【噂の新店】「impronte(インプロンテ)」
コロナ禍の影響か、あるいはワンオペの小規模店が多くなってきているからだろうか、最近は地元密着型のレストランが増えてきているように思う。遠くからわざわざ来てもらうのももちろん大歓迎だが「地元の人たちに愛される店を」と思う料理人が増えているのも事実だろう。
今年6月19日、阿佐ケ谷にオープンしたイタリアン「インプロンテ」もその一つだ。JR阿佐ケ谷駅北口から歩くこと4~5分。ポツンポツンと飲食店が立ち並ぶ、どこかおっとりとした商店街にこぢんまりとした店を構えた。
「家が国立なので、最初は中央線沿線の吉祥寺か三鷹にと思っていたのですが、阿佐ケ谷のどこか下町っぽくてのんびりした雰囲気に引かれました」と語るのは、シェフの石田竜一さん。実はこの店、北イタリア料理で知られる神谷町の実力店「ダ・オルモ」の姉妹店。「ダ・オルモ」の北村征博シェフの下、丸6年その薫陶を受けた石田シェフ、その技量を認められ、今回、新店を託された次第。「自分の店のつもりで、店舗探しから内装まですべてをやらせてもらえました」とのことで、それだけに店への愛着もひとしおのよう。地元の方々に通ってもらえる店にしたいと静かな意欲を燃やしている。
料理はコースのほか、アラカルトの用意もあり、前菜とパスタでサクッと1人食べもOK。もちろん、友人や家族での会食にはしっかりコースでというのもおすすめだ。そのコースがなんと4,180円! それも、決していい加減なものではない。きちんと前菜、パスタ、メインの3品構成のうえ、パスタは手打ち、メインの肉には短角牛やジャージー牛を用い、野菜は山形「お日さま農園」の季節野菜と食材のクオリティもなかなかだ。
コースの内容はその時々で少しずつ変わるそうだが、取材当日は、まず前菜3種は「サワラの玉ねぎマリネ」に「本マグロのタルタル」「自家製プロシュートコットとホースラディッシュ」で、パスタは「鱧と青唐辛子のタリオリーニ」。続くメインの肉は「ジャージー牛ランプの炭火焼き」(ちなみに魚は金目鯛のソテー)。この内容で5,000円を切るのだから、思わず「大丈夫かな?」とこちらが心配になるほどだ。
前菜のサワラは、皮目だけをさっと炙り、ペースト状にした玉ネギとケッパーでマリネ。ケッパーの酸味と玉ねぎの風味が塩梅よくしっとりしたサワラの身になじみ、冷えた白ワインが似合う粋な味わいだ。一方、イタリアの魚醤「コラトゥーラ」で味付けした本マグロのタルタルは、ネギならぬバジルを混ぜ、オリーブオイルで和えている。一見、和のようでもあるが、味の印象はしっかりとイタリアン。ワインを呼ぶ味だ。
また、プロシュートコットとは、平たく言えば、イタリアのボンレスハムのこと。沖縄の豚を使った自家製で、通常はソミュール液に漬けてからボイルするところを、石田シェフの作り方は至ってシンプルだ。「一晩、塩に漬けてから68℃の温度で2時間ほどゆでています」とのこと。肉の味がピュアに伝わる優しい味わいに、ホースラディッシュのすっきりした辛みがアクセントとなっている。
続いてのパスタが秀逸。口にした瞬間、茗荷谷「バーゼ」のそれが、一瞬脳裏をよぎった。「バーゼ」は、筆者の知る限り、おそらく日本で唯一、パスタ作りの工程をすべて手打ちで行うパスタ専門店(工房と呼んだ方がふさわしい)。そのデリケートなパスタを思わせるほど、その食感は優しく軽やかなのだ。
