〈おいしい仕事の仕掛け人〉

「食」は人の暮らしや世の中の価値観を変えてしまうことだってある。そんな「食」の可能性を信じて、ビジネスに取り組む人にフォーカスする連載。

今回はファミリーレストラン「100本のスプーン」の考案者でもあるスープストックトーキョー社長の松尾真継さんが登場。

松尾真継 Sanetsugu Matsuo

株式会社スープストックトーキョー取締役社長

1976年生まれ。99年早稲田法卒、日商岩井(現、双日)、ファーストリテイリングを経て、04年に三菱商事のベンチャー子会社だったスマイルズに入社。部長、事業部長などを歴任後、08年のMBOによる会社独立時に取締役(副社長)に就任。162月からは同社から分社した株式会社スープストックトーキョーの取締役社長を兼務

 

––松尾さんは商社、ユニクロを経てスープストックトーキョーに入られたんですね。ユニクロ時代に“本当に美味しいもの”に出会われたのだとか?

 

約3年弱働いた商社を飛び出して、ユニクロ(現・ファーストリテイリング)に入り、店舗で経験を積んだ後、農産物事業の新規立ち上げに参加しました。永田農法(必要最低限の水や肥料のみを使って、その野菜や果物の原生地に近い環境で育て、それによってその作物本来のおいしさを引き出す農法などで育てた野菜を販売する営業の責任者でした。この農法で育てたトマトやみかんは驚くほど美味しいんですよ!結果的にその事業は2年で撤退しましたが、本当に美味しいものに触れた感動から、次も食を扱える所で仕事がしたいなと考えていました。

 

 

––それで、Soup Stock Tokyoと出会うことになったんですね。

 

 

はい。当時「Soup Stock Tokyo」の缶スープがコンビニで売られていて、それを見かけたのが最初の出会いですね。その後、実際に店に行ってオマール海老と渡り蟹のスープをテイクアウトして家で食べたら衝撃の美味しさで。高いのにファーストフードと言っているし、なんだろうコレは?と調べてみるとベンチャーで、社長もアーティストだったりして変わってるなと(笑)。野菜の美味しさで肥えた僕の舌にも、このスープは本物だなと感じました。

 

––ファーストフードと謳っているのにこの本物感は何なんだ⁉︎と。

 

そうです。そもそも「ファストフード」という言葉の意味は食事をスピーディーに提供するというだけの意味。なのに、それ以外のイメージも付いてしまっています。特に創業当時は、テレビCMをたくさん流して、おもちゃを配って、添加物がたっぷりで、低価格で提供されるのがあたりまえというようなイメージがありました。そんな中、無添加で、本当に美味しくて、品質が高いものをクイックにお客さんに提供している「Soup Stock Tokyo」のビジネスモデルとその本物感に惚れたんです。このクオリティーとセンスがありながら自らを「ファストフード」と名乗るブランドであれば、いずれ世界でもやっていけるのではないかと思い、そのまま門を叩いて入社しました。

 

―それから14年。食のお仕事をしていて一番楽しいことは何ですか?

 

共感する仲間たちと仕事ができていることが嬉しいですね。スープストックトーキョーは「世の中の体温をあげる」という理念を掲げている会社で、1杯のスープを通じて心や体が温まったとか、勇気が湧いてきたとか、涙が出てきたなんていう体験を提供したいと思っています。何をやるにしても、「理念に当てはまっているのか? 誰かの体温を上げ、笑顔にできているのか?」という基準を大切にしています。

毎日お客様からたくさんのご意見が寄せられのですが、ある日会社宛てにこんなメールが届いたんです。

「忙しくてイライラしていて、そんな時にスープストックで横柄な態度を取ってしまいました。そんな時、スタッフの方が『お仕事お疲れ様です、今日も一日いい日になりますように」と笑顔で言ってくれた。感動して席で泣きそうになりました。人に八つ当たりして感謝できない自分に気づいて自分が変わりました。これからも元気を出したい時にはスープストックに行きます」と。

 

 

––いいお話ですね。

 

このメールは社員の前でも朗読しましたし、何度も読み返してきました。心が冷めてしまったり、気持ちが晴れない日は誰にでもあるものです。そんな時にこそ、1杯のスープを通して、少しでも体温を上げて温かい気持ちになってもらいたい。それにはわたしたちはどうしたらいいだろう?と常に皆で話し合っています。

スープストックトーキョーでは約1500人のパートナー(アルバイト)が働いているのですが、社内コミュニケーション活性化の一環として、「Smash」というSNS機能の付いた社内報をはじめました。この「Smash」はパートナーでも社員でも誰でも自由に書き込めるようになっていて、「こんなことをやったら、お客様に喜ばれました!」など、みんなが世の中の体温を上げるために日々取り組んでいることを共有し合ったり、それを賞賛したりしているんです。やはり、店は人で成り立っています。一人一人が自ら主体的にブランドを体現している状態を目指しています。

 

––100本のスプーンはどのような想いから生まれたんですか?

