人気企画“食のプロの履歴書”シリーズ。春のショートケーキに続いて、今回フォーカスするのはモンブラン。選者は同じく、元『エル・ア・ターブル』編集部でフリーエディターの河合知子さんと、『料理通信』の君島佐和子さん。思い出と食ツウならではのエピソードとともに、ストーリーのあるモンブランをそれぞれお届けします。

〈モンブランの履歴書〉
『料理通信』君島佐和子さん編/Vol.2

中学生の頃から憧れ続けた、イタリア版モンブラン

食の専門誌の仕事をするようになって、しばらくしてからの疑問が「フランス菓子屋さんはこんなに次々とオープンするのに、なぜイタリア菓子屋さんはできないんだろう?」でした。フランスで修業するパティシエさんが多いのだから、当然と言えば当然なのですが。ですので、2005年、表参道にイタリア菓子職人の藤田統三さんがシェフを務める「ソルレヴァンテ」(現在は閉店)ができたときには小躍りしたことを覚えています。

 

私にとって、イタリア版のモンブラン「モンテビアンコ」は長年の憧れでした。中学生の頃、朝日新聞の日曜版でモンテビアンコの記事を読み、イタリア版モンブランが存在することを知り、激しく興味をかきたてられたんです。アルプスの山々を見ながら暮らしている人々が、地元の栗で山の形のお菓子を作ったところから生まれたそうです(諸説あるようですが)。

 

フランスではモンブラン、イタリアではモンテビアンコ。フランスから見ているのか、イタリアから見ているのか、場所は違えど見ているのは同じ山です。そして、同じ名前の同じようなお菓子がある……。「あぁ、一度、イタリアのモンブランを食べてみたい」と、幼いながらに切望しました。その夢が、藤田統三シェフによって実現したわけです。ちなみにその記事はいまだに手元にあります。すっかり変色してしまっていますが(笑)。

私の夢を叶えてくれた、藤田シェフのモンブラン

ラトリエ モトゾー「モンテビアンコ」

750円。通年商品。

 

藤田シェフの「モンテビアンコ」は、君島さんがその昔、新聞で見たのと姿形は似ていたが、さらに洗練された佇まいだった。

 

「マロンクリームの上にホイップクリーム。まるで、雪で覆われた山の姿。勝手な意見ですが、これが正しいモンブランの姿だと思いました。新聞に載っていたのは、お皿にざっくりと盛り上げたそぼろ状のマロンペーストの上に生クリームがポテッとのっているラフなスタイルでした。こちらはキリリとシャープな立ち姿。アルプスの高峰らしさが感じられて、“やっぱり、これぞモンブランだよなぁ”って、惚れ惚れします。ブレンドした栗のクリームの味わいも、ココアを利かせたメレンゲも、ちょっと大人な印象。姿だけじゃない、モンブランの味わいの表現の広がりにも心動かされました」

 

藤田シェフに、その魅力の秘密を伺う。栗のクリームは、イタリア産の栗3種をベースにフランス産の栗をブレンド。計4種類の栗を使用するのだとか。

 

「一種類の栗で作ると、その栗の味しか出せません。でもブレンドすることで、風味やコク、軽やかさなど、それぞれのいいところを組み合わせることができます」と、藤田シェフ。さらに、このアイデアは生クリームありきで生まれたと続ける。

 

「実は、新しく出た北海道産の生クリームに惚れ込んだことから、この栗のクリームのブレンドを考えたんです。通常の生クリームは、濃い生クリームをミルクで薄めてパーセンテージを下げています。でもこの生クリームは、薄めるのではなく、最初からそのパーセンテージのものを作っているので味にブレがなく、非常に完成度が高い。モンテビアンコの生クリームは脂肪分40%ですが、コクだけでなくキレもあって、最初に食べた時、本当においしい!と感じました」

 

メインで使用しているのはイタリア産の栗なので、甘みも重みもしっかりあり、存在感のある味わい。そのコクを生かしつつ、何十種類もの他の栗を取り寄せて試作を繰り返しながら、生クリームにも合う最高の栗の組み合わせを考えていったのだそう。

 

栗のクリームがそぼろ状なのも、イタリア製モンブランの特徴だ。口金を使ってクリームを絞り出すのではなく、イタリアでは野菜を裏ごしするような器具でクリームの具材をこす。ホロホロと出てくるクリームを優しくすくい取って盛り付けるため、栗のクリーム部分は十分に空気を含む。また、ココア風味の、サクッとした食感のメレンゲも、味に奥行きを出している。濃厚なのに口どけがいい、藤田シェフのイタリア菓子愛がこもったスペシャリテ。ぜひ一度ご賞味あれ!

