【噂の新店】「太いち」
和食、フレンチ、イタリアンは言わずもがな、今や焼き鳥や焼肉までお任せのコーススタイルがすっかり浸透してしまったようだが、デイリーな食べ歩きを旨としているフーディーの中には、コースは少々食傷気味という方々も、最近ではどうやら増えつつあるようだ。
「うちにお見えになるお客様の中にも、毎日コースばかりだと疲れるんだよねーとおっしゃる方が多くて——」の一言は、佐藤太一さん。「銀座 矢部」の矢部久雄大将の下、8年半の修業の後、2014年に外苑前「いち太」を開いた、意気溢れる料理人だ。
それから10年。日々客と向き合い、真摯に料理に打ち込む中で、少しずつ感じはじめたのが、前述のような客の反応だったとか。そこで、この節目の年を機に、一からリセットすべく同じ建物内で移転し、店名を「太いち」に改名。店内の設えもガラリと変え、この6月リスタートした。
新店では18席あった席数をカウンター7席に縮小。料理の提供の仕方にも変化をつけた。コース料理の品数を減らし、代わりに追加で好みの料理をいろいろ楽しめるようにとアラカルトを用意。客自身の選択技を増やした。佐藤さん曰く「以前は10品ほど出していたコースの料理を5品に絞り、代わりにアラカルトをいろいろと用意することにしました。その中からお客様自身が食べたいものを選び、追加して楽しんでいただく。もちろん、コースだけで終了しても大丈夫。お客様それぞれのお腹に合わせて調整していただければ、と思っています」。
確かに、美食の観点は同じでも食欲は人それぞれ。大食いの人もいれば少食の人もいる。コースに10品も出てうれしいと思う人もいれば、10品はきついと感じるゲストも少なくない。また、その日の体調如何でも食べる量は変わってくるもの。ある程度自分で食べる量を調節できるこのスタイルが、最近少しずつ増え始めているのも事実だ。
一方、席数を少なくしたのは、より内容を充実させ、一つ一つの料理をもっと丁寧に仕上げたいという思いから。「18席が一斉スタートするのは、思いの外大変で。結構バタついてしまうんです」と佐藤さん。そこには、ただこなすだけの料理は出したくない——という強い信念が息づいている。
新しく始めたコースは次の通り(取材日)。料理5品+そば(おかわり付き)で2万円(税・サービス料込)となっている。
- 薯蕷羮 塩水雲丹 蓴菜
- 淡路の鱧の揚げあんかけ
- お造り
- ズワイ蟹の飯蒸しキャビアのせ
- 天然鰻の照り焼き
見た目も涼やかな薯蕷羮は、長芋と山芋を寒天で寄せ、冷やした鰹だしをかけた一品。擦りおろした山芋のねっとり感と千切りにした長芋のサクサクした食感が実に妙味。ガラスの器に浮かぶ蓴菜と共に口中に涼風を誘う。
続く淡路の鱧は、てっきり“落とし”か“牡丹鱧”で出されるかと思いきや、衣揚げでお目見え。鱧の上には自家製の梅肉がのり、下には香り豊かな青海苔餡を敷いてある。揚げたての鱧は、外はカリッと香ばしく、中はほわっと軽やか。それも、高温の油で短時間に揚げればこそ。淡白な鱧も、茹でて水に晒す“鱧の落とし”に比べ、うまみがギュッと閉じ込められている。
続くお造りや飯蒸し、鰻の照り焼き等々も、一皿一皿の量がしっかり。何を食べたかがきちんと心に残るボリューム感も食いしん坊の身にはうれしいところだろう。これら5品にそばを食べれば、大概のお腹は満たされるはず。そのそばも、冷・温合わせて10種類がそろう中から好きなメニューを2品選べるというのだから、気分も上がろうというものだ。
シンプルにせいろとかけでいくもよし、さっぱり仕上げたい向きなら冷かけと梅おろしという選択もおすすめだ。人気があるのは、納豆そばとカレー南蛮だそうで、今回は、人気メニューのカレー南蛮と、そば本来の味がよくわかるスタンダードなせいろの2種にした。
そばは十割。茨城の常陸秋そばのこともあるそうだが、取材時は、力強い味わいの福島・会津産のそば。本節と荒節のだしを利かせキリッとした中にも柔らな甘みを感じさせる辛汁と歯切れ良いそばとのバランスの良さも上々だ。そばを楽しみに訪れる常連が多いのも頷ける。
一方、人気の高いカレー南蛮は、いわゆるそば屋の昔ながらのカレーそば。とろみのあるあんかけスタイルで、今どきのスパイスカレー的なアレンジがないところがかえって好ましい。具は長ねぎと玉ねぎと至ってシンプル。さりげなくだしのうまみを感じさせるのは、割烹ならでは。〆の一杯として相応しい。
さて、ここで中締め。もちろんこれでフィニッシュでも構わないが、お腹に余裕がある方には、第2弾のお楽しみ“アラカルト”が待っている。「コースは、割烹料理店らしい少し手の込んだ料理をお出ししていますが、アラカルトはわかりやすいストレートな料理にするようにしています」という佐藤さんの言葉通り、献立には「蛤酒蒸し」や「だし巻き」「鮑唐揚げ」といった居酒屋風のメニューから「ハンバーグ」や「海老フライ」などの洋食の味まで幅広い品ぞろえ。ボーダーレスなラインアップに食指が動く。
ご指名率No.1は、やはりハンバーグ。「普通の合いびき肉のハンバーグなんですけどね」。そう言って笑う佐藤さんだが、そこはプロ。隠し味に豆腐を入れてふんわりとした食感に。ひき肉の状態によってその都度調整しているのだとか。肉汁を生かしたソースがご飯を呼ぶ、どこか家庭的なおいしさだ。
アルコールは日本酒、ワイン共に充実。ワインは、ブルゴーニュが中心。シャンパーニュもざっと35種類ほどがそろっている。
「うちではセラーがメニュー代わり」と佐藤さん。ワインのボトルには、それぞれ値段が記されてあり「お客様に自分で好みのボトルを選んでいただくようにしています」とのことで、実際にボトルを眺めながら、何を飲もうかと迷う時間もワインラバーには至福のひとときでは?
自分スタイルで楽しめる百戦練磨のフーディにおすすめしたい一軒だ。