 

「Soup Stock Tokyo」は創業者の遠山が、一人の女性が温かいスープを飲んでほっとしているシーンを思い浮かべたことから始まりました。スープに添加物などの余計なものを使っていないのは、遠山の家族がアトピーで大変な思いをしたことからです。私自身もそんな風に日々の生活の中から芽生えた個人的な動機で何かを始めたいなと常々思っていたなかで、結婚して子供ができました。そうなると、途端に生活も食事をする場所もガラリと変わるものだなあと。子連れだとおしゃれな店にも行けなくなって、バギーを押しながらフードコートで席取り競争をしなきゃいけなくなる(笑)。さらには、自分の家族を連れていきたいと思えるファミリーレストランが世の中にない!ということに気づきました。それで自分が家族を連れていきたくなるファミリーレストランを作りたいという思いに至り、「100本のスプーン」を作りました。

「100本のスプーン FUTAKOTAMAGAWA」の大沼牛のハンバーグはフルサイズと(1,780円・税抜)とハーフ(990円・税抜)が。子供も大人と同じものを食べられることで、一人前になった気分に。

コンセプトは「コドモがオトナに憧れて、オトナがコドモゴコロを思い出す」。

子供の「お母さんと同じものが食べたい!」という願いを叶えるため、ほぼ全てのメニューにしつらえそのままのミニチュアのようなハーフサイズをご用意しています。子供用の食器なども、ありがちなプラスチックでは味気ないですしホンモノに触れてもらいたいと思い、ガラスや陶器の本物を使用しています。割れることもあるし、そうしたらどうなるかってことも学びですから。バーカウンターでお父さんがカッコよくワインを、子供はそれを真似してブドウジュースで乾杯、なんてシーンも実現させました。ちなみに、同じワイナリーのブドウを使ったジュースです。

せっかく外食に来たのにみんなスマホゲームをしていて家族の会話が無いというのは寂しいと思い、メニューを塗り絵にすることで料理が来るまでの待ち時間もみんなで楽しめて、家族の会話が広がるようにしました。

そして、これが一番反響が大きかったのですが、赤ちゃん連れのお客様には、月齢にあわせた初期・中期・後期と3種類ある温かい離乳食を無料で提供しています。今では、おかわりも含めて一日60杯以上もの離乳食がでますが、毎朝シェフがだしを取り、季節の食材を味わってもらうべく腕を振るっています。

 

離乳食は月齢に合わせて3種類を用意。なんと無料というから驚き。丁寧に取った出汁に季節の野菜を用いたものを。

また、一日に何件ものお子さんの誕生会や家族のアニバーサリーでもご利用頂くのですが、こないだ、お子様の1歳の誕生会を開かれるご家族の為に記念のデザートプレートを作る際に、パートナーの子から「お母さまにも母になった1周年の記念としてのプレートを作って差し上げていいですか?」という提案があり、実際に提供したところお母さんが泣いて喜ばれたという報告ももらいました。

 

100本のスプーン FUTAKOTAMAGAWAの一角には、大きさの違うソファが並ぶスペースも。親子並んでランチやお茶タイムを楽しむ姿が毎日見られる。

理念に共感する素敵な発想ができる仲間たちと、ほんとうに自分が行きたくなる店が作れていること、こんなに嬉しいことはありません。

メニューの一部は塗り絵に。レストラン体験を楽しいものにするアイデアのひとつ。

接客マニュアルはない。だから表現力で採用している

スープストックトーキョー中目黒店

––どこのお店に行っても皆さん感じがいいですね。どうしてこんなにいいスタッフが集まるのでしょうか?教育がしっかりされているのですか?

 

 

スープストックトーキョーには、サービスマニュアルはないんです。挨拶ひとつをとっても「こんにちは」と言うのか「いらっしゃいませ」なのかは個々に任せています。挨拶まで定型化してしまったら思考が停止してしまうし、気持ちが乗りません。我々は、お客様に想いを届けられる=”表現できる人”でありたいんです。商品や空間に込められたさまざまな思いをお客様に届けられるのは人ですし、人にこそ、どうしたらそれが相手に伝わるかを考える力や表現できる力があると思っているからです。

そんな思いから新しくはじめたのが「表現力採用」です。例えば2時間の映画が人の人生を変えることがあるように、我々が提供するスープを食べていただく20分程度の時間も人生の転機になるかもしれない。そんな「きっかけ」を提供できる表現者を求めて面接場所も自己アピール方法も自由に選べる面接のスタイルにしています。