取材班が見つけた、「あ、これもください」

「カンノーリ」各600円。

 

リコッタチーズ100%で作る、シチリアのお菓子

映画『ゴッドファーザー』シリーズにも登場、イタリアを代表するお菓子「カンノーリ」だが、「カンノーリは、中のクリームがリコッタチーズ100%でないと“本物”とは言えないんですよ」と、藤田シェフ。

 

「北イタリアはピエモンテ産の、アズィアーゴというチーズがあり、そのチーズ用のミルクで作ったリコッタチーズが最高においしくて! そこのリコッタチーズを生かした伝統菓子、カンノーリを作りました。まだまだ知名度の低いカンノーリ、その本来の味を知って欲しいと思っていたところなので、ちょうどいい出合いでした」

 

生地が筒状なのは、昔、サトウキビに生地を巻きつけて揚げていたため。その中に、オレンジピール、チョコレート、それぞれを混ぜたリコッタチーズのクリームがギュッと詰められている。片方ずつ別の味わいにしたのは、藤田シェフの遊び心だ。「カンノーリの王道の味、ふたつを合体させています。お客さんも、ひとつでふたつの味が楽しめたほうがうれしいでしょ?(笑)」

SHOP DATA

イタリア菓子の伝統と味を堪能できるパスティッチェリーア

目黒川沿いにあるショップには、イタリアの伝統的なケーキやお菓子が並ぶ。イートインスペースも備えているので、買い物や散歩の途中にふらりと寄るのもいい。

 

もともとはイタリア料理を学んでいた藤田シェフ。でも本場のイタリア菓子と出合って、その奥の深さに魅了され、「本当のイタリア菓子を、日本の人にも食べてもらいたい」と強く思うようになったそう。「“イタリア菓子は甘い”と思われている方が多いと思いますが、実はとてもさっぱりとした甘みが特徴です。素材の味を楽しみながら、『もうひとつ!』と思えてしまうほど軽さがあります。ぜひ一度味わってみてください」

CHEF’s PROFILE

藤田統三(ふじた・もとぞう)

1970年生まれ。大阪出身。フランス菓子専門店にてフランス菓子を学んだ後、ハーゲンダッツジャパンに入社してジェラートを学ぶ。97年、イタリアンレストランにて、イタリア人パティスリーシェフのもとで働いたことをきっかけにイタリア菓子に魅せられ、99年に渡伊。その後一度帰国するが再渡伊し、チョコレート専門店でも修行を積む。2005年に東京・表参道「ソルレヴァンテ」の立ち上げに参加。2016年夏には、東京・池尻大橋に「ラトリエ モトゾー」を開店。イタリア菓子の歴史研究にも注力し、専門学校や大学などで指導も行う。

 

おしえてくれた人

君島佐和子(きみじま・さわこ)

栃木県生まれ。早稲田大学第一文学部演劇専攻卒。株式会社パルコ、フリーライターを経て、1995年『料理王国』編集部へ。2002年より編集長を務める。2006年6月、国内外の食の最前線の情報を独自の視点で提示するクリエイティブフードマガジン『料理通信』を創刊。編集長を経て、2017年7月から編集主幹に。辻静雄食文化賞専門技術者賞の選考委員。日経新聞の日曜朝刊「NIKKEI The STYLE」に寄稿。デザイン専門誌『AXIS』、マガジンハウス『アンド プレミアム』でコラムを連載。著書に『外食2.0』(朝日出版社)。

 

取材・文:神山典子

写真:山下みどり