タリオリーニは、北イタリア・ピエモンテのパスタで、水は一切使わず全卵のみで打つ卵麺。ここではやや卵黄を多めにして打っているそうで、石田シェフによれば「具が鱧と青唐辛子とさっぱりしているので、全体が軽く上がるようやや薄めに打っています」とのこと。滑らかさの中にコシのある麺に青唐辛子の爽やかな辛みが粋な組み合わせ。一気に食べてしまうこと必至のおいしさだ。
メインは、北海道十勝産のジャージー牛のランプ。岩手県産短角牛の時もあり、牛はサシの入らない赤身のしっかりした味わいの肉を選ぶ姿勢は「ダ・オルモ」の倣いだろうか。
周りを炭火で焼き固めつつ、中はロゼに焼きあげたジャージ牛は、塩とオリーブオイルのみと味付けは至って潔い。素材の持ち味を引き出す達人・北村シェフの教えがうかがえる。ガッツリと噛み締めてワイルドな味わいを楽しみたい。さらに見逃せないのが付け合わせの野菜たち。石田シェフが惚れ込んでいる山形「お日さま農園」の旬野菜だ。
山形県は寒河江の2haにも及ぶ畑で、化学肥料や農薬を使わず育てているのは、園主の西尾佑貴さん。石田シェフ曰く「一度、畑まで行かせていただいたことがあるのですが、西尾さんは常に野菜と向き合い、それぞれの野菜本来のおいしさを本当に大切にしている。だから味が濃いというか、野菜一つ一つの味わいが凄くあるんです」。今回、牛肉に付け合わせているのは、ピーマンやインゲン、丸ズッキーニなどの夏野菜。いずれもグリルしただけのシンプルさだが、塩とオリーブオイルだけで充分なおいしさだ。
コースはここまで。デザートは含まれていないので、甘いもの好きなら、ここで「甘夏のセミフレッド」やイタリア伝統のメレンゲ菓子「メリンガータ」で締めるもよし。飲み足りないならグラスワインを頼み、アラカルトの中から「長野産天龍鮎のクロッカンテ」といった前菜を追加、じっくり腰を据える手もある。だが、もし、お腹にまだ余裕があるなら、ぜひ試してみたいのが「カネーデルリ」。修業先である「ダ・オルモ」でもおなじみの北イタリアの味だ。
イタリア最北部のトレンティーノ=アルト・アディジェ州は、第一次世界大戦までは、オーストリア=ハンガリー帝国の領土だった地域。それゆえ、食文化もオーストリアやドイツの影響が強く、この「カネーデルリ(クネーデル)」もその一つ。硬くなったパンに卵を加えた生地を丸めて作る、いわばパン団子だが、石田シェフはここに根セロリのピューレをプラス。両面を焼き、焦がしバターをかけただけのいかにもそっけないビジュアルながら、舌にしっとりと馴染む柔らかな食感の中、根セロリの甘みが優しく味蕾に広がる。どこかほっとするおいしさだ。
おそらくは、残って硬くなったパンの再利用から生まれたのだろう。派手ではないが、先人たちの知恵が偲ばれるこうした一品にこそ、心の琴線に触れる味わいがある。今風に言えばサステナブルということになるのだろうが、古くから続く庶民の料理には、もっと切実な、必要に迫られればこそ生まれた逞しい味わいが潜んでいる。石田シェフがこう語る。「このカネーデルリは、アルト・アディジェでは、日本でいうおにぎりみたいな存在のようです。根セロリのほかほうれん草やじゃがいもなどの野菜を入れたりと混ぜ込む具はさまざま。スープや煮込みにしたりと食べ方もいろいろなんです」とのこと。
そのほか、パスタにはトルテッリーニやタリアテッレも用意。2回目からはアラカルトで好きにオーダーするのも楽しそうだ。ちなみにワインは、イタリアが中心。グラスワインは赤、白各3種とスプマンテが1種類ということだが「実は、もっといっぱいあけちゃってます」と石田シェフ。グラスワインは700円~。
※価格はすべて税込、パン・席代(330円)別