クラフトビール醸造所の稼働率が全国1位となる40箇所(2017年)もあるなど、実はつくりたてのおいしいお酒が最も飲める都市といっても過言ではない東京。そんな、東京生まれ、東京育ちのフレッシュなお酒が飲める、醸造所があるお店を全3回に分けて紹介する短期連載。

 

初回は、グルメとファッションスポットのひしめく街・銀座に2017年に誕生した、醸造所併設のブリューインバーを紹介。「小さいタンクでいろいろな種類を造ってみたい」という思いから始まったゼロからのビール造り。その誕生秘話を知れば、ビールがもっと美味しくなること請け合い。

【東京醸造所めぐりPart1】「BREWIN’BAR 主水-monde- 銀座醸造所」

銀座で30年続いてきた老舗バーが、醸造所に。地下にあるお店の木のドア

 

銀座8丁目の路地、狭い階段を下っていった地下1階にある「BREWIN’BAR 主水-monde-(ブリューインバー・モンド)銀座醸造所」。店内には8席のカウンター席と36のテーブル席がある。

 

大正ロマンをモチーフに、壁には絵が飾られる。幅広い年齢層が常連客

 

入り口右奥にあるのが、かつてのパーティールームを改装した小さな醸造工場。銀座で30年続いてきた老舗バー「MONDE BAR(モンドバー)」が2015年にクローズになることが決まったときに、オーナーがバーの卒業生たちを呼んで「何かやれ」という指令を下したのが、ことの始まりだった。

知識ゼロから始めたビール造り。ヒントは“ホーム・ブリューイング”

店の奥にある醸造工場。麦芽の粉砕、糖化、酵母投入、発酵、熟成まで全てここで行う

 

指令を受けたのは、現在この店のバーテンダーで店長の武蔵さん。当時銀座と青山のバー2店を経営していた武蔵さんは、後輩の児玉さんとかねてより「いつかお酒を造りたいね」と話していたという。即座に「ビール造りませんか」と言うとオーナーは「やってみろ」。

 

店長の武蔵さんは、気さくで話し好き。若い世代から天才ブリューワーが誕生するのを心待ちにする

 

「『ビール造ろうぜ、おー!』みたいなノリから始まりましたが、実はビール醸造についての知識はゼロ。そもそも銀座で、地下で出来るの?ということすらわからなかった。調べていくうちにだんだん、『うん、出来そうだ』という話になっていきました」

 

武蔵さんたちは「小さいタンクでいろいろな種類を造ってみたい」と考えた。イメージしたのは、アメリカで当時流行していたホーム・ブリューイングだった。「お父さんが、ガレージやキッチンの片隅で、奥さんに『邪魔よ!』と叱られながら、おいしいビールを造りたくて切磋琢磨している、あんな感じ」

 

実際にアメリカでは『HomeBrew In Paradise』という釣り道具屋みたいなショップがあって、麦芽やホップ機械類など全てが揃う。

 

「お店ではおじさん同士が『これ、試したか』『うちのを飲んでみろ』なんて話しながらビール造りの腕前を磨いている、という話を聞きかじっていました。児玉が海外に行くときにカタログをもらってきてもらい、行政書士さんにどうすれば酒造免許をとれるのかを教えてもらったりしながら、最終的には勇気を振りしぼってホームページから『ポチ』っとして道具を買いそろえました」

 

カナダから取り寄せた醸造タンクは4個。タンク1つから15リットル樽5本分のビールができる

元エンジニアにベテランブリューワー。続々と仲間が集まり“チーム・BREWIN’BAR”が結成された

「MONDE BAR(モンドバー)」が2015年10月にクローズした後、同年12月には同じ場所にクラフトビールを提供するビアバーをリニューアルオープン。提供する生ビールをお客さんが「美味しいね!」と言ってくれるたび「待ってろよ~、オレたちも造るぞ、と思いをたぎらせていましたね」と武蔵さん。

 

自家製ビールは酵母を濾過しないため、発酵が進まないよう冷蔵設備が必要。ただ、当時の日本には狭いバーカウンターに収まる冷蔵システムや炭酸ガスを封入するシステムは存在しなかった。そこで活躍したのが大手電気メーカーにエンジニアとして勤めていた小野寺さん。武蔵さんがアメリカから取り寄せた道具を組み合わせ、出来たての生ビールが入ったタンクを冷やしてタップから注ぐ空冷システムを自作してくれた。

 

小野寺さんが自作した空冷システム。ビールの種類ごとにガス圧を調節する

 

名刺やイベントのフライヤーを作るデザイナーも飲み仲間。そして、横浜ビールや田沢湖ビールなどで21年の経験を積んできたベテランのブリューワー、榊さんも呼び寄せ、「チーム・BREWIN’BAR」は結束を高める。

 

ヘッド・ブリューワーの榊さんのモットーは「エンジョイ・ブルーイング」=楽しいビール造り

初めて自分たちが作ったビールをゴクリ。感動のその味は…

翌年2016年8月に小規模醸造免許を申請、9月にカナダからタンクなどの醸造器具が到着。2017年3月に初めてのビールが出来あがってチームのみんなで味わったときの記憶を武蔵さんはこう語る。

 

「ゴクリと飲むその瞬間をずっと思い描いていたから、うれしかったですよ。児玉がわんわん号泣するので泣きそびれながらも、じわっと涙がにじみました。バーテンダーとして30年以上お酒の味や香りを味わってきたのに、あのときのビールの味はよく覚えていないんです。もう、ただの感情的な親父になっちゃって、3カ月ぐらいしてからようやく冷静に味を感じられるようになりました。自分があんなふうになっちゃうとは思わなかったなぁ!」

 

カウンターの目の前でタップから注がれる薫り高いビールに思わず喉が鳴る

 

申請から半年後、2017年の2月に許可が下り、店内にビール醸造工場を併設する新生BREWIN’BAR 主水-monde-が誕生。今年4月には、ヘッド・ブリューワーの榊さんの味に惚れ込んだ宮部さんがOLから転身してブリューワーとして加わった。

 

同店のビール造りを担うブリューワー陣。写真左から小野寺さん、榊さん、宮部さん

 

宮部さんは、「師匠である榊さんは、24時間ビールのことを考えている、ビール愛がすごい人です。私にとっての出会いのビールはベルジャンペールエールだったのですが、9月にようやく自分でることが出来て、熟成していく程すべてを味わうことが出来ました」と話す。

 

写真左から「ブルーベリー」「ニューイングランドIPA」ともにHalf Pint 800円(税抜)

 

榊さんは自分たちのビール造りを「フェイス・トゥ・フェイス」という言葉で表現する。

 

「バーカウンターの左端は、ブリューワーの席。そこに座ってお客さんの横顔を見たり、ときには会話をしながら『秋らしい味が飲みたい』『さっぱりしたのってよ』といったリクエストを聞けるのも、小規模だからこそのメリットですよね」

 

午後すぎになるとどんどんお客が訪れ、にぎやかな声が響く、居心地のいい空間

 

リクエストを聞き、歩いて数歩の距離にある醸造工場に戻り、その味と香りを実現していく至福の喜び。つくり手の幸福を共有出来る場が、ここにある。

取材・文:柳本 操

 

撮影:大谷 次郎