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〈自然派ワインに恋して〉
シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。
ナビゲーター
岡本のぞみ
ライター(verb所属)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。
上野で愛された人気店をワインバーにシフト
上野は、上野公園のある駅西側エリアと繁華街や区役所のある駅東側エリアでは異なる表情を持つ。東側エリアにある「coucou!(ククゥー)」は、2024年1月に開店したワインバー。実はこちら、店主の近藤啓介さんが不忍池近くで16年間営業していたフランス料理店「コーダリー」を閉店した後、新たにオープンした店。以前はスーツ姿でオーナーソムリエとしてサービスをしていたが、現在はエプロン姿でジャズが響く店内でワインを提供。かつてより洒脱な雰囲気が楽しめるようになったと評判になっている。
ククゥーで提供されるワインは、近藤さんがフランス料理店の時代から集めてきたブルゴーニュと世界の自然派ワイン。「僕らが自然派ワインを扱いはじめた頃って、そういう名前はついていなくて、AOC(フランスのワイン法)からはずれたヴァン・ド・ターブル(テーブルワイン)という位置づけでした。その中で、おいしいと思うものを紹介したのが今でいう自然派ワイン。ブルゴーニュのように構えて飲むワインとは別に、心地よく飲めるワインとして扱っていました」と近藤さん。前職の頃からアレクサンドル・バンなどの自然派ワインをセレクトしていたというから信頼できる。
メニューはアラカルトのみで「ウフマヨ」「キャロットラべ」「ハモンセラーノ&サラミ 盛り合わせ」などのワインバーらしいメニューのほかに「牛ホホ肉の赤ワイン煮込み」「スフレ風 オムレツ キノコのデュクセル」などの本格的なレストランメニューもある。これらも近藤さんの手によるもの。「フランス料理店の頃はシェフと2人体制だったので、僕も料理を手伝っていたんですよ」とほほ笑む。近藤さんが丹精込めて作るメインディッシュもぜひ味わいたい。
トマトファルシ✕爽やか白ワイン
ククゥーでまず頼みたいのは、名物でもある「カニを詰めたトマトのファルシ」。コーダリー時代からの名物を近藤さんがアレンジしたもの。皮を剥いたトマトにかにサラダが詰められているのは同じだが、爽やかなバジルソースが敷き詰められているのが特徴。「ありがたいことに昔からの常連さんもいらっしゃいますが、みんなこれを目当てにするほど人気の一品ですね」と近藤さん。
トマトのファルシに合わせたいのは、オーストリアの白ワイン。「ソーヴィニヨン・ブランとピノ・ブランをブレンドした白ワインです。全体にミネラル感があるので、カニのサラダにぴったり、ピノ・ブランの果実味にソーヴィニヨン・ブランのハーブっぽいニュアンスがプラスされているので、バジルソースの爽やかさともマッチします」と近藤さん。ワインは時間が経つに連れ、ミネラル感が出てくるため、名物をじっくり味わいながら一緒にいただきたい。
ラムの春巻き✕エレガント赤ワイン
食事の中盤に赤ワインと一緒にいただきたいのが「羊の春巻き」。「赤ワインに合うカジュアルなものをなにか出したくて作ったのがこちら。羊のほかにクミンとパクチーがたっぷり入っています」と近藤さん。スティックのままかじると、スパイシーな香りが漂い、赤ワインを誘う一品となっている。
羊の春巻きにおすすめなのが、フランス・ジュラ地方のプールサールという品種の赤ワイン。「プールサールは、色は薄いですが果実味もタンニンもほどよくある赤ワインです。少し渇いたようなニュアンスのタンニンが羊やクミンのようなクセのある料理ととてもよく合います」と近藤さん。赤ワインが重たすぎず、羊の春巻きにちょうどよいバランスの組み合わせで、タンニンが最後にアクセントを添えていた。
牛ホホ肉の赤ワイン煮✕熟成まろやか赤ワイン
メインディッシュにはレストランのような一皿も用意されている。「赤城牛ホホ肉の赤ワイン煮込み」は、3時間煮込まれているため、ナイフを入れるとスッと切れるほど軟らかい。伝統的な赤ワインソースにフランボワーズが加えられ、紅はるかの蜜たっぷりの付け合わせが添えられている。ワインバーでこれだけの一皿が1000円台でいただけるのは、かなりうれしい。
牛肉の赤ワイン煮込みには、ブルゴーニュの赤ワインを合わせるのが定番だが、自然派ワインなら熟成した南仏ワインとペアリングするのもおすすめ。「南仏の赤ワインは果実味たっぷりのイメージですが、こちらは10年間熟成してまろやかになっているので、牛肉の赤ワイン煮込みを引き立ててくれます」と近藤さん。赤ワインは熟成して落ち着きと柔らかさがあり、クラシックな組み合わせにも負けない王道の良さが感じられた。
近藤さんの「私が恋した自然派ワイン」
近藤さんが恋した自然派ワインは、そのワインを「唯一無二」と表現するアレクサンドル・バンのワイン。
「もう20年くらい前に出会ったワインですが、初めて飲んだときの衝撃は忘れられません。フランス・ロワール地方のプイィ・フュメのソーヴィニヨン・ブランといえば、通常はハーブのニュアンスのある爽やかなワインなのですが、こちらはとろっとした蜜のような味わいがあって、ソムリエ人生の常識をひっくり返すような驚きがあったのを覚えています。
その理由は土壌の古さや一部貴腐ブドウや早熟なブドウもごちゃまぜにしているから。酸もしっかりありながら貴腐の蜜のニュアンスがあって、ほかを寄せ付けない個性があるワインだと思います」
ブルゴーニュと世界の自然派ワインをラインアップ
ククゥーにはワインセラーに500種類以上のワインがぎっしり。半分はブルゴーニュで半分は世界の自然派ワインが静かに眠っている。ブルゴーニュは2000年代前半のバックヴィンテージもあり、特別なときにいただきたい。自然派ワインはヨーロッパを中心に近藤さんが心地よく飲めると思ったものをセレクトしている。グラスワインは常時10種類(1,000〜2,000円)あり、シャンパーニュも日替わりで1種類(1,600円)用意されている。ボトルワイン(6,000〜3万円)はリストがなく、ウォークインセラーに入って選ぶこともできる。
昼飲みもOK。肩の力を抜いて楽しめる
ククゥーは、フランス料理店時代の名物や本格的な一皿がシャンパンやブルゴーニュとともに味わえるだけでなく、ワインに合う春巻きやフリットなどカジュアルなおつまみを自然派ワインと組み合わせられるワインバー。
土日祝は13時から、平日は15時からオープンしているため、昼飲みもできる。ちょっと肩の力を抜いてワインを楽しみたい大人にはぴったりの一軒といえるだろう。
※すべて税込、チャージ500円