよ、僕(笑)。ビートルズって7年間しか活動しなかったのに、その実績や作品いろんな角度から切り取って、多くの世代の人々の記憶に残り続けている。だから、レストランのことなら大橋に連絡してみようか、みたいになれたらいいですね。

 

ーー飲食業界の必殺仕事人ですね

 

大橋 アハハ。もう一つやりたいこと、というか、すでに始めているんですけれど、海外におけるポップアップイベントのプラットフォームを作りたい。先日、香港で食事をしているときに、隣に座った人が、「自分は世界に100台しかない車を2台持ってるし、60億のマンションも買える。なのに、東京の寿司店の席がとれない。お金を払えば呼べるのか?」と聞かれ、東京に帰って、知り合いの寿司職人さんたちにその話をすると、「海外でやってみたい」と言ってきたんです。

 

ーーそのニーズは確かにありますね。海外でポップアップをやりたいけれど、ノウハウがわからない、という料理人もたくさんいるはずですから。

 

大橋 フランス料理のシェフは、海外でも自分でやれるノウハウを持っているんです。素材も現地で揃えられますし、海外で修行経験がある人も多い。ところが、日本料理や寿司では素材や水の調達から始めなければいけない。

「閉店」もスキルに。飲食の「困ってる」をサポートする

ーーなるほど。和食や寿司の要望は多いでしょうね。この数年で、イベントの数は驚くほど増えていますし、一般の方たちのイベントに参加したい欲も右肩上がりですから、ビジネスとして、期待が持てますね。

大橋 お互いハッピーになるような企画をしていきたいですね。そして、もう一つ考えているのが、レストランの合併。今、どこのレストランに行っても「人がいない」というのが共通の悩み。それなら、3人の店と3人の店が合併して6人の店にすればいいのでは、と思うのです。で、改めて6人で成り立つビジネスモデルを考える。2チームの合体も新店も話題になれば、「人が足りない」よりいいかなと思います。

 

ーーなるほど、それは考えつきませんでした。

 

大橋 店を閉店する理由は、大きくわけて、体力的な辛さか、金銭面の辛さ。まれに発展的な閉店というのもありますが。閉めるのは、開けるよりもエネルギーが要るとよく言われますが、まさに閉店に向き合ってるので痛感しています。やめるなんて言わなきゃよかった(笑)。それで、閉店間際になり「閉店」にもスキルが存在すると感じています。いま、お店を持っている人全員が店をこのまま続けたいのでしょうか?僕は自分のお店を自分で閉めた経験がある。そういう方の力にもなれるかなと思っています

あと、地方との仕事は積極的にしていきたいですね。

 

ーー日本もやっと、フランスのように、車で何時間もかけてレストランに行く時代になってきましたし、大阪万博も決まって、さらに、一極集中ではなくなるはずです。

 

大橋 地方のレストランは、シェフの意識や哲学が素晴らしく世界中からお客様が来るようなレベルが高いお店が多い。しかし、ドリンクまで東京や世界のレベルではないケースもあると思う。そのレストランのコンセプトに沿ったドリンクやサービスのお手伝いなどはしていきたいと考えています。

 

ーーダイニングアウトをはじめ、様々なイベントで日本中を回ったのも強みですね。

 

大橋 そういう機会に恵まれたことは本当に感謝しています。地方の食材や生産者に直に触れられたことは、変えがたい経験でした。地方に行ったら、必ず市場に行くようにしています。それで、並んでいる野菜を見て、頭の中で、スムージーを作る遊びがマイブームです(笑)。沖縄だったら赤っぽかったり、北海道なら、ホロ苦みのあるグリーンだったり。これからはその地方にしかない魅力をいかにして引き出していくかが勝負だと思っています。TIRPSEのシェフたちと一緒で、舞台と照明さえちゃんとすれば才能は輝きます。僕は様々な地方の生産者や料理人の才能を共有し、お客様に提供することができて、幸せでした。今後も少しずつでもそうしたことを積み重ねていきたいと思っています。