〈おいしい歴史を訪ねて〉

歴史があるところには、城跡や建造物や信仰への思いなど人が集まり生活した痕跡が数多くある。訪れた土地の、史跡・酒蔵・陶芸・食を通して、その土地の歴史を感じる。そんな歴史の偶然(必然?)から生まれた美味が交差する場所を、気鋭のフォトグラファー小平尚典が切り取り、届ける。モットーは、「歴史あるところに、おいしいものあり」。

第10回 築地魚市場の絶品マグロと、江戸前寿司

築地といえばやはり江戸時代から続く魚市場だね(築地本願寺という人もいるが)。

 

もともと「築地」という言葉には埋立地という意味も含むそうで、言わずもがなここ東京の築地も埋立地である。1657年の大火で焼失した西本願寺(現在の築地本願寺)の代替地として佃島の住人によってこの土地が造成されたとか。また、この地域は広々とした場所なので武家屋敷が数多く立ち並んでいた。ひっそりとたたずむ料亭などはその名残かもしれない。

どっしり構える姿が貫禄ある築地本願寺

 

漁業において、日本ほど海に恵まれている国はないと思われる。寒流・暖流が太平洋と日本海で循環するなど、世界一の漁場ではないか。

築地が移転するということで何度か取材をした。僕らはセリを見るとつい“おいしい想像”をする。まあ、アメリカ人が牛の大牧場見てよだれが出てくるのと同じか。マグロ問屋の親分から「長靴履いてこい」と言われていたので、魚市場で使うためのプロ用を奮発して手に入れ、早朝3時に市場に向かった。案の定、まずは足もとをチェックされた。なるほど、これがマナーなんだ。新調した長靴を見て、「おお、お前はわかっとるなあ」といわんばかりの優しい目線がうれしい。確かに場内ではいつも水を流していた。それも魚の鮮度が落ちないように、海水と生水をうまく使うよう工夫されている。だから、とくに場外からの土や異物を気にする。先人らから引き継いだ知恵だ。

マグロは常に泳いでいる、というか泳いでないと死んでしまう。まあ、僕らも働いてないと飢えて死んでしまうので変わりはないが。太平洋や日本海の群青色の深海をものすごいスピードで群れをなして泳ぐ姿は圧巻だろう。まるでサンダーバードのように、スピードが出ると背びれや腹びれは折りたたまれ抵抗を防ぐという。クジラもサメも追いつけないし襲えない。敵は貪欲な人間だ。世界的なマグロ人気で乱獲され、それも30kg未満を日本人が定置網でごっそり捕獲してしまう。実に情けない問題で悲しい。

絶滅危機にあるクロマグロの件は非常に難しい問題だ。関係者によると、「おいしいマグロを食べられなくなる日は近いと言われています。青森あたりでとらないと新潟沖あたりで、そして島根沖あたりで一気にとられてしまいます」とのこと。捕獲を2~3年規制して我慢すると改善されるとの意見があるが、果たして現実的だろうか。

 

それにしてもマグロはうまい。握りを筆頭に、鉄火場で食事の時間を惜しみ海苔で巻いてかじったという鉄火巻き(語源は諸説あり)。たくわんとトロの組み合わせも最高だ。場外には多くの寿司屋がひしめく。どれも新鮮な食材を築地から仕入れているので安くておいしい。

場内&場外の寿司店で腹ごしらえ

場内/龍寿司

おいしいマグロは身銭を切って本物を知ることが大切、ぜひ自分の感覚で味わい知ってほしい。そのための修行はぜひするべきだとマグロ卸の仲買人に進言された。みなさんご推薦の場内の龍寿司へ。

出典:代々木乃助ククルさん

 

この寿司屋は築地場内にあって、朝の6時半からお昼の2時まで営業している。築地で働く人のおいしい憩いの場所でもある。まあ、仕事が丁寧なこと。午前3時からはじまるマグロの競りの取材の後に連れてこられた。当たり前だがネタがめちゃくちゃ新鮮で、なんでもございだ。ありがたいことに、新しい築地市場にも出店してくれるとのこと。いつまでも、この寿司の伝統芸を味わいたいものだ。

出典:代々木乃助ククルさん


※10月6日の築地閉場に伴い閉店予定。事前に営業時間を問い合わせしてから、行かれることをおすすめします

場外/つきぢ神楽寿司 新館

場外で、ふらふらと看板に誘われて入ったのがこちら。土日はいつも混むと思って、日を改め平日に行ってみた。威勢の良いカウンターは、気持ちまで元気にしてくれる。さあ食べるぞ!

訪れたときは夏だったので、鱧を梅でいただく。冷たい食感が最高だ。

いつ見ても江戸前の握りは美しいなあ。

マグロ卸問屋「鈴与」の江戸っ子親分に聞いたら、寿司は必ず手で食べること。ちょっとハスに構えて、横にしながら醤油を少しつけて一口で食うのが粋だそうだ。

未来永劫おいしいマグロが食べられますよう、神様へのお参りも忘れずに

明暦の大火の後に4代将軍家綱公が手がけた最後の埋立の工事で困難を極めたのが、この築地海面。堤防を築いても激しい波にさらわれてしまう。ある夜のこと、海面に光を放って漂うものがあった。不思議に思い人々が船を出してみると、それは立派な稲荷大神の御神体だった。みなは怖れ、早速現在の地に社殿を造りお祀りして、盛大なお祭をした。それからというものは、波風がピタリとおさまり、工事はやすやすと進み、萬治2年(1659)に埋立も終了したというエピソードがある。

人々は、その御神徳のあらたかさに驚き、稲荷大神に 「波除」 の尊称を奉り、雲を従える〈龍〉、風を従える〈虎〉、一声で万物を威伏させる〈獅子〉の巨大な頭が数体奉納され、これを担いで回った。これが、祭礼 「つきじ獅子祭」のいわれだそうだ。

築地は世界的にも魚市場としては群を抜いている。日本人が大切にしている食文化の伝統が連綿と受け継がれている。特にマグロは別格。未来永劫マグロをいつまでもおいしくいただけることを祈りたい。

早朝の築地取材の〆は、ふるさとの味

生粋博多らぁめん ふくちゃん 築地総本店

福岡の箱崎で育った僕は幼少の頃「赤のれん」の屋台に父に連れられて行ってから、博多ラーメンの虜になった。そして築地に「ふくちゃん 築地総本店」が出来てからは、築地に行けば必ずのれんをくぐった。築地マグロ問屋の親方に、この店が10月6日の市場移転とともに30年以上の歴史に幕を引くと聞き出向いた。

トッピングフリーの、高菜明太子と激辛明太子。まずは紅ショウガを入れる。小麦の香りが生きた少し硬めの麺は故郷を思い出す。出汁が効いた塩気の先行しないあっさりとんこつスープはいつまでも忘れられない。旨いっ!

3年ほど前、築地がなくなるということで朝3時頃からよく取材した。帰りに熱々のとんこつラーメンが癒やしてくれた。時代の流れだからしょうがないけど、やっぱり寂しいなあ。

姉妹店の鍋屋「築地ふく竹 本店」は営業を続けるそうだ。


※10月6日の築地閉場に伴い閉店予定。事前に営業時間を問い合わせしてから、行かれることをおすすめします

 

 

※記事は、移転前の情報です

 

写真・文:小平尚典