一人あたりの持ち時間は20分です。

ある学生は「学生時代ずっとモデルをしているので、撮影しているときの自分を見にきてほしい」ということで、採用を担当している僕自身が20分間撮影スタジオに見に行きました。見ることができたのは撮影の一部ですが、彼女のプロとしての立ち居振舞いや表現力を見て「これは採用!」となりました。そのほかにも、SMAPが解散してしまったことの切なさを父親との関係性を絡めて熱く語ってくれた子や、氣志團への愛について熱弁をふるう子なども採用しました。何かに熱狂することができて、人を巻き込むほどに語ることができる情熱的のある人は、1杯のスープを通して人の心の体温を上げられる素養があると思うんです。表現力のある集団を作るぞという想いで始めたこの採用方法での1期生は間もなく入社2年目を迎えますが、一人も辞めることなくイキイキと働いてくれています。

 

 

スタッフに休みを取らせるためだけの専任部隊を結成

 

––スタッフがイキイキと働くために会社で工夫していることはありますか?

働き方改革ならぬ「働き方開拓」というテーマで、仕事とプライベートのメリハリをしっかりと持つことで、ちゃんといい働き方を、そしていい生き方をみんなでしようと社内の制度改革を行っています。

4月からは店で働く社員の公休を8日から9日に増やし、更に連続しても取ることのできる12日の「生活価値拡充休暇」を付与しました。すべてを取得すると年間休日休暇は120日になります。飲食の世界ではカレンダー通りという休み方ではない上に、そもそも休日数が少ないことが当たり前になってしまっています。また、こういう制度改革をおこなっても、あとは店まかせにしていて結局は休めないことが多いという話も聞きます。

そこで、スープストックトーキョーでは、きちんとみんなが休める状態を作るために店舗社員が休みの時に代わりに店にはいってくれる本部所属の専任チームを作りました。このチームのおかげで皆が計画的にしっかり休みがとれるようになってきています。

 

––サービス業は休みにくい、というイメージを覆してくれてますね。

 

飲食業も、ファストフードも、ファミリーレストランも「なんでこうなっちゃうの?」と思うことが沢山あります。遠山も私も、もともと飲食業出身ではないので既成概念に縛られることなく新しいことが考えられるんだと思います。

そもそも食という字は、人+良いと書きます。ただ売上につながることをやればいいわけではないと思うんです。人は何を食べたかによって作られるものですから、提供する食には大きな責任が伴います。品質にはこだわりますし、フェアトレードである事も重要で、いいものを生産者さんから適正な価格で買って、生産者さんとも気持ちよく仕事が出来るようにしたい。もちろん企業努力は必要ですが、むやみに安売りすることはできないはずなんです。

日本の食の安さは異様だと言われます。NYでもロンドンでもこんなに安くは食べられない。やはり、どこか歪んでいて、それがあたりまえになってしまっていると思います。安い飲食だから働く人も安い賃金になるというのは悪循環でしかなく、結果的に飲食業の人がさげすまされるような状況になることもおかしいですよね。

 

 

––今後の展望や夢は何ですか?

 

自分の大切な人にしたいことを、誇りを持って他人にもしていきたいなと思います。添加物はやめようとか、温かい離乳食を提供しようとか、普段の生活で自分たちが当たり前にやっていることを仕事においてもちゃんと実現する。それが当たり前の世の中にしていけたらと思います。自分が家族を連れていきたいファミリーレストランとして「100本のスプーン」を作りましたが、自分たちだけで何百店にも増やせるわけではありませんし、まだ僕の家の近所にもありません。でも「100本のスプーン」でやっているような事が当たり前なこととして、大きな会社が取り入れてくれたらそれは嬉しい事だと思いますし、そういう社会にしたいんですよね。

私はラッキーなことに今自分がやっている仕事が大好きで、スープストックトーキョーにも誇りを持っていて、生活と仕事に大きな垣根がありません。今度はどういうメニューがいいかな?なんて家族と話したりもします。

そういう話を社外ですると羨ましがられることが多いのですが、なんとなく生活と仕事に線引きをしすぎている人が多いからなのだろうと思います。

例えば飲食の関係なら、家庭では添加物も嫌だし手間暇をかけるのは当たり前にしているのに、仕事上の商品の話になるとそれが抜け落ちてしまっていたり、まあしょうがないと思って見ないフリをしてしまっている人が多いというようなことです。

こういう乖離が社会の歪みに繋がってきたと思いますし、私はそこに違和感を感じます。それが過去のことならば、今の世の中を作っている私たちは、やはり当事者意識をもって正していくべきだと思うのです。

素直に正直にそして自分の本来の価値観をそのまま仕事に活かせるような働き方、会社を作っていくことができればそれは一つの「きっかけ」になると思っています。

 

大変だけど楽しいんですよね、そういう仕事って。

 

 

撮影:石渡 朋